エピローグ
初めて俺が泣いた日
手紙には溢れんばかりの感謝と愛情、それと申し訳なさが詰め込まれていた。
几帳面な字でびっしりと。
まるで俺の様子を慈しんでいたようでいて、同時に付き合わせてしまったことを申し訳なく思っていたような──。
美紗らしい。俺はそう思った。真面目で、問題を自分で抱え込む癖があって、遊んでみたいのにそれを上手くできなかったりして。そんな部分が詰め込まれたような手紙だった。そんな1年だった。
手紙を読んだとき、俺は思わず泣いてしまった。美紗が俺のために書いた文章だった。躊躇いも、迷いもなく俺に宛てて書かれていた。
俺はこの手紙を美紗がどういう意図で書いたのかは結局分からない。俺たちに前を向かせるためか、それとも美紗自身のためか。
美紗に思いを寄せていると、電車のドアが開く音が聞こえた。窓から駅のホームの看板を見ると、目的地だったので慌てて電車から降りる。
俺は今日、夏休みを利用して海に来ていた。それはもちろん花の高校生活をエンジョイするため──ではない。美紗の墓参りのためだった。
彼女の墓は隣県の海の近くにあった。
夏美も誘おうかとも思ったのだが、1人で会いに行きたい気分だったので止めにした。次は誘ってみようと思う。
夏の日差しは、日焼け止めを塗り忘れた肌を容赦なく照りつけた。夏休みを存分に活かした部活の特訓のせいで既に肌が小麦色なのでやめてほしい。
美紗の墓──正しくは柊家の墓──は綺麗な状態で保たれていた。親御さんたちが定期的に来ているのだろう。
美紗は母親と思うようには行かなかった。でもお互いに思い合ってはいたのだと思う。だからと言って、母親の行為を肯定するつもりはないが。彼女が生前から受け続けいてる愛はここに表れている。
もう掃除の必要はないが、俺はネットで調べてきた手順に従って美紗の墓を洗った。
これが美紗の家なのか、それとも駅みたいなものなのかはよく分からないが大事に扱えば美紗に何か届く気がした。
俺は持ってきた線香に火を灯し、駅の近くのデパートで買ったプリンを置いた。
──なあ、美紗。今日は話したいことがたくさんあるんだよ。
「美紗、くれた本面白かったよ。主人公たちだけじゃなくて先輩たちの気持ちまで伝わってきて──」
まずはくれた本のこと。
次は挟まっていた手紙のこと。
「驚いたよ。だって中から手紙が出てきたんだから」
そしてそれを全部届けたこと。
小林先輩に会ったこと。
スケッチブックを美紗に無断で読んでしまったこと。
少し嫉妬してしまっていたこと。
美紗からの手紙を読んだこと。それがとてつもなく嬉しかったこと。
それから、文化祭を頑張ってみたこと。
そしたら新しい友達ができたこと。
その子と出かけたとき、美紗がくれた本の作者と同じ人が書いた本があって、それをつい買ってしまったこと。
部活の大会でシュートが決まったときのこと。
俺の誕生日が、来てしまったこと。
「美紗、まだ話したりないんだよ」
湿っている、情けのない声で美紗の墓に話しかける。
「美紗とまた時間を共有してるみたいで、楽しかったんだ。嬉しかったんだ。
でも、そんなのそう感じてるだけで本当は違う。
俺が話すことはいっぱいあるのに美紗は何も話せない。俺が年を食ったのに、美紗は変わらない」
まるで、そこに彼女がいるかのように話し続ける。
「でもきっと、その悲しみは時間が解決してくれる──美紗が俺宛の手紙にそう書いたよな?
知ってるよ。いつかは俺だって前を向いて歩いていくんだ。美紗は完全に思い出の中だけの存在で、俺は勝手に幸せになるんだ。そしてそれを、美紗もそう願ってたんだって思って泣くんだよ。
俺はそれが嫌なんだ。
足りないんだよ、まだまだ。もっと一緒にいたかった。もっと話をしたかった」
──まるで諦めてるみたいじゃないか。
俺は以前、遊びに誘ってこなかった美紗にそう思った。でもそれは違ったんだ。会ってしまえば、今の俺みたいに泣いてしまう。そしたらもう、あとには戻れない。剥き出しになった自分の感情と向き合っていかなくてはならないから。
「でもね。俺は美紗がくれた手紙をそれだけで終わらせたくない。悲しいことだったとか、嬉しかったとか、それだけで終わらせたくないんだ。
手紙を追っかけて、美紗に追い付こうとして俺はいろんな人に出会った。いろんなことを始めた。
俺はそれを、美紗がくれた縁だと思いたい。そしてそれを大切にしたい。
それでもし、そっちで美紗に会うときが来たら。俺は何があったか全部お前に話すから。嬉しいことも悲しいことも、全部。
だから」
──待っててくれよ。今度は置いていかずに。
様にならないほど涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、俺は精一杯笑った。
拝啓 私を幸せにしてくれた人へ 叶本 翔 @Hemurokku
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