第14話 決着

圭太達は、上手くチョウの手下たちをやり過ごしながらチョウがいると思われる部屋に進んで行った。

途中で入った部屋では、売り物の女性、子供たちが檻に入れられていて、圭太たちを見ると「助けて」と檻の隙間から手を出して哀願していたが、圭太たちはそのまま部屋から出て行った。

そこで囚われている女子供を助けてもいいのだが、安全なところまで連れて行かなければならず、チョウの手下たちに見つかったり、動きに制約が生じたり、かなりのリスクを負い、チョウの元にたどり着けなくなることを意味していた。

また、檻の鍵を開け、勝手に逃がすと、手下と鉢合わせした時に、最悪、銃で撃たれる恐れもあったので、あえて檻の中の方が安全だと判断し、ここを抜け出したら警察に通報するつもりだった。


「さて、この部屋ですかね。」

弥七が目の前の扉を指さし、小声でのんきに言った。

「そのようだね。」

「じゃあ、行きますか。」

弥七の声に圭太は頷くと、二人はドアを挟んで左右に分かれ、壁を背に立つと、弥七がドアを少しだけ開けて、様子をうかがってみた。

しかし、銃弾の歓迎も何もなく静かなのと、中は薄暗かった。

二人は身をかがめ、音もなく部屋に入って行った。

少しすると暗がりに目が慣れ、部屋の中が見渡せるようになってきた。

部屋はセスナのような小型飛行機が2機分入るくらいの広さで壁の周りには木箱が乱雑に置かれていた。

木箱は高さが1メートル強の高さで、壁に沿っておかれていて、部屋の真ん中は不自然に何も置かれていない空間があり、まるでドーナッツのようだった。

天井は鉄骨の様な梁が露出していて、どこから見ても部屋ではなく、倉庫の一室だった。

圭太たちは、その木箱の後ろに息を殺して潜む大勢の人間の気配を感じていたが、罠と分かりながらわざと立ち上がり、ゆっくりと倉庫の中央の何もない空間に歩みを進めた。

そして、まさに中央にたどり着くと、倉庫の天井にある電灯が全て点き倉庫の中を光行と照らし、ガチャガチャと自動小銃をや拳銃を構えたチョウの手下が木箱の後ろから立ち上がり、銃口を一斉に圭太たちに向ける。

手下たちは50人以上いて、圭太たちを取り囲むように立っていた。

そして、4か所あるドアからさらに数十人の手下たちがなだれ込んできた。


「ご苦労さん。

 せっかく上手く忍び込んだのに、最期にへましたね。」

圭太たちに聞き覚えのある声が正面に陣取っている手下の後ろから聞こえた。

そして、その声のしたところの手下たちが左右に分かれると、煙草を銜え、カチっとライターで火をつけ、煙を吸い込んでいるチョウが現れた。

「まるで、出来損ないの映画みたいだな。」

弥七が笑いながら圭太に話しかける。

「まあ、どこの世界でもカッコつけてタバコを吸う悪党っているもんだろ。

 これで、鼻から煙を出して、むせてくれると笑えるんだが。」

圭太も緊張感の欠片もない返事を弥七に返した。

「な、なに…(ゴホ、ゴホ)」

チョウは煙草でむせ、腹立ちまぎれに、床に投げ捨てる。

「あんたたち、何、余裕こいてるの?

 この中から逃げ出せると思っているの?」

チョウは、これだけの数の銃口を向けられれば恐怖におびえる顔の一つもするもんだと思っていたが、圭太と弥七が涼しそうな顔で世間話の様な話をしているのを見て、顔を真っ赤にして怒っていた。


「まあ、いいわ。

 どうせ、すぐにハチの巣にしてあげるから。

 その後は、外の犬の餌にしてあげるよ。

 あ、でも、銃弾で骨までバラバラになって、餌にならないかしら。

 ひっひっひぃ。」

チョウは引きつったような笑い声をあげた。

「品のない笑い声だな。

 聞くに堪えないよ。」

弥七が馬鹿にしたように言った。

「な、なにー?!

 なんですと?

 まあ、好きなだけほざきなさい。

 でも、あんたたち、素人じゃないわね。

 立ち回りを見ても、訓練されているね。

 あんたたち、一体何者?」

「ちりめん問屋の若旦那だよ。」

圭太が真面目な顔で言うと、横で弥七が吹き出した。

「な、なに?

