第12話 フラッシュバック

地下に降りた圭太は、最初に二人が閉じ込められていた檻のある部屋に向かった。

途中、3人の男に出くわしたが、特殊警棒で瞬時に3人とも大人しくさせていた。

部屋にたどり着くと、部屋の中から物凄い殺気を感じたが、圭太は臆することなく部屋に踏み込む。

部屋の中の檻には誰もおらず、タムやチャウもいなかった。

その代りに屈強な体つきで身長が2メートルの大柄な男が牛刀の様な刃物を持って無表情に、部屋に入って来た圭太を見下ろしていた。

そして黙ったまま手に持っている牛刀を振り回すのではなく、素早く圭太に向かって突き出して来た。

圭太は手にした特殊警棒で牛刀を持っている手を叩こうとしたが、男は素早く手を引き、圭太の方を特殊警棒をやり過ごすと、また、予備動作もなく突いて来た。

それを2,3回繰り返すと、圭太は少し間合いを取り、男と睨み合った。

(こいつ、プロだな。

 傭兵上りか)

圭太は男の無駄のない動きと、正確に牛刀で急所を襲ってくるテクニックからそう感じ取った。

その時、圭太の横眼は部屋にあるモニターにくぎ付けになった。

檻のある部屋は、店のステージのビデオカメラからの映像が映し出されており、その映像にはうつ伏せにされた二人がまさにズーハンとキムの餌食にされそうな場面が映し出されていた。

それを見た圭太は一気に髪が逆立ち、怒りが物凄い殺気に変った。

牛刀を持っている男は圭太の殺気に一瞬たじろいだが、場馴れしているのか、すぐに体勢を整え、牛刀を突き出してくる。

圭太は牛刀を持っている手を特殊警棒で叩こうとしたが、男は直ぐに牛刀をひっこめようとした。

その時、圭太はそれまでと違い、ひっこめた牛刀を追うように身体を前のめりに倒した。

男から見ると圭太がバランスを崩し前のめりになったように見え、ひっこめるのを途中でやめて突きに出るか一瞬躊躇したように動きを止めた。

圭太はその一瞬の動きを見逃さず特殊警棒で牛刀を持っている男の腕を叩いた。

「ぐっ」

男は痛みからがうめき声をあげ、牛刀を落とした。

尚も間合いを詰めようとする圭太の首に、男は左手を巻きつけようとした。

圭太はとっさに後ろに飛びずさった。

「若!」

その時、弥七が部屋に飛び込んできた。

「弥七、ここを頼む!」

圭太はタムとチャウの状況が気になって仕方なかった。

そのために、どうしても牛刀の男に集中できなかった。

モニターの方を見ると、ズーハンとキムははやる気持ちからか自分達のズボンをなかなか下ろせずに躍起になっているところで、もう、数秒の猶予もなかった。

「若、早く!!」

弥七もモニターを横目で見て、状況を理解し、大声を出して圭太を急がせた。

圭太は、踵返すと全力疾走で部屋から出て行った。


ステージの上では、ズーハンが下半身を丸出しにして、いきり立った自分の竿を左手で抑えつけているタムのお尻に突き入れようとしていた。

横では、キムがサディストの本性を顕わにし、ニヤニヤ笑いながらズーハンと同じようにチャウのお尻にいきり立った竿を突き入れようと狙いを定めるように身体をずらしていた。

タムもチャウも頭を地面に叩きつけられ、朦朧としているのか抗うことが出来なかった。

その時、ズーハンは自分の尻に痛みを感じる。

「イタ!」

タムの頭を左手で押さえたまま振り向き自分の尻を見ると、料理用の大きなフォーク深々と刺さっていた。

横ではカランという音とともにキムが手刀でフォークを叩き落とし、チャムから手を放して入口の方を見ていた。

「痛ぇー!!

