神様に転生させてもらったけど、特典が無意味な上にいろんなものが間違ってる世界だった件

白星 敦士

神様に転生させてもらったけど、特典が無意味な上にいろんなものが間違ってる世界だった件

中学校の卒業式の行われた校舎。


幼馴染に誘われて、今日が最後ということで学校の中を探検した。


三年間通っていて、特に思うところはなかったのだが、いざ最後と思って見ると色々と思うところがあるものである。


思い出話に花を咲かせながら歩き回って、最後に屋上へとやってきた。


普段は閉鎖されているのだが、どうせ最後だからとこっそり鍵を拝借してきたのだそうだ。


夕陽が綺麗に街を赤く染めていた。


なんとも幻想的な光景に自然と息を呑む。



「マコト、大事な話があるんだ」


「急に何?」



横を見ると、夕陽だけとは思えないほどに真っ赤な顔をした幼馴染が、とても真剣な顔でこちらを見てきて……



「――お前のことが好きだ、マコト!」



そう言って、彼はじっと答えを待つようにこっちを見た。



「………君が真剣なのは、顔を見ればわかる


そして、その気持ちはとても嬉しくもある」


「じゃあ」「だが、駄目だ」



その答えに、彼は愕然とした表情を見せる。



「ど、どうして……?


俺たち、今までずっと一緒だったじゃないか」


「そうだね」


「お互いのこと、誰よりも知っているじゃないか」


「否定はしない」


「小学校から今日までずっと、いろんなこと一緒に体験してきたじゃないか!」


「ああ、楽しかったよ」


「だったら、なんで!?」


「言わなきゃ……わからないかい?」


「言ってくれなきゃ、納得できない!」


「いやだって…………だってさ」



彼――桐谷壮真きりたにそうまに、明らかな事実を告げる。



「――、男同士なんだけど?」






この世界に転生して、15年目の、まだ肌寒い3月。


僕、群雲真むらくもまことと、幼馴染との間に友情に、色んな意味で修復不可能な溝が発生したのであった。





神様転生、という言葉をご存知だろうか?


かつて自分は、30代前半のオタク趣味なサラリーマンとして生活していた。


タバコは吸わず、酒もたしなむ程度で、オタクもライトな部類でアニメのネット配信を月額で見る程度で出費は抑えめ、仕事はそこそこ真面目で若いながらに結構稼いでいた。


つまりは、独身貴族という奴で結構悠々自適に生活をしていた。


そんなある日……気が付けば死んでいた。



『すまんすまん、うっかり隣の部屋の住人と間違えちゃった』



そんな自称神の言葉に激怒した自分は悪くないだろう。



『お詫びとして、君たちの流行りの転生させてあげるから許してね』



オタク趣味として、最近の流行りのライトノベルやネット小説も見ている自分は、それがどういうものなのか知っていた。


色々と文句はあったが、それならそれでいいかとも思った。


両親は早死にしてしまってもういないし、親族もいない。


独身貴族なので、当然子供もいないし……友人とかいない。


困るのは会社の同僚くらいだが…………まぁ、別に仕事以上の付き合いもないので、仕方ないかなと思う。


というか今回のことって僕一切悪くないしね。


というわけで、転生を了承した。



――ちなみに、どんな世界があるんですか?



『色々あるけど……漫画やゲームの中とかかな』



まさか本当に漫画の世界にいけるのか!


やばい、テンション上がってきた!


――それって選べますか?



『悪いけどそこは運任せかな。


世界の管理は君たちが考えるほど融通は利かないんだ。


でも転生していきなりピンチ、みたいなことは絶対にしないからその辺りは安心してくれ』



うむ……選べないのは不便だが、結構親切な神様なのかな?



『それじゃあ、どんな特典が欲しいんだい?』



――特典っていくつまで選んでいいの?



『うーん、その魂の容量にもよるね。


君の場合は……まぁ、三つかな。


あ、でも現実的なものだからね。


病気にならないとか、身体能力が凄い、とか、頭が良くなるとか、美形になりたいとか……まぁ、その辺りかな』



む、意外と不便。


特典と言えなくもないが、チート能力とは言い難い程度か…………いや、考えようによっては十分チートなんだろうけど。


――漫画の世界に行くのに、漫画の力とか選べないんですか?



『選べなくもないけど……おすすめはできないかな』



――何故?



めっちゃ選ぼうと思ってたのに……



『君たちの世界になかった力を特典として選んでも魂の質に合わないんだよね。


まぁ、特典三つ分使えば得られなくもないけど……どうする?