 その“ちりめん問屋”って。

 ああ、腹が立つ。

 映画やドラマじゃないんだから、とっとと、殺っちまいましょう。

 その後、ゆっくりとあんたの屋敷でチビどもと遊んであげるわ。

 草葉の陰から悔しがって見ていなさい。」

そのチョウの言葉を聞いて、圭太と弥七は髪の毛を逆立て怒りをあらわにした。


「うっ」

圭太たちの気迫に押されるように、チョウたちは無意識に一歩後ずさった。

しかし、チョウは片手を上げると、全員が再度、圭太たちに銃口を向けた。

(おいおい、本当に撃つのかよ。

 こいつらこそ素人の集まりですよ、若)

(わかっているよ)

圭太たちは怯えるどころか、あ然としていた。

四方八方圭太たちを囲んでいる手下が一斉に引金を弾いたらどうなるか、圭太たちの反対側には仲間の手下がいるのに引金を弾いたらどうなるか、例え、全弾が圭太たちに命中しても貫通した弾丸が見方を襲うことをチョウをはじめ手下たちは一切考えていないようだった。

「じゃあ、死になさい。」

チョウが手を振り下ろすと、一斉に引金が引かれ、激しい銃声と悲鳴が倉庫内に木霊した。

チョウは周りの手下たちがばたばたと倒れていくのを見て、初めて自分の愚かさに気が付いたようだった。

「やめー!

 やめなさい!!

 同士討ちになっているわよ。」

チョウが大声で吠えると、銃声が鳴りやみ、辺りは仲間の銃弾を浴び倒れた男たちのうめき声があちらこちらで聞えた。

チョウが圭太たちの立っていたところを見ると、そこには圭太たちの死骸も何も残っていなかった。


「綺麗に吹き飛んだのかしら。」

チョウは満足したようにいった。

「そんな訳ないだろ。」

「え?」

チョウは声が聞えた天井の方を見ると圭太を小脇に抱え5メートルほど簿高さの天井から吊り下がっているロープを持ってニヤニヤ笑っている弥七の顔が見えた。

弥七は、チョウが手を振り下ろす少し前に、鉤のついたロープを筒状の発射口から天井に向けて打ち上げ、例の伸縮するゴムの様なロープのついた鉤が天井に引っかかると、その縮む力を利用し、圭太を抱え天井に飛び上がり、銃弾を避けていた。

「あーあ、半数以上が同士討ちだよ。

 ほんと、トーシロだな。」

弥七の声にチョウはぎょっとして周りを見ると100名近くいた手下が2,30名ほどに減っていて、他は全員床に倒れていた。

残った手下も立ってはいたが、皆どこかかしらか血を流していた。

「な、なにぃー!」

事態が理解できないのかチョウは周りをキョロキョロと見回し、両手を頭の上に置いていた。

圭太は弥七に抱えられたまま、弥七のズボンのポケットに手を突っ込む。

「わ、若!

 な、なにを!!

 それ違うって。

 それ、俺の金…!?」

騒ぐ弥七を後目に圭太は弥七のポケットから野球のボールくらいの大きさの円錐形の閃光弾を取り出し、床に投げた。

「わ、若、ちょっと、俺用意が出来ないって。」

そう言うと弥七は圭太を抱えていた腕を解いて、慌ててポケットから何かを取り出しロープを持っていた手を離しながら両耳に何かを詰め込んでいた。

圭太と弥七が地面に降りた瞬間、圭太が先に投げた閃光弾が破裂し、眼を焼くほどの光と気を失うほどの甲高い破裂音が辺り一面に響いた。

立っていた手下たちは目を押さえ、苦痛の悲鳴を上げながら、その場に力なく蹲った。


その中で一際大きな悲鳴と怒号が聞える。

「ギャー!