 なんだぁ、おい!」

ズーハンも、タムから手を放し、自分の尻に刺さったフォークを抜き入口の方を向いた。

そして、ものすごい勢いでステージに突進してくる圭太を見た。

「お、おい。」

そう言って、ステージの横で二人を眺めていたズーシェンと手下達に圭太を始末するように合図をした。

「て、てめぇ!!」

手下の3人は、無言で殺気をまき散らせている圭太に一瞬たじろいだが、気を取り直し、手にナイフを持ち圭太に向かって行った。

圭太は、止まらずに手下との距離を詰め、手下の振り回すナイフを無駄のない動きで避け、一人ずつ、顔面に特殊警棒を叩きつけていった。

「ぐぇ」「がっ」「ぎう」

3人は思い思いに悲鳴をあげ、その場に倒れこんで行く。

圭太は、特殊警棒をたたんでポケットに入れ、代わりにポケットから銀色の髑髏の細工が付いているカイザーナックルを取り出し、走りながら右手にはめた。

「な、な!?」

ズーハンは、小銃を探したが脱いで置いた上着に入っていたのか、上着を取ろうと這いつくばる。

圭太はステージに飛び上がると、驚いて圭太を見上げたズーハンの顔にそのままカイザーナックルを嵌めた右手を振り下ろした。

グシャ!

鈍い音がしてそのズーハンの顔面に圭太の右手がカイザーナックルごとめり込み、声を上げることなく崩れ落ちていくズーハンの横顔に、今度はボクシングで言うフックのように右手で顎を吹きとばした。

ズーハンは3メートルほど横に吹き飛ぶと、そのまま大人しくなった。

圭太はそこで止まり、キムの方を見る。

キムは長身で圭太よりも30センチ程身長が高かった。

そして、いきり立った自分の巨大な竿を隠さずにそのままで、圭太を黙って見下ろして立っていた。

(そんなもので、タムとチャウに何をしようとしたんだ。

 てめぇ、どうなるかわかっているのか。)

圭太はキムの竿を見て、怒りで髪の毛を逆立てた。

しかし、ズボンを中途半端に履いて動きに支障が出るのを嫌い、履いたりせずにそのまま臨戦態勢に入るところから、只のチンピラでないことが見てとれた。


「タム…。」

その時、苦しそうなチャウの声が聞えた。

チャウは殴られて切れたのか、口から血がしたたり落ちていたが、タムの方に這うようにして身体を惹きずっていた。

タムもチャウの声が聞えたのか、酷い鼻血を出しながらチャウの方に懸命に手を伸ばしていた。

キムは、チャウを見ると、左脚を上げ、一気にチャウの頭を踏みつけようと足を下ろした。

ガツという音とともに圭太がチャムを庇うように割りこむと、キムの左脚を両手でブロックし、すぐさま、右手をキムの左脚に巻き付けるようにして身体ごと捻り、プロレス技のドラゴンスクリューのように巻き込もうとした。

しかし、キムは直ぐに右足で圭太を蹴り、圭太の腕が緩んだところで素早く転がりながら距離をとり、すぐに立ち上がる。

よく見るとキムは無駄のない鍛え抜かれた身体から戦闘のプロフェッショナルであることが見て取れた。

圭太はタムとチャウを背に立ち上がると、横目でチャウを見る。

チャウは、這いずりながら何とかタムのところにたどり着き、二人で身を寄せ合っているところだった。

「すぐに終わらせるから、目をつぶって待ってなさい。」

じっと圭太を見つめている二人に小声でそう言うと、カイザーナックルの髑髏の飾りをガリッと齧るとキムの方に向き直り、無雑作に間合いを詰めて行く。

キムは無言のまま両手を肩の高さまで上げ、左半身の体勢で圭太を待ち受ける。

先に手を出したのは圭太だった。

間合いを詰めると、圭太はカイザーナックルを嵌めている右手でキムの顔面に向かってパンチを放つ。

しかし、背の高いキムの顔を狙うと斜め上へのパンチとなり、腕が伸び威力がなくなったところを、キムは顔を少し曲げやり過ごし、逆に右手のパンチを圭太の顔面にはなった。

圭太は左腕でブロックすると、数歩後ろに下がった。

キムはその1回のやり取りで圭太の力を計ったのか、ニヤリとサディストの笑って見せ、圭太に背広を脱いだらと、背広を脱ぐようなジェスチャーをして見せた。

しかし、すぐにキムの顔が凍り付く。

今までの圭太の動きは素早かったのに、今自分の顔面に向かって放たれたパンチが異様に鋭さが無かったこと、まるで、顔を背けるだけで避けられることを狙ったようなパンチだったことを。