行く世界によっては特典にしなくても覚えられたする場合もあるけど……』



ふむ……三つ使って能力チートか、もしくは現実的に能力三つか……悩みどころだが…………手数が多い方がいいよな。



――超常的な身体能力


――絶対に忘れない記憶力


――それらを完全に使いこなせる器用さ



能力バトルとかでも結構身体能力が物を言うし、頭脳戦とかなら記憶力とか大事だし……このあたりが無難でしょ。



『ふむ……なるほど良い選択だね。


じゃあそれらを君に付与しよう。


さて……それじゃあ君が良く世界は………………あ』



あ? あ、って言った?


え、何したのこの神?



『…………まぁ、うん、無いよりはマシだと思うし、うん、頑張って』





と、いうことがあり……僕は転生した。



――ほとんど日本と同じ世界に、気付けば赤ン坊として転生していた。



……いや、最初はね、現代ファンタジーとかそういうのとか期待したし、ゾンビパニックホラーとか、搦め手で異世界転移とか、他にもいろいろ想像したよ。


もしくはスポ根ものかなと思って色々探した。


一部地方でしか行われない感じの怪異現象的なものかと思って色々探したよ。



でもさ……全っっっっっっ然、見つからないんだよ!!!!



夜中に街中探し回ったりして怪しい奴ら探したさ!


ヤンキー絡まれるばっかりで特典と鍛えた技術でボコボコにしたよ!


怖い893っぽい奴からも絡まれてボコボコにして逃げたさ!


怪しい薬品作ってる感じに場所もないし、むしろ前世とほとんど同じラインナップさ!


半分が優しさでできている製薬会社も普通にあったよ!


異世界転移とか、そもそも漫画の世界に転生してそんなところに行くなら初めからそっちに行くだろうしね!


スポ根でも、異様に発達した競技とか探したけど普通だよ! 日本と同じだよ!


パワースポットとか、噂の怪異スポットとか言ってみたよ!


特に何もなかったよ! なんか怖い雰囲気だけで実害が一切なかった!


神様いるんだから幽霊くらい出てこいや!!



で……小学校の時、家族に黙って夜中に抜け出し、家出しまくり、中高生を狩る小学生、沖縄から北海道を自転車で走破していた色々とヤベェ奴認定されてしばらくしてから、ようやく気付いたよ。





――あれ、ここ……もしかして日常系な感じの世界じゃね?




日常系


もしくは空気系とか呼ばれていたが、前者の方がしっくりくる。


多少の不思議設定はあるだろうが、基本的にキャラクターたちの日常生活を描くもので、アクションやサスペンスみたいな劇的な展開の無い、軽い気持ちで見られる娯楽。


別に嫌いではないし、むしろ好きな部類なのだが…………違うんだよ、折角の転生なのに……それって……いや……本当にそれって、どうなん?



どんな日常系の漫画か、はたまたゲームなのかアニメなのか知らないが…………正直、ガッカリだった。



何が悲しくて、日本と同じ生活をしなければならないんのか?



前世との違い何て、全人類の顔面偏差値が上がってるだけじゃね?



基本みんなそこそこイケメンと美少女ばっかり。



でもそれだけ。それ以外何もない。



そんな風に、小学校最後の6年生からは抜け殻のように生活していた。



既に教師からもヤベェ奴認定されていた僕はボッチ確定だろう……そう思っていたのだが……そんな僕に声をかけてくる者がいた。


それが、幼馴染で家が隣の桐谷壮真きりたにそうまである。


こいつは昔は鼻たれ小僧で、よく僕の後をついてきたものだ。



幼稚園の時、近所の小学生の悪ガキにいじめられた壮真を助けるため、10人まとめて拳骨してやったのは、我ながら大人げなかったと思う。


それ以降、なんか凄い懐かれて……色々とついてきて……まぁ、流石に僕がヤベェ奴認定される行為にはつき合わせなかったが、地元では基本ずっと一緒だった。



「マコト! 野球しようぜ!」



中〇君かな? ちなみにこの世界には日曜日の終わりを告げる海産物一家のアニメは存在しない。


まぁ、そんなこんなで……特にやることもなかった僕は6年生から近くの少年野球に参加。


特典と、いつか来るであろうと思っていたアクションに備えて鍛えていた身体能力でバカスカ撃った。めっちゃ捕った、むっちゃ投げた。



結果……天才少年ピッチャーと、その剛速球を完璧に取るキャッチャーとして、少年野球界隈で有名になった。


そこから野球にのめり込んだ僕を見て、これまでの奇行に色々と心配していたこの世界の両親はとても安堵していた。


申し訳ない気持ちになった。


僕にとっては二番目の両親ということになるのだが……彼らにとっては僕は初めて子どもで、それがこんなだったらとても大変な気持ちにさせられることなどすぐにわかることだろう。


