リム

 相葉様が亡くなってから何年経ってしまったのでしょうか。街並みは変わり、人も変わりました。

 誰あのおじさん。元から知らない気もしますが。


「久し振りの現世……やはり、眩しいですね。まさか、高畠様に姿を見られたことがペナルティとなり四十年もお仕事を貰えなくなるとは、予想外でしたし」


 私は今日、久方振りの死神としての仕事をします。魂を刈り取る相手は、私が自分で選ばせていただきました。

 懐かしいアパート。もう、すっかり古びてしまっています。彼女は老人ホームに入らなかったのですね。


「失礼、致します。居ますか? 居ますよね、高畠様」


 ベッドで横になるご老人は、かつて稔様と共に一年を過ごした高畠様。今は既に、六十歳となってます。


「……誰? 綺麗なお顔。若々しい、女の子に見えるけど」


「高畠様、覚えていらっしゃいませんか? リムです。死神の、リムです。貴女の魂を本日、刈り取らせていただくことになりました」


「リム……」


 高畠様は瞳をゆっくり閉じると、苦しそうに眉を曲げる。覚えていらっしゃらないご様子。

 それもその筈。高畠様は稔様の死後、全ての人生を陸上に捧げた。忙しい日々の中、恐らく稔様のことすら忘れてしまったものだと思われます。

 無論、私のことだって。


「昔、相葉稔様と共に高畠様と友人関係になりました。大学一年生の頃ですが、覚えていませんか?」


「大学時代のことは……思い出せないの」


「……この時計はいつ頃買ったか覚えていますか?」


「そんなもの、有ったの? 一体誰が置いてったのかしら……」


 忘れてる。違う、覚えられなくなってるんだ。多分出直しても、明日には私を忘れてる。

 人間にはこの様な病が襲いかかるんだ。私と違って歳をとって、百年も生きられずに死んでいくんだ。

 なのに何故私は、彼らと友達になってしまったのだろう。


「高畠様、お時間です。──天国で、稔様と再会出来るといいですね」


「稔様っていうのは、私の友達なの?」


「ええ、貴女が恋した男性です」


「覚えがないなぁ……」


 高畠様がゆっくりと目を閉じる。私は痛む心を抑え込んで、手を翳した。

 あの時と……稔様の時と同じ様に。


「高畠由依様、その魂、天にお返し致します。……おやすみなさい」


 高畠様の呼吸は途絶えた。これでまた、私の友人は一人この世を去った。

 私は地獄の住人。天国へは行けない。二人に会うことは叶わない。


 私はまた、一人ぼっちだ。



 了

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