メンクイ探偵のアリバイ崩し

猫屋 寝子

第1話

 山田は探偵である。

 それも、普通の浮気調査などをする探偵ではない。彼は、「アリバイ崩し」を専門とする探偵なのだ。


 え?そんなの聞いたことがない?

 それはそうだろう。恐らく、全世界を探しても「アリバイ崩し」専門の探偵なんて彼以外にいない。つまり、彼は非常に珍しい探偵だ。

 ちなみに、私はそんな非常に珍しい探偵の助手をしている。

 そう、つまり、私は非常に珍しい探偵助手なのだ!


 ……え?そんなの別に聞いていないって?そんなことより、山田がどんな仕事をしているのか気になるって?

 ……仕方ない。それでは山田と私が解決したある事件についての話をしよう。


 そう、あの日はいつもと違っていた。

 山田が私より早く事務所に来ていたのだ。いつも遅刻してくる山田が、いつも出社時刻30分前には出社している私よりも、早くに!


 それだけではない。いつも乱雑にされている彼の机の上は綺麗に整頓され、頭はいつものすごい寝ぐせがなく綺麗に整えられている。しかも、いつもはスーツなんて着ないのにスーツを着ているし……。

 山田は元々顔が良いから、それらが様になっている。そこが腹立たしいところだ。


 私はそんな数々の異常な現場を目撃し、その衝撃から事務所のドアを開けたまましばらく動くことが出来なかった。そして、思わず自分の腕時計を見る。うん、いつもの時間だ。ついでに手帳も確認してみる。うん、特別な用事があるわけでもない。


 私は恐る恐る山田に近づいた。


「……今日、随分と早いけど、どうしたの?」


「うん?ああ、斎藤か。おはよう」


 山田は爽やかな笑顔で答える。いつもの朝なら不機嫌そうに答えるのに、どうしたものか。

 私は若干その笑顔に引きながらも、とりあえず挨拶を返す。


「ああ、おはよう」


 山田はもう一度私に笑いかけると、気分がよさそうに鼻歌なんて歌い始めた。歌が上手いのが鼻につく。


「なんか、やけに気分が良いね」


「今日はね、あの美人刑事さんが依頼しに来るんだ」


 山田は今にもスキップでもし出しそうな顔をしている。よほどその刑事さんが来るのが嬉しいのだろう。


 ここで一つの謎が解決した。今日の出社時刻が早いのはその美人が来るまでに色々と準備をしたかったから。

 山田は生粋の美女好きだ。美女に良い印象を与えたくて、机の上を整頓したり容姿を綺麗に整えたりしたのだろう。


 私はある意味単純ともいえる山田に小さく苦笑いを浮かべる。こんな人だけれど、推理力だけはとびぬけているんだよな。


 私はそう山田の観察を止め、仕事の支度を始めた。その傍らで、依頼についての話を進める。


「えっと……依頼内容は確か、『殺人犯のアリバイ崩し』だっけ?」


「そうそう。怪しい人物はいるんだけど、そいつにはアリバイがあって逮捕できないんだってさ」


「へぇ」


「まあ、詳しくは話を聞いてみないと分からないけど、僕達に解けないアリバイ工作なんてないよね」


 そう自信満々に言う山田に、私はため息をついた。


「警察からの依頼だなんて面倒なことになりかねないのに……。本当、美人に弱いところは変わらないね」


「そういう君だって、イケメンには弱いだろう?大丈夫、美人な刑事さんは一人で来ない。イケメンな警部を連れてきてくれるそうだよ」


 ……ごくり。彼の言葉に思わずつばを飲み込んだ。

 イケメンが来るって? それをもっと早くに言ってほしかった!


 私は慌てて自分の机の上を綺麗にする。

 そんな様子を見て山田は笑っているが、そんなことを気にする余裕はない。


「ははは。態度の変わりようがすごいね。さすが、僕の顔だけで就職を決めた斎藤だ」


 うう、何も言い返せない。山田の言う通り、私は彼の顔につられて就職した。

 だって、ストーカーから助けてくれた男がイケメンで、ましてや「うちに就職しない?」なんて言われたら、もうついていくしかないだろう!

