第4話 悪魔の館

男たちは、チョウを見ると恭しくお辞儀をして通り道を開け、チョウは右手を挨拶のように軽く上げた。

いつの間にか圭太の肩から腕を下ろした榎本が、チョウの後に続くと警備員は、榎本にも恭しく頭を下げ、優越感に浸った榎本は有頂天だった。

門から中に入ると奥からウェイターの様な服装の男が一人出てきた。

「チョウ様、お待ちしていました。

 どうぞこちらへ。」

門の中に入ると目の前に薄暗い洋館が立っていた。

3人はウェイターの様な男に促され、建物の中に入った。

そして、階段を降り地下室のようなところに通された。

そこで、念のためと榎本と圭太はボディチェックを受けた。

「なんで?」

榎本が不機嫌そうに言うと、チョウが両手でゴマをするように手を合わせ、例のにやけ顔で圭太達の方を振り向いた。

「すみません。

 このお店、撮影禁止ね。

 この前、ライバル店が人気を聞きつけ、カメラで撮影しようとしたことがあった。

 それから、持ち込まれないように、チェックしてるね。

 気を悪くしないでね。」

圭太のボディチェックをしている男が、ポケットの中のスマートフォンを取り上げようとしたので、圭太は思わずその手を掴んだ。

一瞬不穏な空気が流れたが、それをチョウが制した。

「その二人は、大丈夫。

 幸喜さんに圭太さんも、楽しいからって撮影しないでね。」

榎本と圭太が頷くと、ボディチェックの男は圭太達から手を離した。

圭太は、このまま帰ろうかと思ったが、馬鹿みたいにわくわくしている榎本を見て、ため息をつき、付き合うことした。

その代り、圭太はチョウの方に話しかけた

「チョウさんは、ここの店詳しいの?

 ボディチェックもされていないみたいだけど。」

一瞬チョウの目に怪しい光が差したのを圭太は見逃さなかった。

チョウは、すぐに笑顔を作った。

「私、この店の常連客。

 お得意様ね。

 だから、顔パスなの。

そんなことより、行こう、行こう。

お楽しみが待っているよ。」


3人はウェイターの後をついて行くと大きなまるで半円の円形劇場のような所に通された。そこはすり鉢状で、底に舞台のようなスペースがあり、それを望むように50席ほどのボックス席があり、その一つに通された。

ボックス席は人数によって分かれていて圭太たちが通されたのは8人掛けのボックス席で真ん中にテーブルがあり、メニューやウェイターを呼ぶボタンの他にタバコのようなもの、数字が打ち込めるリモコンのようなものと10インチほどの液晶モニターが置いてあり、その液晶モニターは舞台を間近に映し出していた。

革張りで高級感のある座り心地の良いソファに座ると、榎本は机の上のものや周りを興味津々にキョロキョロと見回していた。

「チョウさん、何があるの?」

榎本は子供の用に目を輝かしていた。

「これから、楽しいショーが始まるね。

 もう少しだから、お酒でも飲んで待ってようね。」

そう言うとチョウはウェイターに何やら話しかけた。

ウェイターは頷くと一回下がり、すぐにナポレオンのブランデーの瓶を持ってきた。

「お飲み方は?」

ウェイターがそう言うと、チョウは榎本の方を見た。

「じゃあ、ロックで。」

チョウは続けて圭太の方を見る。

「じゃあ、僕も同じで。」

圭太がそう答えると、チョウはウェイターに「ロック3つ」といって指を3本立てた。

店の中はいつの間にか薄暗く、たばこの様な煙が充満していた。

圭太は周りを見わたすと、ショーの時間に合わせてか、ぞろぞろと人が入って来て、あっという間に50か所ほどのボックス席が埋まっていた。

客層は、見た限り皆、その身なりから富裕層の人間ばかりに見えた。

年齢は圭太達のように若いのから60、70代と思える年配の客までまちまちで、ほとんどが男性客だった。

「じゃ、乾杯ね。」

チョウがブランデーのグラスを持ち上げ、3人は乾杯した。

「…。」

圭太はナポレオンの瓶に入っていたブランデーを一口、口に含むと、その中に何かが混ざっていることに気が付いた。

(何か入っているな。

 気を付けないと。)