その辺りに気付いてからは猛反省した。


だから中学からは、もうここが漫画やゲームの世界とか考えず、自分が転生したこととか忘れて真面目に勉強し、野球も打ち込んだ。


といっても、チート能力があるので、その辺りにはあまり頼らない程度にセーブした。



中学一年でレギュラーで県大会突破するものの、東北大会で敗退。


二年でようやく全国出場……そしていよいよ決勝となったところで……壮真が怪我をした。


スポーツ選手に怪我は付き物。


だが、僕の場合は特典のおかげでその辺りは無縁で……僕の普通の中学生にはオーバーワークなトレーニングに壮真が無理してついてきているのに気づいてなかった。


結果、壮真のように僕の球を取れる捕手はおらず……手加減した球では普通に撃たれて……負けた。


壮真は悪くない。悪いのは壮真の身体のことを考えなかった僕の方なのだが……野球部のメンバーは壮真を責めていた。


それが許せなくて……僕は野球部を去る。


色んな人たちが引き留めたりしたが……幼馴染である壮真を悪く言う奴の言葉なんて聞く耳持たなかったし、それに……怪我をして決勝を敗退したと言われて責任を感じた壮真は僕より先に部活を辞めていた。


アイツのいない野球に、僕は興味なかった。


怪我でふさぎ込んでいた壮真は一人で……僕が声をかける。


小学校の時とは逆の立場で、そんなことに気付いてお互いに笑い合った。


中学最後の一年は、部活を辞めて勉強しつつ一緒に遊びまわったものだ。



…………で、その時に気付いたんだが……………



――この世界の主人公、桐谷壮真こいつじゃね?



小学校の時、色々僕は暴れまわっていて気にしてなかったが……実は壮真の両親は再婚していて、義理の姉と妹がいる。


姉はアメリカ飛び級で卒業し、今は現役の大学教授。


妹は人気アイドルとかやってるらしい。


二人とも俺のことヤバい奴って思ってるらしいから特に関わったことはないけど。


で、一応俺も知っている共通の女子の幼馴染がいて、どうも壮真に気がある。


だが壮真はそういうの気付いてないらしい。


ここまで行けば分かるだろう。



――壮真は、鈍感系ラブコメ主人公だったのだよ!!



きっと今後、新たなヒロインとかが高校で湧いてくるかのように出てくるに違いない!


そう、もはやこれは確定事項!


昔の僕なら嫉妬に怒り狂っていたところだが……今は違う。


壮真は僕が腐っていたところを救ってくれた本物の親友だ。


こいつがいなければ、僕はこの世界での家族との関係が取り返しのつかないレベルで拗れていたと断言できる。


だから僕はこいつを全力で応援してやろうじゃないか!


そう意気込んで、僕はこれまで以上に壮真とつるんで行動することとなった。



壮真が高校で女子相手に粗相をしない様に一通りの今時の若者の楽し気なところを遊びまわった。


夜の街に一人で繰り出していた時の顔なじみから、チョイ悪な雰囲気を学んでレクチャーしたり、ギリ許容範囲の夜遊びとかもした。



僕と壮真は、お互いに一緒に楽しいことも辛いことも共有した、無二の親友になった。


……少なくとも、僕はそう思っていたのだが……



「…………どうしてこうなった?」



卒業式が終わり、夜、自宅に戻った僕は部屋で頭を抱えていた。



いや……そりゃ仲のいい親友だったけどさ…………違くね?


恋愛感情とか、おかしくない?


一体全体、どこがどうなってそうなった?



まさかのまさかで、壮真から愛の告白(ホモ)を受けるとは思っていなかった僕は頭を抱え込む。



「おかしい……絶対におかしい」



告白を断った後、壮真は何も言わずに去っていった。


そんな彼を追いかけるわけにもいかず、俺はただ静かに黙る。


窓の向こうにはすぐに壮真がいるのだが……もう気まずくて気まずくてとても窓を開ける勇気がないし、カーテンすら開けられない。


そう思っていたら、暗い部屋の中でスマホが光った。



「……なんだ?」



トークアプリからの通知だった。


基本的にアプリの広告とかしか届かないので、基本的には登録してるのはもう一人の幼馴染と家族、そして……壮真だけだ。


恐る恐る、アプリを起動してみて中身を見る。



「……って、あれ?」



桐谷彩香きりたにさやかさんから招待されてます』



開いてみたら、幼馴染の義姉の名前が表示されていた。


一応名前は知っているが……別に連絡先は交換してはいなかったのだが……どうして僕のIDを知っているのだろうか?