 そうして私は喜々として就職するも、「美人は三日で飽きる」という言葉を痛感させられた。

 三日もすれば山田のイケてる顔に慣れてしまい、ましてや彼のひねくれた性格を目の当たりにして、もう彼の顔なんてどうでもよくなっていたのだ。

 むしろ、新しいタイプのイケメンが見たい。最近はそう思っていたところだった。


「ま、そういう僕も、君の顔で雇ったわけだけど」


 山田はそう言うと楽しそうに笑った。

 彼曰く、私の顔がタイプで雇ったらしいのだが、彼も私と同じ面食い。きっと私とは違うタイプの美人が見たくなってきたのであろう。

 だから今回の依頼の件についてはもう何も言わないことにした。(け、決してイケメンが来るからというわけではない)



 さて、そうこうしているうちに、依頼人がやって来た。

 話に聞いていた通りの美人と、それはそれは顔の整ったイケメンである。

 タイプで分けるとするならば、つり目の美人で性格がきつそうに見えるタイプの女性と、彫りの深い所謂ソース顔というタイプの男性。


 ……うん、確かに美男美女だ。

 ちなみに、男性の方が警部で女性の方が刑事らしい。上司と部下、という関係のようだ。


 私はイケメンを目の前にニヤニヤしそうな頬を堪え、二人にお茶を差し出した。

 そしてそのタイミングを見計らって、山田が話を切り出す。


「今回の依頼について、話をしていただけますか」


 山田の言葉に男性警部が首を横に振って女性刑事に言う。


「やっぱり、ダメだ。警察が探偵なんかを頼るなんて。帰るぞ」


 そうして立ち上がろうとするも、女性刑事が彼の腕を掴む。

 二人の様子を見るに、どうやら警部の方は依頼する気がなかったようだ。女性刑事が無理を言って連れてきたように見える。


「待ってください。犯人逮捕のためです。とりあえず、話だけでもしてみましょう」


 彼女の真剣な表情に男性警部は大きくため息をついた。


「……分かった。しかし、重要な情報は漏らすんじゃないぞ。あくまで、事件の概要だけだ。それだけしか我々は話すことが出来ない。分かっているな」


「はい。分かっています」


 二人のピリピリとした雰囲気に、私は思わず山田の顔を見た。

 彼も私と同じ気持ちだったようで、私の顔を見ていた。そして顔を合わせ苦笑いをする。

 そんな私達の様子に気付いたのか、女性刑事がハッとしたように咳払いをする。


「……失礼いたしました。それでは、事件について話させていただきますね」


 そうして不服そうな男性警部を横目に、女性刑事は事件についての話を始めた。

 私と山田は黙ってその話を聞く。その話をまとめると以下の通り。



・被害者は男性

・容疑者はその元恋人の女性

・殺害方法は刺殺。何度も刺されていて、遺体の損傷は激しい

・殺害現場は被害者の自宅

・発見時刻は23時。第一発見者は被害者の新しい恋人の女性

(「23時頃家来て」と21時に被害者から連絡があった、とのこと)

・死亡推定時刻は22時から23時の間

・容疑者は事件当日の21時から23時までの間、行きつけのバーで酒を飲んでいた(バーのマスターや他の常連客から証言あり)

・容疑者の職業はITエンジニア。




「なるほどねぇ……」


 山田は話を聞き終えると、顎に手を当て思考モードに入った。私もそれを真似て顎に手を当てて考える。

 いや、別にこのポーズをとったから何か思いつくわけではないが。


 とりあえず、私は気になったことを尋ねた。


「この死亡推定時刻って、検死の結果からですか?」


「はい、そうです。具体的には、検死の結果と第一発見者からの証言を合わせたものとなりますが」


 私の質問に女性刑事は丁寧に答えてくれる。その横で機嫌の悪そうにしているイケメン警部は見ないふりしておこう。

 私は質問を続けた。


「第一発見者からの証言って、21時に被害者から連絡があったってやつですか?」


「はい。21時に被害者のスマートフォンから第一発見者に連絡されているのが記録として残っていました。なので、少なくとも21時までは被害者が生きていたと考えられます」


「それは電話での連絡ですか?」


 私のさらなる突っ込んだ質問に、女性刑事は不思議そうな顔をして答えた。


「いいえ。最近流行りのメッセージアプリからの連絡でした」


「なるほど。ということは、21時に被害者のスマートフォンを使って容疑者がメッセージを送ることも可能という事ですね」


 私の発言に、イケメンな警部が首を横に振った。


「無理ですよ。現場には被害者のスマートフォンがあった。もし容疑者が被害者のスマートフォンを使ってメッセージを送っていたのなら、現場に被害者のスマートフォンがあるわけがない。だって、21時から発見時刻の23時までの間、容疑者は行きつけのバーにいたんですから」


