恋した笑顔を見せてください
@buchi_fu
出会った
4月、春休みに来ていた場所は
親戚の家だった。
僕の住む埼玉から離れた青森県。
一年に一回だけ会いに行く関係だ。
3歳上のいとこが毎度の事ながら聞く。
「お前、今何年生だ?」
「もうすぐ中3だよ」
「じゃあ、まだ中2だな?」
「さあ、わかんない。修了式は終わったけど...でもまだ中3は始まってないね」
当たり障りのない会話になる。
僕は小学生の頃はいとこと楽しく遊ぶ仲だったのだが、中学生になった途端、
何だか気まずい関係になってしまった。
「ちょっと外行くね...」
青森の街を少し散歩する。
特に何かあるわけでもないが、
自分が普段いない所であるわけで、興味がわく。
とある橋の上でのことだった。
水の流れる音が下から、喫茶店で流れるゆったりとしたジャズのように聞こえていた。
親らしき人と隣で笑って話している
同い年ぐらいの女の子が前から来た。
そして、歩き、歩みがスローになった僕の横を通り過ぎる時、
ずっと顔を見ていた僕と目が合った。
その目は大きく、口角はかなり上がって
いて、よく磨かれた堆朱かと思うくらい綺麗であった。
いずれ、話し声は川の音にかき消されるまで遠くに行った。
静かなジャズがうるさく感じることもあるのだと知った。
埼玉に帰っても、あの笑顔が脳裏から離れなかった。
太陽を直視した時みたいに、いやそれより何倍もずっと、目から映る景色を離れなかった。
何日間もそれは続いて、学校の日になった。
僕は葬式の作法と似た雰囲気でいつもの準備をした。
どうしても、あの笑顔が忘れられなかった。
登校して、席に座る。
少し暇していると、先生が来た。
「はーいみなさん座ってー」
「今日、読書時間は無しです。その時間、転校生を紹介しようと思います。」
転校生が来たらしい。いつもドラマとかアニメとかでよく見る流れだった。
黒板に名前を書いて......って、あれ?
「山奈さん、では自己紹介を」
「...どうも!山奈奈美です。青森県から来ました!よろしくお願いします!」
元気そうな声が教室に響いた。
僕はと言うと、他の人よりもその人に注目していた。
(あの...あの時の...)
目の大きさ、髪型、声...。
何から何まで、そうだった。
「じゃあ、あそこの席に座ってくださいね」
僕の隣の席はなかったはずなのに、なぜか
机と椅子があったのはそういう事だった。
ガタッ、という音すら鳴らさず彼女は
座った。
まさか、隣だなんて...どんな奇跡だろう。
僕はまた彼女の顔を見た。彼女は前の先生の方を見ていた。
覚えていない...のか?
そして、授業が始まった。
数学の先生は面白い人で、僕をよく笑わせてくれる。
隣の彼女も、笑っていた。
しかし、僕は違和感を覚えていた。
いつか、給食の時間になった。
机を合わせる。僕は彼女と向かい合わせになる。
そこで、やっと班での本格的な交流となった。
彼女はかなり元気な子で、僕ともよく喋ってくれた。
僕が少しふざけたことを言うと、
これでもかと言うくらい大げさに笑った。
そして、彼女は言った。
「あの、ずっと思ってたんだけど、橋の上で...会ったよね?」
...!
「あ、うん。僕もずっと似てると思ってたんだ」
なんと、覚えていた。
運命、を感じた。
彼女は、とても綺麗で、それはそうだった。
だけど、やはり違った。
あの笑顔
あの瞬間の、あの笑顔
それは目の前に現れなかった。
何が違うのか、分からない。
むしろ、全く同じかもしれない。
だけど。
1ヶ月経って、休み時間中に一緒にジャンケンをしたり、
2ヶ月経って、授業中コソコソふざけあったりしても、それは現れなかった。
ずっと、瞼の裏に映るあの笑顔と、重なることがなかった。
心にずっと空いた穴が、彼女が奇跡的にこの学校に転校してきた時から埋まるどころか溢れると思っていた。
しかし、
その時が来ないまま夏休みに入った。
彼女は夏休み前に、
「22日、午後1時に第一公園に来て」
と言った。
僕は何となく察していた。
準備をして、向かった。
彼女は既にそこにいて、
僕と目が合うと笑いながらこちらに向かってきた。
「で、なんでここに?」
「えっと.....ね、」
あぁ、本来ならば僕が言わなければならなかった言葉ではないのか。
「あの、会った時から、会ったっていうのは、あの、青森の、橋の上でね、」
ここまでの奇跡、いや、運命は無いはずだ。
「あそこで会った時からずっと、」
僕は世界で1番の幸せ者になるはずだ。
「...」
「好きでした。ここでも会えて、運命を感じたの。...だから、もし良かったら、あの、付き合ってほしいな...って」
...。
僕はゆっくり口を開いた。
「ごめん。僕、僕も、山奈さんのこと好きだ。好き...なはずなんだけど...ね。」
「...?」
「何か、その.........」
「やっぱり好きじゃないんだ。本当にごめん。」
何で、こんなことを言ってしまったんだろう。
傷つくのに。いや、確かに好きなはずなのに。
「...なんで...?...絶対あの日あった時から、分かってたもん...!絶対、私の事好きだって!
好きなんじゃないの!?
意味わかんない!
付き合うくらい良いでしょ!ふざけないで!!」
彼女の声が、まるでゆったりとしたジャズのように、うるさかった。
彼女が泣きながら帰っていく姿を見ながら、僕は変なやるせなさを覚えた。
恋をしていた。これからの人生、もう無いんじゃないか、というぐらいの。
だけど、もう、一生叶わない。
あれは、青山のあの橋の上が見せた虚像だったのかもしれない。
特別な場所が起こした、妄想。
あれは、一目惚れだった。
恋をしたのは、あの「一目」だけだった。
帰り道、僕は普段なら行かない喫茶店に寄った。
端っこの席に座って、しばらくの間外を見ていた。
何気ない景色を見ていた。
...急に涙が出てきた。
涙は止まらなかった。
何度拭っても、止まらなかった。
静かなジャズがいつまでも、いつまでも流れていた。
恋した笑顔を見せてください @buchi_fu
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