名前で検索とかされたのかな?


不思議に思いつつ、一応招待を受けてみる。



『壮真のお姉さんですか?』



連絡を入れてみると、すぐに既読が付いた。



『今どこ?』


『自宅に戻ってます』


『すぐにこっちに来て』


『何故ですか?』



問いかけてみると、既読は着かずにそのままだった。


どうやらこっちにメッセージを送ってすぐにアプリを閉じてしまったようだ。



「いかない……わけにもいかないよな」



壮真とは顔を合わせづらいが、もしかしたらそのこと関連での呼び出しかもしれない。


意を決して、部屋を出て隣へと向かう。


インターホンを押すと、すぐに返答が来た。



『中に……どうぞ』


「あ、はい」



なんか聞きなれない声で戸惑う。



中に入ると、眼鏡に白衣という、一般的な住宅ではあまり見慣れない格好の女性が出迎えてくれた。


彼女こそが桐谷彩香


壮真が小学校の時に親の再婚でできた姉である。


現在17歳だが、アメリカの大学を飛び級して現在は日本の大学で教授をしているという才女である。



「よく来てくれたわね。


一応……久しぶりでいいのかしら?」


「そう、ですね。


小学校の時何度か顔を合わせたきりだったので……」


「そう……あの頃に比べたら大分おとなしくなったわね」


「まぁ、それは忘れていただけるとありがたいです……


それで……急にどうしたんですか?」


「……今日ね、凄く久しぶりに弟から声を掛けられたのよ」


「…………え? 久しぶり、ですか?」


「そうよ、久しぶりに。


……だいたい、君とこうして話すのと同じくらいかしら」


「…………仲、あまり良くなかったんですか?」


「そうね、同じ家に住んでるだけの他人かしら。


というか……その様子だと知らなかったみたいね」


「え、ええ……てっきり仲が良いものだとばかり……」


「うちの弟、ドが付くほどの女嫌いなんだけど」


「……………………え?」



思わず耳を疑った。


女嫌い? え、壮真が? 女嫌い? え?


意味が分からずに僕は頭の中が真っ白になった。


いやだって……え、ここってあいつが主人公のラブコメ世界じゃなかったの?


なのに女嫌い?


いやいやいやいやいやいやいやいやいや……え、なんで、なんで女嫌いなんで?



「……本当に知らなかったの?」


「は、はい……あいつ、話しやすい奴だったから、てっきりみんなにそうなのかと……」


「私で遠目で見た限り……幼馴染のあの子意外と女性と話してるところはあまり見た覚えが無いわね」



い、言われてみれば……



「まぁ、いいわ……大事な話はそこじゃないのよ」


「は、はぁ……」



十分すぎるほどに驚愕の事実だったのだが、どうやら本題はそれじゃないらしい。



「ひとまず上がって、玄関でする話じゃないわ」



そういうことで、僕はそのまま彩香さんの部屋に招かれた。



「君、私が何の研究をしてるか知ってる?」


「えっと…………その、あまり詳しくは知りませんけど、生物学についてだとか」



両親との食事の時に、そんな話題が出てたのを思い出す。



「より正確には、私は性別とかホルモンに関する研究をしてるのよ」


「は、はぁ……」


「そう言われてもすぐにわからないだろうか……まず結果を見せた方が早いわね。


ちょっと待ってて」



そう言って、部屋の主である彩香さんは部屋を出て行ってしまった。


残された僕は、状況を整理する。



1 この世界は何かの作品の世界


2 その主人公は桐谷壮真



これが今までの僕の考えだ。



しかし、ここで新たな新事実が明らかとなった。



3 桐谷壮真は女嫌い


4 桐谷壮真は家族とあまり仲が良くなかった



この二つが衝撃だった。


日常系、もしくはラブコメ系だとばかり思っていたところにこの衝撃の事実……



まさか、いや……考えないようにしていたが……まさか、そうなのか?