檻の部屋では牛刀男と弥七が対峙していた。

牛刀男は圭太に特殊警棒で牛刀を叩き落とされ、圧倒的に不利だったが、格闘技、特に関節技や絞め技、寝技のスペシャリストだったので弥七も迂闊に相手の懐に入り込むことが出来なかった。

「ここで時間を掛けている訳にはいかないから、そろそろ決着を着けさせてもらうよ。」

弥七はそう言うと胸の内ポケットから何かを取り出し牛刀男に投げつけた。

牛刀男は半歩下がって、それをやり過ごす。

牛刀男に投げつけたものは、狙いを外れ、後ろの柱に突き刺さった。

「ちぇ、外したか。」

弥七は悔しそうな声を上げた。

牛刀男は横目で刺さっているものを見ると、それは2本の風車だった。

そして風車は刺さったところが風上だったのか、勢いよくまわり始めた。

牛刀男はそれを見て、馬鹿にした顔で悔しがっている弥七を見ていた。


1階のロビーでは5人の男が手に拳銃を持ってロビーに入ってくる。

その最後の2人が入ってきたところを後ろの暗がりから銀子は両手で持っているトンファを二人の首に引っかけるようにして、カチッとトンファについているスイッチを押した。

「ひげっぅ!」

二人は悲鳴にならない声を上げその場で悶絶し、倒れ込んだ。

銀子の持っているトンファは、スイッチを入れると高電圧の電気が流れ、それに直接触れると大の男でも感電し失神する代物だった。

するとその悲鳴を聞いた3番目に入って来た男が、「てめえ」と怒鳴りながら、銀子のいた暗がりに拳銃を弾がなくなるまで打ち続けた。

「ぐっ」

そこにはすでに銀子の姿はなかったが、男の撃った拳銃の弾丸が数発、感電し倒れている男たちに命中したらしく、苦痛の声と血の匂いが辺りに漂い始めた。

「ばかやろう、なにやってんだ。

 味方を撃って、どうするんだ。」

先頭でロビーに入ってきた男が慌てて戻り、拳銃を乱射した男の頭を殴りつけた。

「す、すみません。」

拳銃を撃った男は、すっかり縮こまり、それでも、空になったマガジンに弾丸を詰めていた。

「ふーん、あの子がチキン君ね。」

銀子は3人から向かって風上に音もたてずに移動していた。

そして、銀子の手に持っているトンファの握りの部分の栓が外れ、空洞が見えていた。

「あれ、なんかへんだぞ?」

「おまえもか?」

「ああ、目がかすむというか、涙が止まらない。」

3人の男たちは口々にそう言うと涙を手で拭ったが、一向に止まらず、周りが涙でぼやけて見えていた。

銀子がチキンと言った男の目の前に、急に人影が現れた。

正体は銀子だったが、男は目がぼやけていたのと、いきなり目の前に何かが現れたので、恐怖にかられ、目の前の銀子に向けて拳銃を弾がなくなるまで打ちまくった。

「ば、ばかや…。」

男の撃った拳銃の弾は銀子ではなく近くにいた二人の男に命中し、一人が目を見開き、驚いた顔をしたが、すぐにその場に倒れ込んだ。

銀子は、男の目の前にワザと立ち、恐怖心をあおると、さっとその場を離れ、男の背後にまわっていた。

男は銀子の思惑にはまり、銃を乱射し、味方の二人を倒してしまったのだった。

その前に銀子は風上に立つとトンファの中に格納していた特殊な粉を風に乗って男たちにかかるように振りまいていたのだった。

「おばか。」

銀子はそう言って手に持っているトンファを男の頭のてっぺんに力いっぱい振り下ろした。


牛刀男は、いきなり視界が波打つように乱れ始めたのに驚愕していた。

そして、その原因が自分の涙であることに気が付き、急いで涙を拭っても拭ってみ、体の中から湧き水のように沸いてきて止めることが出来なかった。

「悪いな。

 催涙ガスの一種だ。

 痛みも何もなく、ただ涙が出続けるだけだ。」

弥七が投げた風車の先に小さなカプセルが付いていて、そのカプセルは風車が柱に刺さると同時に割れ、中の粉が風車の回転で発生した風に乗って牛刀男に降りかかっていたのだった。