 目が焼ける。

 耳が聞こえない。」

悲鳴の主はチョウだった。

チョウは手下たちよりは壁際に居たので気を失うことは免れたが眼を押さえ、悲鳴を上げていた。

圭太は右手にカイザーナックルを嵌めると、音もなくチョウに近づき「これは、タムの分」と小声で言うとチョウの腹部にカイザーナックルを嵌めた右の拳をめり込ませた。

内臓を通り越し背骨が砕けたような鈍い音とともに、「げぇ」というくぐもった声がチョウの口から洩れ、身体を前に折り曲げようとした。

圭太は、左手でチョウの髪を掴んで持ち上げ、顔を起こすと「これはチャウの分」と言って顎の下からアッパーカットのようにカイザーナックルを嵌めた右の拳でかち上げた。

“グシャ”という顎の骨が砕けた音とともに、チョウは壁に背中から激突し、そのまま崩れ落ちた。

崩れ落ちたチョウは白目を剥き、口からは血の泡を吹いて身体を痙攣させるようにして大人しくなった。

「ひゅー、お見事!」

そう言いながら弥七は圭太の傍らに立ち、圭太の肩を叩いた。

圭太は「ふぅ。」と小さく息を吐きだした。

「さてと、若、チョウの件は私に任せてくれるでいいですよね?」

弥七は圭太に反論を許さないような口調で言った。

「弥七さん…。」

圭太は弥七がチョウを二度と口がきけないようにするつもりであることを察していた。

弥七も銀子も圭太に非人道的な真似はさせず、そういうことはすべて自分たちが担うと決め今まで共にしてきた。

しかし、幸いにも今までそういう場面に出くわさなかったこと、また圭太は弥七たちにもそういう真似はさせたくなかった。

「若、これからタムとチャウの面倒を見るつもりなら、二人のために若は陽の当たる道を、お天道様を正面から見れる生き方をしなくちゃいけません。

 何も気にせずに、私に任せてください。」

弥七は圭太の心を読んだ様に言った。

その時、3,40名ほどの背広を着た一目で手練れとわかる男たちがドアからなだれ込んできた。


その頃、ギエはタムとチャウを乗せ、「スポークのボタンを押さないように…。」と独り言を言いながら恐る恐る車を運転し、屋敷に向かっていた。

屋敷の前に着くと誰かが門の外で立っていた。

車のライトに照らされた人影はクエンだった。

クエンは、タムやチャウ、そして圭太たちが心配で居てもたっても居られずに、圭太の屋敷の前で立ち尽くしていたのだった。

タムやチャウはクエンを見ると、少し安心した顔をし、ギエはクエンを車に乗せると屋敷の門を開け、中に入って行く。

クエンは、ギエからタムとチャウが受けた仕打ちと大事に至る前に圭太から助け出されたこと、怪我は重くないことを聞いて最初は怒りをあらわにしたが、安堵の顔をした。

しかし、圭太たちがチョウを追っていったと聞いて、圭太の身を案じて顔を曇らせたが、ギエが風呂の用意をして、タムとチャウを入れようとしたのを見てクエンは自分が入れるのを手伝うと申し出た。

ギエとしては他にもいろいろな用事があったので、クエンに感謝し、タム達の世話を任せることにし手短に説明をすると、タムとチャウの着替えやバスタオルを置いて、リビングの方に歩いて行った。

そして、すぐにギエがどこかに電話をかける声が聞えた。


風呂場ではクエンは髪をアップにして、ズボンの裾、上着の袖をまくり、二人を風呂に入れていた。

屋敷の風呂は日本人の圭太のためにか、大きい檜の湯舟があり、大人が二人並んで足を伸ばしても浸かれるくらいの広さがありタムやチャウ位なら中で泳ぐとはいかないにしても手足を伸ばして浮くくらいのことは出来た。

クエンはタムとチャウの裸を見て、目を覆いたくなった。

二人とも顔の怪我だけでなく、ギエから聞いてはいたが、タムの腹部は殴られた跡の紫色の痣が、チャウの首の周りには絞められた跡がくっきりと残っていた。

(こんな小さな子を何てひどいことをするんだろう)

クエンは、タム達を傷つけた男たちに再び怒りが込み上げてきていた。

しかも、それ以上に男たちから身体を触られたり、舐められたりと受けた性的な汚らわしい仕打ちを聞いたのを思い出し血が出るほど強く唇を噛んだ。

そして、傷に注意しながら、そっと、しかし綺麗に丹念に二人の身体を交互に洗い流してやった。

「しみる?」

「だいじょうぶ。」

「痛くない?」

「少し…。

 でも、大丈夫。」

タムとチャウは気丈に答え、ゆっくりと湯舟に浸かった。

「ねえ、クエン。」

「なあに?

 チャウ。」

「私たち、パアパのことを誤解していたの。」

「え?