まぁ、今日、奴に愛の告白をされてしまった時点で避けては通れない可能性があった。


それは…………この世界が……



――BL系の作品の世界であるという可能性である……!!



つまり、ホモ、どうあがいても圧倒的なホモ!


主人公が同性愛者という時点でもうこの世界が緩い日常系から腐臭漂う薔薇な世界である可能性が濃厚になってきた。


思わず頭を抱えてしまう。


一体全体、どうしてこうなった?


その時、扉が開く。



「待たせたわね」


「あ、いえ……」



扉の方を見ると、何やらもう一人いる。


彩香さんの陰に隠れえて顔は良く見えない。


しかし……なんか小柄な感じに見える。


妹さんかと思ったが、彼女はアイドルで僕でも知っている。


直感的に違うとわかった。


再婚した母親とも考えたが、明らかにそれより幼い印象を受ける。


ならば誰だ?



そう思っていたら、その人物は一歩前に出てきて……



「……真、俺のこと……わかるか?」



男のような口調で話すその少女の顔を見て、僕は愕然とした。


長い黒髪に、大きな瞳に小さな唇


そして全体的に小柄で、庇護欲を誘うような雰囲気


今まで見たことのないほどの、この全人類の容姿水準が高い世界でも見たことのないほどの美少女がそこにいた。



「ま、さか……」



同時に、ここがどんな世界だったのか、完全に理解した。



「………………壮真?」



恐る恐る名前を呼ぶと、その美少女――壮真は、こくんと小さく頷いた。







前世で、「真愛☆恋花学園」というゲームがある。


種類としては、主人公が美少女と仲良くなって恋を成就するという所謂ギャルゲーの分類なのだが……これは普通とは違う。


――真ヒロインは主人公


そんな評価がユーザーの間で熱弁される、ちょっと変わったゲームだった。


その由縁は、主人公が序盤でTSすることが起因する。


TS――トランスセクシャル、要は性転換だ。



幼い頃に実の母親の不倫が原因で女性嫌いとなった主人公を、義理の姉がなんとか直そうと思った末に何をとち狂ったのか、女性について理解させるために主人公を女にしてしまった、というのが序章だ。


その後、女性についてよく知るために、女の身体となった主人公が女子校に入学


そこで出会った女子は、主人公とは逆で男性不審な美少女が多くいて……自分と同じような境遇の美少女と触れ合って、女性嫌いについて直していく主人公


最終的には自分の秘密を攻略したヒロインに打ち明け、結ばれるのだが……


――ぶっちゃけ、ここからが主人公を真ヒロイン呼びされる所以がある。


このゲーム、18禁である。


つまり、エロゲー


アレを致すシーンでは、なんと主人公の男女の状態を選べるという、ノンケも百合好きも楽しめるというものであり……その上で、明らかに百合な方がCGの力が入っていると公式から贔屓されている真ヒロインとユーザーで話題。


コンシューマー化もしたが、そのほぼすべてのユーザーが真ヒロインに主人公の女性バージョンを選んだほどである。



さて……その上で話を戻す。



――今、その真ヒロインが、僕の目の前にいた。





「まさか一発で見抜くとは……流石幼馴染ね」


「えへへ……」



彩香さんの言葉に照れたように笑う壮真


滅茶苦茶可愛いのは認めるが、中身が男で、ゲームと違ってその時のことを良く知っている身としては物凄く違和感を覚える。


というか……そうか、ここはそういう世界なのか……姉の登場は印象薄かったし、顔を合わせるのも久しぶりだったから気にも留めなかった。


というか、あのゲーム主人公の名前って自由に選べるから気付かなかった。



「…………えーっと……確認させてください」


「いいわよ」


「……その……今の壮真の姿は、彩香さん……あ、名前で呼んでいいですかね?」


「良いわよ」


「ありがとうございます。


で、彩香さんのその研究成果……男を女にする、そういうものとしてとらえていいですか?」


「ええ、少子化、もしくは同性愛で苦しむ人たちを助けるためのものよ」


「……それで、壮真はどうして今そんな姿に?