そう思って榎本の方を見ると、もともと遊び好きで酒の強い榎本は、グラスのブランデーを一気に飲み干していた。

(こいつ、酒の味もわからないし、何の疑いもしないのか)

圭太は呆れ顔で榎本を見た。

「幸喜さん、すごい飲みっぷりね。

 お代わりあるね。」

そう言ってチョウはウェイターにロックのお代りを作らせた。

「なあ、チョウさん。

 もういいだろ、楽しいことって何さ。」

榎本は、少し酔いがまわって来たのか、チョウに寄りかかるようにしてたずねた。


「もうちょっとね。

 すぐにわかるから。

 それより、マリファナあるけど、吸わない?」

「え?

 マリファナ?」

「そうそう、大麻よ。

 大麻って今、世界中で合法化されてきてるから大丈夫。

 ちょっと、試してみない?」

チョウは、テーブルにある煙草のようなものを榎本と圭太の前に差し出した。

圭太は手を横に振って拒絶したが、榎本は一本受取り口にくわえた。

「おい、榎本。

 まだ日本でもV国でも違法だぞ。」

圭太は榎本に注意した。

「大丈夫ね。

 ここ、皆吸っているから。

 それに、口堅いから。」

チョウは、圭太に差すような視線を向けた。

「…。」


圭太が黙ると、チョウは榎本の銜えたマリファナと説明されたタバコにライターで火をつけた。

榎本は少し吸い込んでから、煙を圭太に吐きかけた。

圭太はその煙がマリファナではないことがすぐに分かった。

(この匂いは、マリファナじゃないな…。)

圭太は医療関係に従事していた母親に連れられ幼い頃世界各地を回り、マリファナを吸引している現場に出くわしたりして、その時の煙のにおいなどを覚えていた。

ただ、圭太は母親から薬物について正しい知識を教え込まれていたので、興味本位でも薬物に手を付けることは一切なかったし、使おうという気もなかった。


「そんな堅いこと言うなよ。

 おまえ、マリファナ吸ったことないの?」

榎本は、悪ぶったような顔をしていた。

(さっきの酒と薬物で気持が高揚したな。

 おそらくアヘンか何かが練り込まれているんだろう。

 まあ、少しくらいなら常習的にはならないだろうし。)

圭太は冷静に榎本を見て判断した。

「圭太さんは、マリファナ、やらないの?

 楽しくなるよ。

 幻覚なんて見ないから大丈夫。

 覚せい剤じゃないんだから。」

チョウは、なおも圭太にマリファナだと言って怪しいタバコを進めてきた。

「今はいい。

 もう少ししたら、貰うから。」

拒絶するとチョウが警戒するかもと気になったので、圭太はやんわりとその場を繕った。


すると、ドラが鳴り、明かりが更に薄暗くなると、ステージらしきところにスポットライトが当り、蝶ネクタイをした男が壇上に立っていた。

「皆さん、お待ちかねのショータイムです。

 これから綺麗な女性が、いっぱい出てきます。

 気に入ったら、席にあるリモコンで、番号と金額を入れてください。

 一番高額の値段を付けた方に、その女性をプレゼントします。」

「え?

 どういうこと?」

榎本はピンとこないのか、チョウに尋ねた。

「はい、これからステージに一人ずつ女の子あがります。

 自分の好みの子をお金で競り落とせば、いい思い沢山出来ます。

 良かったら、お持ち帰り出来ます。」

「ほんと?

 持ち帰ってもいいの?

 きゃっほー!」

榎本は指笛をならし、完全に躁状態になっていた。

(人身売買か…。

 と言うことは、ここに居る客は性奴隷を求めてきている変質者か売春宿の関係者。

 はたまた金持ちのカモか。)

圭太は虫唾が走るのを感じながら、隣で騒いでいる榎本を冷めた目で見ていた。


圭太が母親に連れられ回った世界は、どちらかというと紛争地帯や貧困に喘ぐ国や地域が多かった。

そういうところでは薬物と並んで人身売買も盛んにおこなわれ、圭太も人身売買で売られた女性のたどる凄惨な末路を知っていた。

しかし、それは正義感からだけで解決できるものでもなかった。

圭太の母親は、売られた女性の病気や怪我の治療も行っていたので、そういう女性から助けを求められることが多々あった。

正義感の強かった圭太の母親は、そういう女性の声を地元の警察に陳情しに行ったりしたが、警察の上層部は組織の息がかかっているのか、ほとんど取り上げられることはなかった。

