advent.11

 滞在していた街を出てからカズト一行いっこうは景色の変わらない枯れた大地をひたすらに歩いていた。どこを見渡しても真っ平らな地平線と空、それに乾いた土色の大地が広がるばかりでそろそろ四人とも飽きてきた頃だ。

 飽きたどころの話でなく、五日も歩けば仲間内での会話もなくなり正直なところうんざりしているのが現状だった。せめてモンスターの一匹でも現れてくれたら、とせつに願った時だった。

「ねえ、見てカズト! あっちで誰か戦ってるみたいよー!」

 ミナが明るい声でカズトの服の袖を引っ張る。

 楽しそうなおもちゃを見つけた子どものようにはしゃぐ彼女が指差す先には、確かに冒険者らしき三人組が魔物に囲まれている様子だった。

「あっそ」

 歩みを止められて不服そうなカズトはそっぽを向いて別の道を探そうとする。が、

「まてまてまて……」

「ぐえ」

 見て見ぬフリをする彼をひとまず力ずくでレンカが引き止める。

「あいつらは……」

「……だれー?」

 ミナはほほに指を添えて首を傾げている。

「そういやミナはまだ会ったことなかったような。あいつらは……えっと、」

 ミナが見つけたその冒険者たちはどこかで見たことがあるのだが、説明をするときになってレンカは思い出せないことに気がついた。

「レンカちゃん、覚えてないの?」

「ここまでは出てるんだけどな」

 そう言ってレンカは自分の手を水平にして鼻の上で止めた。

「レンカちゃん、それのどから出てるよね!?」

 じゃあ、とミナは半笑いでリオに人差し指を向ける。

「うるさい。キミは覚えてるの?」

「……覚えている、わけないだろ?!」

「クズリオも使えないわね!」

 指差されたリオはむっとしたが、少し考えた彼の返答は早かった。あざ笑うミナの顔はさぞ憎らしいものだろう。

「覚えてないならいっそ見なかったことに、」

「あー、もう! 名前とかこのさいどうでもいいだろ!? 四の五の言ってねーで助けるぞ!」

 頃合いだとカズトが言葉をつくよりも先にレンカは駆け出していた。

「…………」

 わかりやすく眉をひそめた今の彼の表情は激しい気持ちの冷え込みだろうか。お人好ひとよしめ、という心の声が聞こえてきそうなものだ。

「ボクも行くよ!」

「どうせヒマだし、面白そうじゃん?」

 気持ちのえているカズトを傍目に、リオとミナもレンカの後に続き援護へ向かった。

 一人残されたカズトは小さく舌打ちすると、わざとらしくあくびをしながらゆっくり歩き出した。


***


 凶暴なモンスターたちに囲まれてしまっているのは三人の冒険者だ。影のように真っ黒なそれらはモンスターではなく、魔法によってこのエリアに生息しているモンスターに似せて形作られた魔法生物だった。

「敵の数は……およそ十一体と推測できます」

 機械のように抑揚よくようのない単調な声が他の二人に現状を伝えていた。パソコンらしき機材を片手に持ち敵を分析をするその青年は冷静で心の乏しい言葉とは裏腹に、目元にかかるメガネを強く押しつけている。

 戦いの場には似つかわしくない彼を守る形で鎧の女性と剣士の少年が前に立っていた。それぞれの得物を手に、威圧してくる魔法生物たちをにらんでいる。

「まったく。倒しても、倒してもキリがありませんね! セイム様どう致しますか? このままじゃ、どうにもなりませんよ」

 あきれたような、困ったような声をあげたのは鎧を身に着けた女性であるサキネだ。

「サキネ、安心して! サキネのことは絶対俺が守るから!」

「……この状況でよく言えますわね。笑えません」

 サキネは自らの主君であるセイムへ尋ねた。セイムは持ち前の明るさで彼女に励ましの言葉を返したが、彼女はこれを一蹴した。ニコニコと、されど笑みを感じられない表情でセイムをにらむ。

「あ、ついでにその守る範囲ってやつに僕も入れてくれるとうれしいです」

 のんびりと会話にまざってきたのはメガネの青年だ。

「もちろんだよシオン! シオンはもうおれたちの仲間だもんね!」

「よかったです」

 シオンと呼ばれた青年は満足そうにうなずいた。その戦闘中とは思えないほどゆるい二人のやりとりにサキネは深いため息をつく。

「そもそもセイム様が」

 二の次を口にする前に一体の魔法生物が飛びかかってきた。グレイハウンドというモンスターを模したであろうオオカミ型の魔法生物だ。すぐに手に持つハンマーを前に出し防御の体勢を取るが、その脇からもう一体の魔法生物がみついてくる。

