足を落とすメール

 学校内でそのメールを受け取ったら、一時間以内に帰宅しなくてはならない。


 そうしなければ、足を取られてしまう。


 そんな噂が、高校で私が受け持つクラスで流れ始めたのは、新学期が始まってすぐのことだった。学校の最寄り駅で人身事故があった、翌週くらいからだったと思う。テケテケの変形だと思って、教師は誰も本気にしていなかった。だが多感な年頃の生徒は別だ。信じやすい子は本当に信じてしまうし、懐疑的な子だって集団心理に呑まれてしまう。

 大人は信じてくれない、が子どもを追い詰めるので、私たちはひとまずメールが来たら報告するように指示した。この学校ではスマホは禁止していない。


 そもそも、噂の出所は他校の生徒だったらしく、実際に我が校でメールを受け取った子はいなかったらしい。それでも彼女たちは、スマホが鳴る度にびくりと肩を震わせ、教師の目を盗んで──実際に教壇からは見えてしまうのだけど──何の通知か確認している。そしてそれが件のメールでないことを確認して安心しているのだ。


 だが、ある日、ついにそのメールが一人の生徒の元に届いた。それが信じやすい子だったものだから、彼女は教師に何も言わず早退してしまった。具合が悪いから帰ると友達に伝言して帰ったのだが、もしかしてと思って翌日尋ねたところ、やはり件のメールだった。

「ごめんなさい。どうしても、怖くて……」

「そう言えば、どんなメールなの? 足を取られるメールと言うことしか先生たち知らなくて」

「これです」

 そう言って彼女が見せてくれたのは、画像が添付されたメールだ。スマホでやりとりできるメールには、画像は「添付ファイル」と言うよりも「メールの一部」として機能し、メールを開くと画像も一緒に開かれる。


 黒い背景に、この学校の制服を着た少女の人形が真ん中に現れ……何だろうと思って見ていると、突然背景が真っ赤になって、スカートの中から足がもげて落ちた。私は思わず身を引いてしまう。これは恐ろしい。

 彼女の協力を得て、送ってきたアドレスを全校に配り着信拒否にするよう通達した。それで、この学校のメール騒ぎは収束した。はずだった。


「やだなぁ。何か変なメールが来てるよ」

 私の二つ隣の、定年間際の教師がそんなことを言ったのは、着信拒否の通達から二週間後だった。

「先生、それ一時間で帰らないとまずいんすよ」

 と、斜め前の同僚が言う。

「馬鹿言え。一時間で仕事終わるわけねぇだろ」

 結局、この学校では何も起きなかった。だから、誰もそれが「本物」だと思っていなかった。

 翌日、その教師が、足をもがれた死体で発見されたと警察が学校に来るまでは。

(メール、足、学校)

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