また、こっそり女性を逃がして、追っ手に見つかって引き戻されたり、行く当てのない女性は結局戻ってきたりして、ほとんどが無駄骨に終わっていた。

圭太の母親は、そういう現実の壁に突き当たり思い悩んでいたが、それどころか、逃がす手引きをしたと、様々な組織から命を狙われるようになっていった。

それでも病気や怪我で傷付いている人を放っておけず、各地で知り合った屈強な人間を仲間として医療行為に帆走していたが、ある時、限界を感じ圭太を連れて日本に舞い戻った。

しかし、舞戻ってすぐの圭太が高校二年の時、以前、怪我の治療をしたある国の人物から、再度、治療の要請を受け、その治療を最期にと圭太を日本に残し渡航したが、その渡航先で爆弾テロに遭い、命を落としてしまった。

現地の警察の話では、呼ばれたことは罠で圭太の母親の命を狙っていた組織が何も知らない母親を、爆弾を満載したタクシーに乗せ自爆テロで爆発させたとのことだった。

その爆発の威力はすさまじく、圭太の母親は爆発でちぎれた左手首から先しか残らず、その残った指の指紋から辛うじて本人であることが特定できたほどだった。


命を落とす前、圭太の母親は圭太に人身売買や薬物などは正義感だけでなんとかなるものではなく、また、裁く立場にないのであれば需要と供給の供給先を叩くのではなく、需要をなくすことを考えなければならないと、何度も何度も圭太の心に刻み込ませるかのように話して聞かせていた。

(需要と供給か…)

圭太は、母親の言葉を思い出していた。

ステージの方で音楽が鳴ると、進行役が一人ずつ番号と年齢やスリーサイズをいうと、その番号札を腰に付けた若い女性が一人ずつステージに上がった。

女性は皆、不安げに辺りを見渡していたが、精神が耐えられなかったのか普通でないような笑顔をしている女性もいた。

「え?