 ……確かに、警部の言うとおりだ。では、本当に21時までは被害者は生きていたのだろうか。

 私が自分の推理の浅さに落ち込んでいると、今まで黙っていた山田が急に話しはじめた。


「第一発見者の証言を考えないで、検死結果だけで考えると死亡推定時刻はいつですか?」


「えっと……確か、20時から23時でした」


 山田からの質問に女性刑事は戸惑いながらも答える。

 彼はその答えに納得したように頷いた。


「やっぱり。遺体の損傷が激しいんだから、死亡推定時刻が一時間で絞れるわけがないと思ったよ。それだったら、恐らく被害者が殺されたのは20時から21時までの間だ」


 山田の断言するような言葉に私と警察から来た美男美女は驚いて彼の顔を見る。

 彼の顔は冗談を言っているようには思えない。


「でも、21時時点では被害者が生きていたんですよ?それは時間的におかしいのでは……」


 女性刑事の困惑の声に、山田は自信ありげな顔で話を始めた。


「いいや、21時時点ではもう被害者は殺されていた。第一発見者への連絡は、斎藤が言ったように、容疑者が行ったものだと思います」


「それは無理だとさっき説明しただろう」


 警部が怒ったように言う。しかし、山田はチッチッチッと舌を鳴らしながら人指し指を横に振った。


「それは被害者のスマートフォンからの連絡が無理って話でしょう?」


 私は山田の言葉にハッと気づいて、思わず声に出した。


「そうか、アカウントを乗っ取れば自分の端末からも連絡を取ることが出来る!」


「その通り。さすが僕の助手だ」


 山田が満足そうに私を見つめる。私は少しだけ照れて、彼から目をそらした。

 そして目の前の美男美女へと視線を移すと、二人とも目をとても大きく見開いている。その表情は「目から鱗」という言葉にぴったりだった。


「つまり、実際に被害者が殺されていたのは20時で、容疑者はそのあと21時にバーへ向かってバーから第一発見者にメッセージを送ったということか」


「そうそう。それだったら、アリバイもないでしょ?」


 警部の言葉に山田は得意げな顔を見せる。彼の言葉に、警部は頷くことしかできないようだった。

 その傍ら、女性刑事はやる気に満ち溢れた顔で立ち上がった。きっと、犯人のアリバイが崩せたことが心から嬉しいのだろう。


「警部!早速、被害者のアカウントが乗っ取られていなかったか、確認しに行きましょう!」


「あ、ああ。そうだな」


 警部は悔しそうな顔をしながらも、女性刑事に言われるがまま立ち上がった。そして、私達の方を向くと気まずそうに言う。


「その……あんたらの実力を疑って悪かったな。感謝するよ」


「いいえ。僕らは僕らの仕事をしたまでですから。あ、依頼料金は以前伝えた口座に振り込んでおいてくださいね」


 山田はそう良い笑顔で言う。

 そんな彼に目の前の二人は苦笑いをすると、頭を下げて事務所から出て行った。



 その背中を見送ると、山田は私の頭を軽くポンポンとする。

 これはもしかして、女の子が男の子にしてもらいたいことの上位に入る奴ではないだろうか。


「今回もいい仕事してくれたね。ありがと」


「別に、私はただ疑問に思ったことを質問しただけだから」


 私は可愛げもなく答える。内心ドキドキしていることなんてばれたくない。


「でも、斎藤の質問がなければ分からなかったよ。君はいつも僕にない視点で問題を見てくれる。そのことを僕は評価しているんだ。だからね、僕が君を雇っているのは顔だけじゃなくて……」


 私は慌てて「お茶入れるね」と山田の側から離れる。

 いけない、このまま彼の側にいたら恥ずかしくて顔から火が出てしまう。

 

 彼は仕事が終わるといつも私のことを褒めちぎる。私が褒められるのを苦手としているのを知っているのに、だ。

 いや、知っているからこそ、こうやってからかってくるのかもしれない。

 私は「お茶を入れる」と言っていつも彼の褒め攻撃から逃げるが、そんな私を見て彼が優しく笑っていることなど、知る由もなかった。



 え?結局その犯人は捕まったのかって?

 山田が立てた推理は本物で、無事容疑者を逮捕することが出来たってさ。


 めでたし、めでたし。

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