 力任せにハンマーを振るって一体をなぎ倒し、すぐさま次に攻撃してきたオオカミの鼻を踏みつけて難をのがれた。まったくキリがないものだ。

「ひとまず、お小言も会話も今は後回しにしましょうか」

「そうですね。この場を乗り越えたらいくらでも教えを説いて差し上げます」

「そうだね! ……えっ、説教はヤダよ!?」

 そして二体の攻撃を皮切りに魔法生物たちは再び猛攻を開始した。

 攻撃をかわしては倒しを繰り返しているが数の暴力とは言ったものだ。魔法生物の数が彼らの実力を上回っている今の状況は、誰が見ても絶体絶命だろう。このままでは彼らの体力が尽きるのが関の山か。


「左、来ます」

「っ!」

 シオンの掛け声にセイムはすぐさま剣を前に出し防御する。が、そのスキに後ろから来た一匹をシオンのもとへ接近を許してしまった。

「シオン!?」

 彼はすぐに手持ちのパソコンでその牙を防ぐも、やや押され気味だ。パソコンが壊れないのがいささか疑問だが、シオンが言うには特注品なので壊れる心配はないらしい。

 しかし魔法生物の体当たりでよろりと数歩下がってしまい、サキネやセイムからわずかに距離が離れてしまった。やば、と思い至った頃シオンの近くには数体の魔法生物が群がっていた。背筋に冷たい汗が流れる感覚は不快だ。

 シオンは今の危機的状況が過ぎたら早急に治癒魔法のオーブを買おうと強く心に誓った。


 そのとき、まばゆいばかりの白い光が辺りに閃光した。


***


 目を覆うほどのまぶしい光と共に連なって現れた魔法の弾は、群がる魔法生物たちに向かっていき彼らを攻撃する。

 ぎゃっ、という声とともに辺りには魔法生物たちが横たわり、やがて消えてしまった。

「……これは、光魔法?」

「大丈夫か!?」

 自身のピンチが過ぎたことを確かめるシオンの傍にひとりの女性が駆け寄った。声の主からしてサキネではない第三者だ。

 女性は頭に高く結った髪を揺らしてシオンの方を見る。いち早く駆けつけたレンカだ。

「あなたは?」

 シオンがレンカに尋ねると答えの代わりに連なった銃声がひびいた。再び飛びかかろうとした一体の体が地面に転がる。

「どうやらまだ無事のようだね!」

「……ちょっと、ミナが倒すつもりだったんだけど?」

 後ろの方から高らかな男の声と女の子の言い合っているようなやりとりが聞こえた。耳を疑うほど緊張感の欠片もない会話が気になってそちらへ目を向けると、二丁の銃を構える金髪の男と、シルクハットをかぶった奇抜な出で立ちの少女がいた。おそらく声の主はこの二人で間違いないだろう。

 少女の周りに魔法を放ったあとの残滓ざんしがきらめいているのがわかり、敵を一掃した光の魔法は彼女のモノだと合点した。


 数匹の魔法生物を倒したセイムとサキネもシオンの元へと駆け寄ってくる。

「シオン、大丈夫か!?」

「ええ。なんとか」

「旅の方、助けていただきありがとうございます」

 サキネは近くにいるレンカの顔を見て小首を傾げる。

「どこかでお会いしたことありますわね?」

「……あー、たぶん?」

 話を振られたレンカはなんとも歯切れの悪い返事だ。

「それより、どうしてこんなことに?」

 レンカの助け舟を出すようにリオは彼らに尋ねた。

「それは」

罠魔法トラップだな」

 苦い顔をしたサキネが答えようとしたとき、のこのこと合流したカズトが言葉を引き取って口を挟んだ。この男は隠そうともしない大口を開けてつまらなそうにあくびをしている。

「あー! お前、勇者! 勇者ガスト!?」

 そんなカズトの姿を見たセイムは指を差し、おどろくほど大きな声をあげていた。彼の近くにいたミナが大げさに耳をふさいだが、文句を口にする前にどこからか飛んできた剣(の)がセイムの顔面をひったたいて消えた。ギャッ、と悲鳴をあげてその場にくずれ落ちる。