もしかして無理矢理とかか?」


「いいや、俺が自分で頼んだんだ。


姉さんの研究については、もともと興味があったからな」



その言葉を聞いて、つい先ほどの学校の屋上での告白を思い出す。



「……まさかお前……初めから、そのつもりで?」


「ああ、駄目元でお前に告った。


それで踏ん切りついて、こうして姉さんに協力してもらった」



女になったのになんて男らしい潔さである。



「まさか、私も長年会話してこなかった弟から、妹にしてくれと頼まれるとは思わなかったわ」


「あはは……その、姉さんとはこのことで話したいと思ってたんだけど……なんか話しかけづらくて……つい今日まで切り出せなくて」


「断られたらどうするつもりだったの?」


「受け入れてもらえるまで何度でも頼むつもりだった」


「……でしょうね。目が本気だったもの」



壮真の気迫に負けたのだな、この人…………ゲームでは女嫌いを治すために彩香さんの方から壮真を女にしたような設定だったはずだが…………いや、そもそも壮真が男である僕に告白してる時点で前提が破綻してるからいちいち気にしてられないな。



「というわけで、真!」


「な、なんだ?」


「なんだも何も、ホラ、どこからどう見ても女の子だろ!


どうだ!」


「どうって言われても……」


「お前の好みか?」


「……ノーコメントで頼む」


「はっはぁーん……そういうってことは割とこの身だなぁ」



ぐぅ……! こいつ、この間どんな女がこの身なのかしつこくグラビアとかエロ本とか持ってきて聞いてきたから僕の好み知ってるだろ……!


――ぶっちゃけむっちゃ好みです!



「それじゃあ、改めて付き合ってくれ」


「断る」


「…………なんで?」



僕が即答したことに対して、心底不思議そうに小首をかしげる壮真


ちょっと可愛いからその仕草止めろ。



「いくら見た目が変わっても、お前が男である事実は変わらないだろ」


「いいえ、完璧な女の子よ。


性別学的にもう完全。


一昔前に流行ったタイの性転換と違って、ちゃんと女性としての機能を持ってるから妊娠もするわよ」



ゲームではそこまで言及してなかったはずなんですけど……?


というかやっぱり前世と違ってそういうとんでもない設定がまかり通る世界なんだな、ここ……



「だそうだ。付き合おう」


「だから、そう言う問題じゃなくて……」


「じゃあ何が問題なんだ?」


「いや、その…………なんか、その……薄っぺらいだろ?」


「胸が?」「違う!!」



いや、確かにぺったんこだけどさ。



「あ、ちなみにこれから普通に成長するわよ。


まだ女の子になって少ししか時間が経ってないから……そうね、大体三日くらいでDは行くかしら」


「聞いてませ――D!?」


「人によってそのままの可能性もあるけど、この子、女体化してすぐに胸も変化でたから、その速度で割り出すとわかるのよ。


もしかしたらFくらい行くかもしれないわね……私のサイズじゃ合わないし、今度買いに行かないと」


「え、F、だと……!」



そんな、そんな一気に成長するというのか……!


ゲームのCGでもデカいと思っていたけど……実際にこうして聞いてみるとそれが実感となるな。



「……って、いやいやいやいやいやいやいや、そうじゃない、そうじゃない!!」


「凄く食いついてたわよね?」


「真ってムッツリだから」


「こほんっ!!」



ちょっと強引に咳払いで話題を戻す。



「……その、だな。


薄っぺらいって言うのは……なんていうか、僕とお前の今後の関係についてだ」


「俺たちの関係?」


「だから……お前が相応の覚悟を持って告白し、そして今に至ったんだろうが……僕はそういうの全然してないわけでさ……


お前が女になって告白してきたから、男の時の告白は取り下げて付き合おうって…………それって、スゲェ最低だろ」


「俺は構わない」

「僕が気にするんだよ」



このなりふり構わないところ、押しの強さが一応のギャルゲー主人公の強みなのだろうか?



「だから…………お前の覚悟を、僕はちゃんと受け入れてなかったことは、理解した。


だから…………情けないことを重々承知で言うけど、時間をくれ。


もっとちゃんと考える。だから……待ってくれ」



「……………………わかった」



僕の情けない言葉を、壮真は少しの沈黙の後、笑顔で受け入れてくれた。



「……ふぁ……んん」



すると、壮真は突然大きな欠伸をする。


なんかなんか明らかに眠そうだ。



「ふむ……そろそろ寝た方がいいわね」


「え……でも、まだ話したいことが……」


「男から女に体が変わるのって色々大変なのよ。


本当なら今日はずっと眠らせたかったのを特別に許してるの。


今寝ておかないと、明日から体に不調が出るわよ」


「……わかった。


じゃあ……今日はお休み」



大きな欠伸をしながら、壮真は彩香さんに連れ添われて部屋を出ていく。


再び一人部屋に残った僕はそれを見送ってため息を吐いた。



――――どうにかしてあいつの性癖を元にもどさなければ……!