涙が止まらなく集中力を切らした牛刀男が最後に見たのは、弥七が持っている特殊警棒の先端部分だった。


一方、ステージでは圭太を睨みつけていたキムの頬に一筋の涙が流れ始めた。

キムは慌てて涙を拭ったが、拭っても拭っても止まることはなかった。

そして、状況から長期戦は無理だと判断したキムは、ぼやけてしか見えない目で圭太を探し、猛然と殴りかかって行った。

しかし、心が乱れたキムは、圭太の敵ではなかった。

圭太はキムの指し伸ばした腕をよけ、キムの腹部にカイザーナックルを嵌めた拳で力いっぱい殴りつける。

右手の拳が腹部にめり込みキムが苦痛で身体を折ると、右腕を引き、一気に下がってきたキムの顎に、カイザーナックルの拳で思いっきりパンチを浴びせた。

キムの顎は、ズーハンと同じように破裂したように崩れ、キムはその場で白目を剥いて仰向けに倒れていった。

倒れたキムの股間はまだいきり立ったままだった。

「ちっ」

圭太は、そのグロテスクな股間から生えているものを、右足でグシャという音とともに踏みつぶした。

圭太のカイザーナックルにも特殊な薬品の入ったカプセルが付いていて、それを割り、わざとキムが余裕で避けるような力加減をしたパンチを繰り出し、その薬品をキムに振りかけていたのだった。

「忍法、朧月夜」

圭太、弥七、銀子は別々の場所にいたが、ほぼ同時に、そう呟いた。


「タム、チャウ!」

圭太は急いでタムとチャウの方に振り向くと、二人は身を寄せ合ってステージの上に座り込んで、圭太を見ていた。

「もう、大丈夫だよ。」

圭太は優しく日本語で話しかけた。

タムとチャウは、ほとんど日本語は理解できなかったが、圭太もキムと戦った直後で気持ちに余裕がなかったのか、自然と日本語で話しかけていた。

ただ、タムとチャウは日本語の単語、「おはよう」「こんにちは」「おやすみなさい」「ありがとう」そして「だいじょうぶ」という単語は理解していた。

そして二人を見る圭太の優しい顔、その「大丈夫」という口の動きを見てタムとチャウは頭の中に閃光が走った。

タムとチャウはあの日、薄暗く汚い檻の中から見た圭太の顔と口の動きが今と一緒だったこと、そしてそれが自分たちを絶望の淵から救い上げてくれた優しい顔であったことを思い出し、まるで霧が晴れるように自分達が勘違いしていたことを確信した。

「あぅ…。」

二人は言葉にならない声を上げ、圭太に近づこうと懸命に立ち上がった。

タムもチャウも服を破かれ、ほぼ全裸に近かった。

そして、タムは額を床に打ちつけられたためか、額が赤く血が滲み、鼻血を出し、腹部が殴られた後か紫色に変色しているところがあった。

チャウは首に絞められた時にできたのか、赤く絞められた跡が生々しく、突き飛ばされたせいか膝が真っ赤に腫れて血が滲み、頭を押さえつけられたためか左の頬が赤く擦り切れ、また口からは唇を切ったのか血がしたたり落ちていた。

あまりにも凄惨なタムとチャウの姿に、それでも圭太の方に近づこうともがいている姿を見て、圭太は二人の前に走り寄ると背広の上着を脱ぎ片手で持ち、ワイシャツ姿で膝立ちをして、両手を広げ二人を包み込むように抱き寄せた。

すると、タムとチャウは抵抗するどころか小さな腕を圭太の首にまわし、しがみついた。

圭太は、脱いだ上着をそっとタムとチャウの背中から包み込むように掛ける。

「ごめんな、遅くなって。

 でも、もう大丈夫だから。

 早くこんなところから出ような。」

圭太は、今度はV国語で優しく言うと、二人は弱々しく、でもしっかりと頷いた。

そして、圭太のどこにそんな力があるのか二人をしがみつかせたまま、二人に羽織らせた上着の上から二人のお尻の辺りに両腕をまわすと、右腕にタム、左腕にチャウを抱き上げるようにして立ち上がり、出口の方に向かって歩きだした。