 パアパ?

 それって、ボス、ううん、圭太さんのこと?」

「うん。」

二人は湯船から顔を出し、湯舟の淵に顎をちょこんと乗せ頷いてみせた。

「パアパ、私たちのこと助けてくれたの。

 凄く優しい顔をして、“もう、大丈夫”って言ってくれたの。」

「パアパ、ものすごく強いのよ。

 悪い奴らなんて、あっという間に蹴散らして。

 かっこよかったのよ。」

「それなのに、私たちったら何でパアパを悪い人だと思っちゃったんだろう。」

二人は顔を歪め、泣き出しそうな顔をした。

「もし、パアパが怪我をしたらどうしよう。」

「もし、パアパが死んじゃったら私…うっ…。」

タムもチャウも目にいっぱいの涙をためていた。

「大丈夫よ。

 圭太さんはああ見えてもものすごく強いんだから。

 強いところ、見たんでしょ?

 それに弥七さんや銀子さんが付いているから、ちゃんとあなたたちのところに帰って来るわよ。」

クエンは、二人の頭を撫でながら優しい顔で言った。

「本当?」

「ええ、絶対よ。」

「ねえ、クエン。」

クエンに言われ少し安心したのか、今度はタムが話しかけた。

「なあに?」

「パアパ、許してくれるかな。」

「え?」

「私たち、いつもパアパを睨みつけたり、話しもしない悪い子だったの。

 パアパ、そんな私たちのこと嫌いかな。」

チャウも横で心配そうな顔をしてクエンを見つめていた。

「何言っているの。

 圭太さん、タムやチャウにいつも冷たくしている?」

タムとチャウは首を横に振った。

「パアパ、私の脚が痛む時、大きな手で揉んでくれるの。

 最初は痛いけど、どんどん気持ちよくなってくるのよ。

 そうするとね、痛くなくなるの。」

タムが言うとチャウが続ける。

「パアパ、私の咳を気味悪がらないの。

 前の家では皆、気味悪がって邪魔にされていたの。

 パアパは私のこと邪魔にしないで、抱きしめて温めてくれるのよ。

 そうすると、不思議に咳が止まるの。」

そう言いながら二人はまた、眼に涙をためていた。

「いつも、いつも、私たちが困ると、パアパが助けてくれるの。」

「それなのに、私たち、パアパが困ることばかりして…。」

二人の眼から大粒の涙が零れ落ちた。

「ばかね。

 圭太さんが、二人のことを嫌いなわけないじゃない。

 あんなに優しい人が…。」

そう言いながら一生懸命二人のことを考えている圭太の姿を思い出し、それがタムとチャウに届いたかと思うとクエンもいつしかもらい泣きをしていた。

「怒っていないかな?」

「うん、大丈夫。」

「嫌いじゃないかな?」

「うん、絶対にあなたたちのこと大好きよ。」

「私たち、パアパが帰って来るのを待っている。

 そして、ごめんなさいって謝るの!」

二人は興奮して湯船から立ち上がった。

「うんうん、わかったから、ほら、湯舟に浸かりなさい。」

クエンは二人を見て優しく微笑んだ。

二人は再び湯舟に浸かると、チャウが歌のような旋律を口ずさみ始めた。

それは、チョウの店から出た後、ギエの運転する車の中で口ずさんだものだった。

歌詞は全くわからなかったが、か細く、高く澄んだ声で、でも、何かを祈るような声だった。

横でタムはじっとチャウを見つめ、あの時と同様に、自分の祈りをチャウの声に乗せているようだった。

少ししてチャウが静かになると、クエンは不思議そうにチャウに尋ねた。

「ねえ、チャウ。

 今の何?