「モンスターの鳴き声かと思って手が滑った」

 剣の主(カズト)は新たな安剣を手に持って、あっけらかんと口にした。


「トラップ?」

 視界からフェードアウトしていったセイムに同情を向けつつレンカは尋ねた。

「罠が仕組まれた魔法陣のことね。うっかり踏むと魔法陣に仕組まれた魔法が発動しちゃうの。整備されていない街の外ならけっこうあるよねー」

 誰がどういう意図でいたかわからないけど、とミナは付け加える。

「魔法生物が現れるトラップ罠魔法トラップ、そこそこレベル高いよ?」

「なるほど。つまり、そのうっかりさんがここにいるんだな?」

 リオがあきれたように肩をすくめた。サキネは静かに視線を倒れるセイムに移し、腕を引っ張りあげる。

「セイム様。眠いからととこにつくのはまだ早いですよ」

 うう、と泣き言をこぼしつつ立たされるセイム。眠くて横になっているわけではないだろう。そっと心の中でシオンはツッコミを入れておいた。


 彼らが言葉を交わして安心したのも束の間、魔法生物たちが再び現れてカズト一行とセイムたちを取り囲む。

「うーん、罠魔法トラップの効果が長いわね!」

「キリがないな。さっさと倒しちゃおうぜ」

 レンカのひと声に冒険者たちはそれぞれ武器を構え直した。


***


 そしてサキネのハンマーが振りおろされた最後の一体は、ぎう、という断末魔の後に倒れチリとなり消えていった。

「……どうやら魔法生物は全て倒されたようです」

 シオンが手持ちのパソコンに映し出された数字を見つめると、ゆっくり小さく息を吐いてそう告げた。


 戦闘終了の報せを聞いたセイムは剣を握ったまま、へなへなとその場にへたり込んだ。

「はあ、助かったあ……!」

「ダッサ。情けないわね!」

「仕方ないだろ! こんなにたくさんのモンスターと戦ったことないんだから!」

 よほど気を張っていたのだろう。腰が抜けて座り込んだままの彼を見てミナは茶々を入れずにはいられなかったようだ。

 セイムとミナが小さな言い合いをする横でパタリと手持ちのパソコンを閉じ、シオンもその場にしゃがみこむ。

「……骨が折れましたね」

「えっ、骨!? シオン、大丈夫か?」

 思わずセイムは立ち上がり彼の元へ駆け寄る。しゃがみこんだシオンのケガの具合を気にしていると、まだ動けるじゃんという薄ら笑いとともに大げさなため息が背中から聞こえた。

「ただの慣用句でしょ? 本当におバカさんなのねぇ」

「うるさい! ……うう、サキネー!」

 あざけり笑うミナの態度に耐えかねたセイムは自分の従者に助けをうたが、彼女はこれを無視した。


 得物であるハンマーを下げるとサキネもその場に腰を下ろす。

「あたくしも流石に疲れました」

「あれだけの数を相手にすれば疲れもするだろうさ」

「そのわりにはあなた方はまるで疲れていないようですね……」

「まあ、そうだね。慣れてるからかな?」

 辺りを少し見渡してからリオも銃をホルスターにしまって微笑む。ひとまず荒野の脅威は去ったようだ。


 気がつけば太陽が傾き始める昼下がりになっていた。枯れた大地には容赦なく陽の光が照りつけているが風はずいぶんと穏やかだ。

「はあー! 動いたらおなかすいちゃった!」

「ちょうどいいしここで飯でもするか」

 レンカが提案し、みんなもそれに同意する。よし、と彼女はひとつ伸びをして調理の仕度を始める。久々に人数が多いので料理にも気合が入るようだ。


***


 それからサキネやリオにも手伝ってもらって、少しだけ豪勢ごうせいな昼飯を食べ終えた頃には彼らはすっかり打ち解けていた。時間をかけて作られたサンドイッチは大変美味しかったそうだ。

 食べ終えた後でサキネは通りすがりのヒーローたちへ向き直りお礼を述べる。

「セイム様を助けていただき本当にありがとうございます。まさかあなたたちが助けに来てくれるとは思いもしませんでした」

「あっ、えっと! おれからも……ありがとう!」

 丁寧なサキネにつられてセイムもたどたどしく礼を伝える。続けてシオンも小さくありがとうと口にする。

「……ん」

「いいんだ。困ったときはお互い様だろ?」

「レンカちゃんの言うとおりだね。なんとか助かってよかったよ!」

「まあ、ミナの気まぐれかなー?」

 サキネらのお礼の言葉を受け取ってカズトたちはそれぞれ二言三言ほど勝利の感想を伝えた。

 結局、戦闘には参加せず見ていただけのカズトは返事の代わりに、残りのサンドイッチをすべて平らげた。


「今日は散々な日だったなぁ」

 食事の片付けを終えてセイムがひとりごちる。近くの岩に腰掛けた、そのときだ。

「「…………あ」」

「え……?」

 その場にいた数人の声がそろうのは同時だった。

 すぐに岩を中心にして巨大な魔法陣が広がっていくではないか。オレンジに輝く光の陣が、黒く変色していく目に毒な演出は、罠魔法トラップが正常に発動したことを表していた。それはつまり。

「え? えっ?」

 うろたえるセイムをよそに何人かのため息が聞こえる。

「おい、まじか?」

「……罠魔法トラップですわね」

「この演出、ボクは初めて見たけど……。わかりやすく敵が現れ出したね」

「魔法生物の数は上昇中です」

 気づいた時には先ほど倒した魔法生物が次々と周りに現れ始めているのが見えた。

「ウソでしょ? 本当におバカさんなのね!」

「う、うるさい。バカっていうな!……ごめんなさい」

 さすがに彼の謝罪は早かった。セイムに罵倒ばとうを浴びせながら、ミナは集まってきた魔法生物たちに光の魔法を食らわせてひるませる。

「……囲まれる前に突っ切るか」

 テンションの低いカズトの号令を皮切かわきりに、彼らは魔法生物たちの合間を縫って駆け出した。


 シオンは次の町に着いたら、治癒魔法に加えて罠魔法トラップ感知のアイテムも絶対に買うことを心に決めたそうだ。


 To the next adventure...

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勇者カズトの冒険 色杷(いろは) @I_loha-Marblecolor

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