二人は圭太の首にしがみついたまま、圭太の肩に顔を乗せ、大人しくしていた。

タムとチャウの息が圭太の首筋にかかり何となくくすぐったかったが、それが二人の生きている証の様な気がした

ステージのあるホールから出ると弥七と銀子が顔色を変えて走ってよって来た。

「若、二人は?」

「ああ、なんとか。

 怪我をしているけど、無事だよ。」

弥七の声に二人は顔を持ち上げて弥七と銀子の方を見た。

「なんてひどいことを。」

二人の酷い顔を見て、銀子は悲鳴に近い声を上げ、弥七は顔を曇らせた。

「早く二人を病院に。」

銀子がそう言って二人を圭太から引き取ろうとしたが、タムとチャウは圭太にしがみついたまま離れようとしなかった。

「お銀、二人の世話は後だ。

若、私たちがまず、外の様子を見てきます。

 お銀、行くぞ。」

「はいな。」

弥七と銀子は素早く踵返すと降りて来た階段を、足音を立てずに上がって行った。

圭太は二人を抱き上げたまま、ゆっくりと階段を上がって行く。

1階の踊り場に着くと、いつの間にか弥七と銀子が圭太の傍らで膝まづいていた。

「屋敷に残っていたのは7人。

 すべて眠らせました。」

「チョウは手下を引き連れて、別のアジトへ逃走しました。」

銀子と弥七が矢継ぎ早に圭太に報告する。

「わかった。」

「若、チョウは今のうちに何とかしないと、二人が安心して学校にいけませんぜ。」

「そうだな…。」

圭太は、銀子の方を見た。

「銀子さん、二人を頼む。

 急いで病院に連れて行って。」

しかし銀子は戸惑った顔をした。

「わかったけど、圭太。

 怪我している二人をバイクに乗せて行くのは、いくら私でも一人じゃ無理よ。」

「しかし、早くチョウを追わないと。

 どこかに潜られたら厄介だし…。

 あ、ギエさん!!」

圭太の目線に店の外の門のところに立っているギエが見えた。

ギエは、門の外で顔だけ出し中を窺っていたのだが、圭太の声が店の中から聞こえたので、姿をさらし、小走りで、店の中に入って来た。

「え?

 ギエさん?」

銀子と弥七が驚いて圭太の目線の先にいるギエに目をやった。

ギエは、圭太にしがみついているタムとチャウの姿を見て、顔を曇らせた。

ギエにはタムとチャウがどんな目に遭ったか、おおよそ想像は付いた。

そして、最悪の事態だけは免れたと二人の態度を見て確信し、小さく安どのため息をついた。

「ギエさん。

 タムとチャウが怪我している。

 病院に連れて行きたいんだけど、ギエさん、どうやってここに来た?」

圭太がギエに問いかける。

「はい、屋敷にある車で来ました。

 車は路地を出たところの大通りに止めてあります。」

ギエは取り乱すことはなかったが、明らかにタムとチャウが気になって仕方ないという態度だった。

「ギエさんて、運転できるんだ。」

銀子が驚いた顔をした。

「よかった。

 じゃあ、この二人を乗せて大急ぎで病院に連れてって。

 タムはお腹を殴られ、チャウは首を絞められた跡が。

 それと二人とも頭を強く床に打ちつけられているので骨も心配だ。

 ともかく急いで連れて行って。」

圭太は手短に、タムとチャウの怪我の様子を説明した

「わかりました。

 では、車までお願いします。」

圭太もギエが車の運転ができるとは知らなかったが、相手はギエで何が起こっても不思議ではないと妙に納得していた。

「わかった。

 弥七さん、銀子さん。

 雷神と風神を頼みます。」

圭太が“雷神”“風神”と言ったセリフに、ギエは驚き、店の中にある黒い塊を見つめた。

「ギエさん、急いで。」

ギエは圭太に急かされ、急いで圭太の後を追った。

車にたどり着くと、圭太は思わず目を見張った。

留めてある車は圭太の車で、車体こそコンパクトカーの小柄なボディだが、圭太の趣味で極限までチューンアップされており、アクセルを軽く踏んだだけでもロケットのように急加速しハンドルも遊びがほとんどないほどの運転のしづらいじゃじゃ馬みたいな車だった。