 歌?」

すると、チャウはクエンの方を向いて微笑んだ。

「おまじない。

 昔、憶えていないんだけど誰かに教わったの。

 大事な人が無事に帰って来ますようにって。」

「タムも?」

「うん。

 私はおまじないを言えないけど、“頑張って”という気持ちを乗せるの。

 そして、帰って来てねって。」

二人が圭太の身を案じているのをクエンは痛いほど感じ、そっと二人の頭を撫でた。

(絶対に大丈夫。

 この子たちが祈っているんだもん。

 ね、圭太さん)

クエンも祈る思いだった。


啓太と弥七は、新たに入って来た男たちの取り囲まれていた。

「ちっ、新手か。」

「チョウの奴、こうなることを見込んで、手を打っていたのか。」

弥七は悔しそうに唇を噛んだ。

そして圭太の方を見ると、圭太は明らかに疲弊していた。

(圭太も限界か。

 当たり前だよな。

 チョウの店からここまで全開だったもんな。)

弥七は瞬時に入って来た新手の男達の力量を計り、全員を相手にした場合、今の圭太とでは勝ち目が少ないと判断したのか、圭太だけは守ろうと前に立ちはだかり、男たちを睨みつけた。

(こいつら、よく訓練されている手練れだな。

 “朧”もないし、スタングレネード弾も底をついたか。

 後ある武器と言ったら…。

 しかたない…。)

「若、合図したら後ろのコンテナの陰に。

 いいですか。」

圭太は弥七が相手を巻き込んで自爆する覚悟であることを理解した。

「そうはいかないよ。

 弥七。

 俺とお前なら、まあ、無傷で済まなくても何とかなるだろう。」

圭太はそう言って弥七に笑いかけた。

弥七は圭太の笑顔を見て、気力が盛り返しているのを感じとり、同時に悲壮感を漂わしていた自分を恥じた。

そう、これなら、この顔の圭太なら活路が見いだせると。

「若…。

 すみません。

 じゃあ、これは最後の最後ということで。

 まずはやりますか。」

「そうしよう。」

そう言うと圭太と弥七は並んで立つと、相手が気後れするほどの殺気をみなぎれせ、そして、圭太が一歩動こうとした矢先に、急に声が聞えた。


「圭太、遅くなってすみません。」

いつの間にか、圭太の傍らに銀子がかしこまるように膝まづき圭太の顔を見ながら話しかけていた。

「お銀、じゃあ、この手練れたちは?」

弥七が銀子の方に振り向き尋ねた。

「ええ、この辺一帯を取り仕切っているロンさんのところの兵隊さんたちよ。

 圭太と弥七さんの手助けに、駆け付けてくれたの。

 でも、まあ全部片付いた跡ね…。」

銀子はそう答えながら周りを見回し苦笑いをした。

「ほう、随分と活きのいい御仁だな。」

男たちの後ろから年配の男の声が聞え、その声の主が男たちの間から出て来た。

「圭太、あの人がロンさんよ。」

銀子がロンと呼んだ男は、年齢は60歳前後で背格好は圭太と同じくらいだが顔つきは穏和な顔だが眼光は人を射抜くような鋭く、周りの人間を圧倒するようなオーラを纏っていた。

ロンは一瞬弥七の方を見て驚いた顔を見せた。


数時間前、銀子はロンの屋敷に忍び込に、ロンが一人で部屋にいるのを確認し、そっと部屋に忍び込んだ。

「誰だね?」

椅子に座ってくつろいでいるロンは侵入者に気が付き、声をかける。

「ロン親分、銀子と言います。

 我主の火急の用事で参上しました。

 その物騒なものを仕舞ってもらえませんか?」

銀子は片膝をつき頭を垂れ、畏まって言った。

「銀子?

 まさか…。

 顔をあげて見せろ。」

ロンはいつの間にか手にして銀子に向けていた拳銃を下げ、銀子をまじまじと見ていた。

そして銀子が顔を上げロンに見せると、ロンは息を呑んだ。

「たまげた。

 あの銀子か?

 本人か?