告白を受け入れる?


何を言っている、そんなのできるわけがないだろ。


別に壮真が嫌いとか、そんなことじゃない。


――この世界は、あくまでも壮真が主人公の世界なんだ。


それを僕という異物の存在で乱すわけにはいかない。


壮真は僕にとって大恩人である以上、ゲームの時のルートにあいつを導いてやることこそが、僕にできる壮真への最大限の恩返しなのではないだろうか?


いや、絶対にそうだ。


それに、ゲームのルートではあいつと結ばれないと望もぬ結婚を強いられるヒロインとかもいたはずだ。


そういう人たちをみんな救う……というのは、ちょっと自意識過剰かもしれないが、知っていて見捨てるなんて真似はこの世界に介入する立場の人間として見過ごせない。


なにより、このゲームの一ユーザーだったものとして、可愛いヒロインたちを見捨てるなどオタクの道に反する!



――そう、僕が、僕こそがこの世界を正しい方向へと導いていくのだ……!






そんな覚悟をして………………三カ月が過ぎた。



高校生の一学期である。




あれから、本当に色々なことがあった。


ゲームと同じような展開になると思ったら、舞台となる学校ではなく普通の共学の高校に壮真と一緒に進学。


もうこの時点でヒロイン救済とかやべぇっと内心で思ったのが……そもそも壮真は僕と同じ高校に行くつもりだったのでそんな今さら女子校にいくはずもないよね。


しかし、ヒロインのことを考えてる暇など無いほど忙しかったのだ……壮真の事情を知る僕と、壮真に思いを寄せていた幼馴染と協力しながら慣れない女の生活を送る壮真のフォロー


壮真は春休みの間に完全に女性の身体に変わり、見た目は完璧な美少女。


その上で元男だから気さくで話しやすく……勘違いする男の多いこと多いこと……


もうね、ファンクラブとかできてそいつらに嫉妬されて襲われることが何度か続いた。


まぁ、そこは僕の持ち前の身体能力で撃退したけどさ。


でも陰湿な嫌がらせは何度か続いて……その上で、女子からの僕の評価も悪かった。


壮真はいつも僕に対してその好意を伝えてくれるのだが……僕はそれをはぐらかす。


それが駄目だったのだろう。


僕が壮真をキープしてる最低男と認定されてしまったらしい。


いいさ、別にモテたいわけじゃないし…………いいもん、別に、全然いいもん……!



――こほんっ



まぁ、僕の学校の評判については問題じゃない。



問題はここからだ。



実は、僕はゲームのヒロインたちのことが気になり、直接会えるわけはないだろうと思いつつも……ゲームの舞台となる女子校の近くまで気まぐれに行ったことがある。



そこで……ことが起きた。



そう、白昼堂々のテロである。



何を言っているのかわからないと思うが、僕もわからない。


まぁ、そこは特典のおかげでなんとかなった。


銃とかビビったけど、異能相手に戦うつもりだった僕にとってはギリ対処の範囲内。


頑張った。超がんばった。


学校の中で人質になっていたヒロインズと予想外の出会いを果たしたが、まぁそこは通りすがりのヒーローってことで適当に誤魔化して、テロリストどもを拘束して警察に任せて逃げた。


下手に原作に関わらない方が良いのかもしれないと考えを改めたところである。


しかしその後……僕を転生させた神様が裏で糸を引いているんじゃないかって思う位、この半年の間はトラブルが僕の周りで多発した。



町を歩けば助けたヒロインの一人に声を掛けられ、お礼がしたいとしつこく食い下がられて連絡先を教える羽目になる。



またあるヒロインからは拉致気味に連れ去られて家で食事に誘われて、また会う約束をする。



またまたあるヒロインが町でナンパされているところを巻き込まれる形で結果的にフォローし、趣味のゲームで意気投合して仲良くなってしまう。



またまたまた別のヒロインが裏世界を牛耳る悪の組織の秘密情報をうっかり知ってしまったことから起因した大事件に巻き込まれて僕が解決してめっちゃ好感度が上がる。



………………これ絶対に神の差し金だよね?