しかも、それに輪をかけドラッグレースでも通用するようなニトロを積んでおり、アフターバーナーのような高推進力を叩きだす仕掛けが仕込まれていた。

そのスイッチの位置は、ハンドルのスポークのところに付いていて、ハンドルを握りながらでも指1本で押せるところに付いていた。

「ギエさん、この車のハンドルのスポークに付いているスイッチだけは押さないでね。」

圭太が心配そうに言うと、ギエは青い顔をして、2,3回頷いて見せた。

しかし、車の下部には植え込みに突っ込んだと思われるような、泥と葉っぱや枝で汚れていた。

圭太は、苦笑いしながら後部座席のドアを開け座席に二人を下ろそうとした。

しかし、二人は圭太の首に齧りついたまま、離れようとしなかった。

「タム、チャウ。

 僕は、ちょっと用事があるから先にギエさんに病院に連れて行ってもらいなさい。」

そう言ってもタムとチャウは首を横に振って、尚も、しがみついて離れなかった。

そうこうしているうちに、弥七と銀子が“雷神”“風神”を押して車にたどり着いた。

タムとチャウは弥七の言った“チョウを追わないと”と言う言葉を聞いていて、本能的に圭太の身を案じてか、圭太の首に巻き付けた腕を離さないのが理由の半分だった。

しっかりと圭太にしがみついているタムとチャウを見て、銀子は胸が熱くなるのを感じた。

「タム、チャウ。

 ちょっと悪い人を懲らしめて、二度とタムとチャウに近づかないように話してくるだけだから。

 ね。」

圭太はタムとチャウを説得しようと奮闘していた。

「そうよ。

 圭太は強いから大丈夫。

 それに私と弥七さんが付いているから大丈夫。

 だから、二人は早く病院に行って怪我の治療をしてもらって。

 そうしないと、圭太さん、心配で泣き出しちゃうかもよ。」

銀子が横から優しく言って泣く仕草をすると、タムとチャウはしぶしぶ圭太の首から腕を離し座席に移った。

そして二人は身を寄せ合って、圭太の上着を二人で身体に被り、じっと圭太を見ていた。

「大丈夫だから。

 安心して二人は病院で手当てしてもらいなさい。」

圭太がそう言うと二人は小さく頷いた。

「じゃあ、ギエさん、後はお願いします。」

「わかりました、まかせてください。

 圭太様も気を付けて。」

ギエはそう答えると運転席から圭太の顔を心配そうに見ていた。

「銀子さん、手筈通りにお願いします。」

圭太はタムとチャウから視線を離し銀子に向かって言った。

「圭太、本当にいいの?」

銀子は何事かわかっていたが、念を押した。

圭太が黙って頷くと銀子も頷いて見せた。

「わかりました。

 直ぐに追いつくから、どうかお気をつけて。

 弥七さん、それまで圭太をお願いします。」

「わかった。」

弥七は真剣な顔で答えた。

雷神に圭太がまたがると、その後ろに弥七がまたがった。

「弥七さん、チョウのアジトはわかりますか?」

「バカ、何を寝ぼけたことを。

 私が誰だと思っていますか?

 しっかり、電波発信機を付けておきましたから、“今どこサーチ”でも居場所がわかります。」

「さすがですね。

 失礼しました。」

そう言うと圭太は今一度、タムとチャウの方をちらりと見ると、心配そうな顔で圭太を見ている二人と目線があった。

圭太は二人に笑顔を見せると、雷神にキーを刺してスターターを回した。

雷神は3階から落下したのにも掛かわらず“ドゥルルン”と機嫌のいいエンジン音を立てた。

「では、弥七さん、捕まってください。

 ギエさん、タムとチャウをお願いします。

 銀子さんも、ね。」

そう言うとアクセルをふかし、クラッチを上げると、雷神は圭太と弥七を乗せ、タムとチャウの前から排気音だけを残し消えるようにいなくなった。

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