 いや、本人だったらもっと歳を…。」

「ロン親分、申し訳ございませんがことを急ぎますので、まず、主から預かったこの書をご覧ください。」

銀子は尚も何か言おうとしているロンを遮り、懐から一枚の紙を取り出し、ロンに見せた。

「遠くてわからん。

 こっちに持って来てくれ。」

銀子は膝でロンににじり寄り、紙を渡した。

「こ、これは…。」

「はい、今、我主は一大事に巻き込まれています。

 是非ご助力を賜りたく、参上いたしました。」

銀子は再び首を垂れると、ロンは大きく頷いた。

「今は昔話をしている時ではないということだな。」

「は。」

銀子の返事に、ロンは椅子から立ち上がった。


ロンはすぐに何事もなかったような顔をして圭太の方を見た。

「お前が圭太か?」

ロンはじろりと圭太を睨み尋ねる。

圭太が頷くと、圭太の顔をまじまじと眺め、それから顔を緩め、膝を地面についた。

それが合図のように、手練れの男たちも全員片膝をついて、圭太たちに頭を下げる。

それは壮観な眺めだった。

「ロン…さん、ですね?」

圭太が声をかけると、ロンは頷き立ち上がった。

「そうか、やはり光衛さんにどことなく似ているな。

 光衛さんにこんな立派な息子さんがいたなんてな。

 もう一度、光衛さんに会いたかったが…。」

ロンは懐かしい昔のことを思い出しているかのように遠くを見るような顔をした。

「光衛さんの訃報は聞いていた。

 我々も全力で黒幕を探しているところじゃ。

けど、何も恩返しが出来ぬ間に…。

すまぬ。」

ロンは悔しそうな顔をして見せたが、すぐに真顔に戻った。

「書は受取った。

 確かに儂が光衛さんに書いたものだ。」

そういうと懐からロンの名前が直筆で書かれた紙を取り出した。


その紙は、圭太が銀子に託したものだった。

そして、その紙を圭太に返そうとしたが、圭太はかぶりを振って辞退した。

「いえ、母からお願い事は一度だけときつく言われています。

 ですので、その紙はお返しいたします。」

「そうか、光衛さんが、そう言ったのか…。

では、これは返してもらおう。

その代り、ここはすべて儂に任せてもらうが、異存はないな。」

圭太は再び黙って頷いた

「最近、C国のギャングどもが儂の縄張りに勝手に入って来て、断りもなく商売を始めおって目障りに思っていたところだったんだ。」

ロンはそう言って白目を剥いて口から血の泡を吹いているチョウを見た。

「では、こいつらの始末は儂に任せてもらう。

 こいつの後ろにいる組織の連中も含め、お前の前に二度と汚い面を出さないように、きっちり落とし前をつけてやるよ。

 そうそう、お前たちがぶち壊した店の連中も含めてな。」

「ありがとうございます。

 よろしくお願いします。」

圭太は丁重にお辞儀をした。

「しかし、いくら相棒が弥七だと言えども、よく二人でここまで派手にやらかしたな。

 どうだ、儂のところへ…。」

ロンが「儂のところへ来ないか」と言い終わる前に、圭太は苦笑いをして首を左右に振った。

「そうじゃの。

 無粋な質問だったな。」

ロンの部下は、二人がかりで白目を剥いているチョウの両腕を掴むと乱暴に引きずって行った。

他のチョウの手下は、ロンの部下に小突かれ歩けるものは一人では歩けないものに手を貸して、意識のないものは引きずり、まるで敗残兵のように外に出て行った。

「ボス、外の犬はどうします?」

ロンの部下が耳打ちした。

「ああ、あの犬たちは人の肉の味を知っているから使い道がないな。

 始末しろ。」

「はい」

耳打ちした部下はそう言うと部屋から出て行った。

ロンは圭太の方を振り向くと古い友人を見るような顔になっていた。

「さてと、本当ならいろいろと話を聞かせてもらいたいところだが、そろそろ警察も来るだろうし、長居は無用だ。

お前さんも、こっち側の人間じゃなさそうだし、儂と話をしているところを誰かに見られると都合悪いじゃろ。

残念だが、ここでお別れだ。

達者でな。

銀子も弥七も、達者でな。」

ロンはそう言うと圭太たちに背を向けドアのほうに歩いて行った。

(こんな紙が無くても、いつでも力になるさ。

 光衛の息子よ)

そして、二度と圭太たちを見ようとはしなかった。


「若、書とは、あの…。」

「ああ、母さんの“友達の証”だよ。

 あの中のロンさんが書いたものを返した。」

「そうですか…。」

“友達の証”は、圭太の母が世界各地で色々な人間を助けた時に、その恩を感じた者が“友達の証”として何か困った時には“それ”を持って尋ねて来いといういわば通行手形のようなものだった。

“友達の証”は、ロンのように名前を書いた証文のような紙や、印籠、指輪といったその者が特定できる品物まで多種多様に渡る。

圭太の母は、昔、政府軍といざこざを起こし、重傷を負ったロンを治療したことがあった。

その相手の政府軍の部隊は、ならず者の集まりで略奪や殺戮を繰り返し、見かねたロン一家が戦いを挑み、装備で勝っていた政府軍に手痛い敗北を喫し、ある村にかくまわれていた。