 10人しかいないの?」

榎本はステージに上がった女性が10人だったことを不満そうに言う。

「大丈夫。

 1回に付き10人ごとね。

 最初に10人。

 それが済んだら、また新しい子が10人ね。

 お金出せば、何人でもOK。

 ハーレム作れるよ。」

「そうか、良かった。

 じゃあ、俺5番にしよう。」

榎本が指名した5番の女性は20歳前後で髪が長く、どことなくエキゾチックな顔立ちをしていた。

「圭太は?」

ニヤニヤ笑って榎本は圭太に話しかける。

「俺は、このグループはいいや。」

「一人だけじゃなくていいってさ。

 ちょっとでも気に入ったら買った方が得だぜ。」

榎本は通ぶって言い方をしたが、事の真相がわかっていないようだった。


それから一人ひとり、まるでオークションにかけられるようにステージに上がると、進行役が金額を吊り上げ、値が停まると「落札!」と大声で言った。

金額は一人当たりだいたいV国で言うと平均世帯の1~2ヶ月分の給料に匹敵する金額だった。

それでも、人気のありそうな女性は次々と高値で落札され、榎本が気に入ったといった5番の女性になった。

「じゃあ、5番行くよ。

 最初は…。」

金額は見る見るうちに吊り上がって行くが、榎本は顔を真っ赤にして、リモコンのボタンを押していた。

そして、平均落札額の2倍という高値を付けて落札すると榎本は得意げな顔をして見せた。

「すごいね、幸喜さん。

 いい娘を落札したね。

 さすが、お目が高い。

 圭太さんも頑張って。」

圭太は自分の名前を呼ばれるだけでも虫唾が走った。

1時間位で10人の女性の売買が終わり、売却先が決まった8人は、各々自分を落札したテーブルに連れていかれた。

圭太達のボックス席にも榎本が落札した女性がおどおどしながら連れてこられると、チョウが榎本を指さし、落札したのはこの男と教えたようだった。

女性は頷くと榎本の前に跪くと榎本に哀願するような目をして「何でもしますから、連れて行ってください。」と震える声で言い、一心不乱に榎本に奉仕をし始めた。

榎本は「いいね、いいね」とご満悦だったが、V国語が全く分からない榎本は、女性が何と言ったのかわかっていなかった。

ステージでは、見受け先が決まらなかった二人がこれから自分の身に降りかかることを知っているのか絶望的な顔をしていた。

すると屈強な男が4人、パンツ1枚の姿で上がってくると、4人がかりでステージに残った女性を犯し始めた。

その女性たちの泣きさけぶ声で周りは異様な雰囲気になっていた。

榎本に奉仕をしている女性は、ここに残されたら未来はないと少しでも望みのある榎本に連れて帰ってもらうため、ステージの方は一切目をやらず、ひたすら必死に奉仕を続けていた。

「ほらほら、ちゃんとやらないと連れて帰らないぞ。」

榎本は人身売買と気づかず単に高級な売春宿としか思っておらず、女性の気持ち逆撫でするようなセリフを吐いていた。


圭太が堪らず席を立つと、「どこへ?」とチョウがニヤニヤしながら声をかけた。

「トイレ。」

圭太は、感情のないような無表情な顔で答える。

「トイレ、あっちね。

場所わかる?」

「ああ、わからなかったら店の者に聞くから。」

ボックス席から出ようとした圭太の背中にチョウの声が聞えた。

「すぐに続きがはじまるよ。

 早く戻って来てね。」

ステージからは男たちに犯され泣きさけび続けている女性の声が響いていた。


圭太が従業員にトイレの場所聞き、そこに行く途中で『スタッフオンリー』と書かれたドアが少し開いているのが見え、そこから男たちの声が漏れていた。

圭太は、そっとそのドアの内側を窺った。

ドアの先は廊下があり、その左右に部屋のドアがあり、左手のドアから明かりが漏れ、声はそこから聞こえていた。

圭太は通路側のドアを少し開け、周りを見回し人影がないことを確認すると、その内側に忍び込むように入り、声のする部屋の廊下で聞き耳を立てる。

部屋の中には男が2人、何か話していた。

「…兄貴、どうしましょう。

 あんなガキども連れてきて、親分、怒っていましたよ。」

「そう言ったって、仕方ないじゃん。

 だいたい親分が、今度のショーにガキがいるっていうから連れて来たのによ。

それに、あの貧乏の農家の奴ら、子供売るって言うから、二束三文で買ってきたんだぜ。」

「でもズーハン兄貴。

一人は気味の悪い咳をするし、一人はびっこひいてるし、それにガリガリで可愛げもないし。

いくら好き者でも買わないんじゃないですか?」

「ズーシェンよぉ、そう言いうなって。

 確かにあんなガキじゃ、売れ残った後のショータイムにも使えねえな。

 いくつって言ったっけ?」

「え?

 二人とも10歳でさ。」

「10歳だったらもう少し肉付きがよさそうなものなのに、栄養失調で死にかけているんだから仕方ないか。

 親分がよ、あんなの置いておく金が勿体ないから、売れなかったら犬のえさにしちまえってさ。

 連れて帰ったら無理やり突っ込んで、あとは犬の餌しかないな。」

話しを聞いていると、おそらく借金の取り立てか何かで行った先の農家がお金に困り子供を人身売買のグループに売った。

だけど買ったはいいけど、身体に欠陥があるのと栄養状態が悪くとても売り物にならない女の子で、始末をどうつけるかの算段をしているようだと圭太は思った。

(まったく、腐ってる。)

圭太は、興味を失い廊下に戻ろうとしたが、もう片方の部屋のドアが少し開いていたので、そっと中を覗き込んだ。

部屋の中はまるで牢屋のように3つの檻で仕切られ、ひとつの檻は空だったが、あと二つには女性が閉じ込められていた。

そこは、今晩売買される女性を入れておく檻で、手前の檻が空ということで、真ん中の檻が次の出番の女性たちのようだった。

部屋にはステージが映っているテレビが置かれていて、まだ、最初の売れ残った女性が男たちにいたぶられている姿が映っていた。

檻の中の女性は、次に自分がああなるのではと、絶望に駆られ俯いてすすり泣いていた。

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