だって明らかに本来のゲームではありえないイベント多発してるもん。


ゲームでのお前ら男性嫌いの設定どこにやったってくらい、めっちゃ僕に接触してくる。


まぁ、休日に一人で出歩いている時にって限定だったからそれほど問題ではなかった。



――今日までは



「聖花園女学院から転校してきました、春宮桜です。


えっと……群雲くん、来ちゃったっ」


「夏目朱音ですわ。ああ、群雲様以外には興味がありませんので」


「え……あ、あの……秋篠、楓です…………ふぇ……群雲さ~ん……!」


「巻冬椿……ふふ、こうしてまた出会えるなんて運命だとは思わないかい、群雲くん」



思わず顔を手で覆った。


……なんでいるのこの四季ヒロインズ?


ああ、四季ヒロインズっていうのは、その名前にそれぞれ季節が入っているからそう呼ばれている……って、今はどうでもいいか。


というかなんで女子校からこんな普通の学校に来るの?


転校する必要性全然ないよね?


駅二つ三つ程度の距離だよね、君らの学校とうちって。


ねぇ、何で来るの?


おかしくない?


おかしいよね?


おかしいよ(確信)



「おい、群雲のやつ」「あいつ殺すか」「そろそろ外部助っ人を頼もうぜ」



男子が殺意増し増しな視線ならぬ死線を僕に送ってきてなんか襲う算段をし始める。



「うわぁ……桐谷さんいるのに」「最低、女子校にまで」「見下げ果てたクズね」



女子からは軽蔑度が振り切った目で見られる。



「真、あの雌犬たちなに?」



そして僕の女になってから初めての聞いたことがないほどの低い声を発する壮真がいた。



「雌犬って……ちょっと、あなたいきなり酷いんじゃないんですか!」


「じゃあ雌猫か?


俺――こほんっ……私の真に一体何の用だ?」



彩香さんや家族、そして幼馴染からの指摘で男言葉を直し初めている壮真である。



「わ、私の!?」

「ちょっと、あなた群雲様とどういう関係なんですの!」

「ふぇえ……」

「はぁ……やれやれ」



四季ヒロインズはそれぞれ別のリアクションをしているが、その眼は明らかに敵を見る目だ。


この三カ月で多くの男子が僕に向けてきた目だからすぐにわかる。


そんな目を、彼女たちは壮真に向けている。


やめて! その子君たちの王子様のはずなんだよ!!



「私と壮真は、昔からずっといっしょで、そして将来を誓い合った仲よ!」


「おい、ねつ造するな!」


「でも一緒にはいるでしょ?」


「それは、その……」



幼馴染で恩人で親友だ。


離れがたいという気持ちはある。


そして、そんな風に僕が口ごもっていると、壮真は勝ち誇ったような表情を四人に向ける。



――四人の身にまとう重圧が強まった。



「わ、私だって、群雲君と一緒にデートとかしてるし!」


「私は一緒にディナーを楽しみましたわ!」


「わ、わたし……一緒に、楽しいこと、一杯した」


「ふふっ……彼と私は、人には言えないようなことがたくさんあり過ぎるかな」



四人の言葉に、壮真の額に青筋が浮かぶ。


というか、秋と冬、誤解される言い方やめて。趣味が同じゲームで楽しんだだけだし。冬に至っては説明しても信じてもらえないだけだし。


てか冬、テメェ確信犯だろ。



「私なんて、中学の時からお互いの裸を見せ合ってるんだからね!!」



――教室の空気が、凍った。



……いや、それ、中学の時の合宿で男同士で風呂行った話だよな?


しかし、そんな事情を知っているのは俺と、他の教室にいるもう一人の幼馴染だけであり……



「「「殺せぇぇぇぇええええええええええええええええええええええ!!」」」


「させるかぁ!!」



今まで怒りに耐えていた男子たちが暴徒と化して襲ってきた。



「最低……」

「マジ最低」

「死ねばいいのに」



社会的に底辺だった僕の立場が今日完全に死んだ。



「群雲くん、どういうこと!」

「群雲さま、説明していただけますか!」

「群雲さん、まってぇ~!」

「群雲くん、君に大事な話があるんだが!」



そして男子すら押しのけて追ってくる四季ヒロインズ


お前ら男性恐怖症設定どこに捨ててきた!!



「真、こいつら一体なんなんだ!!」



そして女嫌いスイッチがいつもの数倍に入った状態で追ってくるユーザーたちの真ヒロインである壮真


なんなんだって、そりゃ……



「それはこっちが聞きたいよぉおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!」



色んなものから逃げながら、僕はそんなことを叫ぶことしかできなかった。



なんとなく、あの神様がゲラゲラ笑っているような気がした。

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神様に転生させてもらったけど、特典が無意味な上にいろんなものが間違ってる世界だった件 白星 敦士 @atusi-k

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