しかし、その時の怪我が重く、ロンは生死の境を彷徨っていた。

その村の住民が近くに来ている医療団の圭太の母の噂を聞いて、ロンを治療してくれと陳情し、経緯を聞いた圭太の母の光衛は二つ返事でロンの治療をかって出た。

光衛の治療を受け、若かったロンは一命をとりとめ、光衛にお礼を言うと、再び自分達の村に居ついている政府軍の部隊に戦いを挑もうとした。

「あんた、同じことをやったって、勝てっこないし、今度は死ぬわよ。」

光衛は笑いながら、しかし目はロンが引けを取るほど凄みがあった。

「で、でも。

 じゃあ、どうすればいいんだ。」

ロンがそう言うと、光衛は格之進、助三郎、弥七と銀子を読んで何やら相談をしていた。

そして策をロンに打ち明け、それから1週間後に他のならず者の集まりではなく正規の政府軍とともに、その悪事を繰り返していた政府軍の部隊を全滅させ、村に平和を取り戻した。

その時の光衛とその配下の格之進らの働きはロンの眼には英雄としか映らなかった。

光衛たちと別れる時、ロンは何もお礼の品がないと、自分の名前を書いた紙を光衛に手渡した。

「光衛、あんたは私の大事な恩人だ。

 もし困ったことがあったら、これを持って訪ねて来てくれ。

あんたの頼みなら、どんなことでも喜んでする。

もし、儂がいなくても、だ。」

そう言って、ロンは涙していた。


「まあ、仕方ないですね。

 縁が切れようで少し寂しいけれど。」

弥七が寂しそうにつぶやいた。

「まあ、いいじゃないか。

 今度は、こっちに借りが出来たから。

 銀子さんもご苦労様でした。」

圭太はそう言って銀子を労った。

「でも、随分と早かったじゃないか。」

弥七がからかうように言った。

「もう、弥七さんたら。

 これでも大変だったんだからね。

 ロンさんのところ、さすがに大親分だったもんで警戒が厳しくて、忍び込むのに骨が折れたのよ。

まあ、何とか忍び込んだらロンさんたら私の顔をみてびっくりしちゃって。」

銀子が笑いながら弥七に話しかけた。

「そうだ、ギエさんに全部済んだよって電話しなくっちゃ。」

そう言いながら銀子はいそいそと携帯電話でギエに電話をかけ始めた。

銀子が笑顔を見せて話し、圭太にVサインをしているのを見て、圭太と弥七はタムとチャウが無事なことがわかり、胸をなでおろした。

銀子は電話を切ると興奮で顔が上気していた。

「圭太、弥七さん。

 チビちゃんたち元気だって。

 今、屋敷の戻っているそうよ。

 私たちの帰りを、首を長くして待っているって。」

銀子の話を聞いて圭太と弥七は口元をほころばせた。

「そっかぁ。

 じゃあ、とっとと帰りますか。」

「そう言えば、若。

 さっきおチビちゃんたちを助けた時、おチビちゃんたち、若にしがみついていたじゃないですか。

 ひょっとして、好感度がアップしたのでは?」

「あ、私もそう思った。

 二人とも離れるの、凄く嫌がっていたから。」

「ならばいいんだけど。」

そう言って圭太は雷神にまたがる。

「若、家に無事にたどり着いて、初めてミッションコンプリートですからね。」

そう言いながら弥七は圭太の後ろに跨る。

「あれ?

弥七さん、風神の方じゃないの?」

いつも風神があるときは、乗り心地がいいと弥七は風神の方に乗っていたが、今回は圭太の体力を気にして雷神に跨ったのだった。

「いいじゃないですか。

 たまには月の明りの下、男同士でタンデムなんてね。」

“月明かり”と弥七に言われ、圭太は夜空を見上げた。

夜空は雲一つなく青々として、星が瞬き、大きな満月が闇夜を明るく照らしていた。

圭太は何かを吹っ切るように、正面を向いて、雷神のアクセルを回し、雷神を走らせた。

その後にぴたりと寄り添うように銀子の風神が続く。

月明かりの下、2台のモンスターバイクが幻想的な生き物のようにチョウのアジトを後にした。

圭太たちが走り去った後、アジトの方からは、犬の咆哮と乾いた拳銃の音が聞えていた。

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