金食い虫

 ガラケー時代に遊んでいたアプリがスマホでリメイクされた。乙女ゲームと呼ばれる恋愛シミュレーションで、好感度を上げるのに課金アイテムとして薔薇の花が用意されている。ガラケー時代は中学生だったので課金ができず、ログインボーナスやイベントクリア報酬でしかもらえなかったが、社会人になった今では多少の課金は可能である。


 懐かしいキャラクターたちに薔薇の花を渡しながら、スマホアプリならではのシステムも楽しむ。アイテムもストーリーも、ガラケーの頃より増えていた。

 そして、隠しキャラも登場した。公式サイトにも攻略サイトにも載っていないので、おかしいなとは思ったが、たまたま特殊な出現条件を満たしてしまったのだろうか。


 色の白い男だった。よく言えばアクがなく、悪く言えば無個性だった。他の

 キャラクターとの違いはそれだけではない。

 自分から薔薇の花を要求してくるのだ。

 初めは遠慮がちに、気分が優れないから明るくなるようなものが欲しい、と言われた。てっきり無課金アイテムのことだと思って、無料ショップで購入した花束を渡したのだが、彼は目を伏せてこう言った。

「薔薇の花が欲しいな」

 他のキャラの攻略は概ね済んでいたので、私は残っていた薔薇の花を彼に使った。するとどうだろう。日に日に、彼の血色は良くなっていく。こんなやり込み要素があったのか。イラストレーターは差分を用意するのが大変だっただろう。


 多くの恋愛シミュレーションアプリがそうであるように、このゲームもまた、ログインが数日空くと通知が来る。以前はいろんなキャラがログインを促していたのに、彼を見つけてからは、なぜか彼からしか通知が来ない。


「薔薇を持って会いに来てください」


「僕の薔薇はまだですか?」


「早く次の薔薇を」


 課金を促すようにも見える通知だが、いいのだろうか。首を傾げながらもログインして、私は息を飲んだ。


「薔薇ですよ薔薇! 早く僕に薔薇をください!」


 明らかに常軌を逸している。おまけに、彼はやつれていた。目は落ち窪み、ギラギラと剣呑な光を湛えている。

 私は怖くなって、アプリを削除した。


 おまけ要素にしては少々おふざけが過ぎているのではないだろうか。お問い合わせに経緯を送った。メーアドレス必須だったので、フリーメールを書いておいたのだが、忘れた頃に返事が来た。


「当アプリケーションにそのようなキャラクターはご用意がございません」


 とはいえ、薔薇を使った課金システムは間違い無いので、通知の設定などについては調査してくれるとのことだった。


 それから少ししたある日、ゲーム会社の社員の変死事件がネットニュースで報じられた。失血死だったらしいことは報道から読み取れたが、私はその会社名を見て息が止まりそうになった。

 あの、薔薇を渡す乙女ゲームの会社だったのだ。


『──さんはカスタマーサポート担当で──』


 そこまで読んだその時、閲覧していたスマホに通知が来た。


「薔薇の花はまだですか? もう待ちくたびれました」

(ケータイ、ゲーム、薔薇)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怖いお話2 目箒 @mebouki0907

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