advent.10
「よお、カズト。ヒマなら手合わせしてくんない?」
「悪いがヒマじゃないな」
「ハンモックに揺られて横になってる時点で説得力ねぇな」
「オレは今風になっ――」
「あっちに良さげな場所があったんだ」
「クソ怪力女め、引きずんな」
そして、町の外れのなにもない空き地にてカズトとレンカは、いつもより真剣な顔をして向かいあっていた。とはいえ、カズトは眉を寄せてうんざりといった表情に近く、やる気に満ちあふれているのはレンカのほうだ。
「……今夜はおまえの金で飯を食わせろ」
「はいはい。なんでも作ってやるよ」
しぶしぶ身につけるマントを外し、身軽になった彼もそれなりにやる気はあるようだが、やはり表情の変化は見られない。
そんな二人の様子を見ていたミナはその場に座りこんで、あくびをひとつしてから続ける。
「レンカもよくやるわねー。さすがの暑苦しさといったところかしら?」
「そこがレンカちゃんのいいところだろ。おまえみたいなクソガキとちがって努力家なんだ」
「ふーん。……じゃあミナはカズトに銀貨三枚」
「は? なにしてんだクソガキ」
「ひまつぶしー。クズリオはどっちに賭ける?」
「おまえ……、……レンカちゃんに銀貨五枚」
「ふふ、たのしみねー!」
***
話の中心であるニ人は仲間の賭け事など知らないまま、レンカはひとつ提案をする。
「カズト、剣使え」
「いいのか?」
「ああ。たまには剣を持っている相手と戦っときたいんだ」
「ふうん、かまわない。ただ、手加減はしない」
「わかってるさ。鍛錬だからって手を抜くようなやつとは手合わせなんざこっちから願い下げだ。……あ、魔法は使うなよ?」
「ああ」
そう言うとカズトは勇者の名に似つかわしくない安上がりな鉄の剣をにぎり、刃の先を正面に立つレンカへ向けてかまえた。
「お先にどーぞ」
「わかった。んじゃ遠慮なくっ!」
口火を切ると、力強く地面を踏み込む。瞬時に間合いをつめてくるそのすばやさは、武器を持たず己の肉体の動きと力のみで戦う『
反撃するには間にあわないと判断したカズトはすぐさま剣を前にかまえる。が。
「はあっ!」
気合いの入ったかけ声とともにレンカは彼の剣ごとケリ上げた。いきおい余って後ろへ押されるが、あまりの力強さに盾とした剣にヒビが入っていないかが心配だ。
「よそ見すんなよ!」
などと思っていたところに彼女の迫真のケリがさらにとんできた。思考を読まれたからと油断はしないカズトの反応は早く、剣を持っていないほうの腕でもう一撃を受け止め、刃を振るう。
「……」
「っ!」
しかし彼の刃はレンカの眼前で空を切った。己の直感に委ねたのはどうやら正しかったようだ。身をのけぞらせたその姿勢からいきおいをつけてうしろへ跳ぶ。
「っこの……」
わずかにカズトと距離をとったつもりだが、彼はすでにレンカの懐へともぐりこんでいた。
「!」
彼女に息をのむ余裕すら与えない彼が、右、左、と連続で剣を振るう。両手で安い剣に重みを乗せて振りおろされる彼の一撃一撃は、当たればまちがいなく軽傷ではすまない。
「(それなりに本気、ってわけか)」
彼は先の言葉どおり手を抜いているつもりはなさそうだ。レンカも気を抜くことなく、空を切る刃風とカンをたよりに彼の攻撃をよけていた。
だが――
「ぬるいな」
――彼のするどい針のような挑発に気がそれた。
剣先が目の前を抜けたとき、剣に続いて流れるようにとんできた彼の足がレンカのわき腹をとらえた。そして力のままに横へとばされる。
「あっ!?」
すき間を縫った挑発の言葉に惑わされ、彼の剣を握る手が片手に切り替わっていたことに気づけなかった。
カズトが見据える中、レンカはそれほど遠くない位置で衝突音とともに土煙へ消えた。
「ってえ……」
よろよろと立ち上がるレンカはかるく頭をふり、土を払う。彼女の背中にはくずれた土壁がある。どうやら遠くにとばされすぎないよう魔法で壁を出し、足止めの代わりとしたらしい。
「(むちゃくちゃだな)」
普通の魔法使いであればこのような雑な使い方はしない。自らを壁に激突させて軽いケガで済むのは、彼女が十分すぎるほど丈夫だからに限る。その上レンカはカズトのケリがわき腹へ突き刺さる前に、腕をすべりこませて胴体へのダメージを減らしていたようだ。
「さすがに脳を通さない指令が速いな」
小さく毒づいて、舌を出した。
***
「なんだあの流れるような剣技は!?」
「さすが容赦の無いカズト! でも剣ばかりに気を取られすぎて、不意打ちのケリに気付かなかったみたいね」
「それにしても女性一人飛ばす脚力とか、どこから出ているんだ……」
すっかり実況と解説気取りのリオとミナは目の前の戦いにくぎ付けだ。こちらもこちらで熱中している、というか他にすることもなく暇なのだろう。
「レンカちゃんが魔法を使うのはありなのか?」
「いいんじゃない? 相手があのカズトなんだし」
たしかに。と納得するリオ。最初の時点でカズトは魔法を使わないことを決めていたがレンカは魔法を使わないとは決まっていなかった。
「攻撃に魔法を使っているわけじゃないし、いいんじゃーん?」
「まあな。あれは土属性の魔法か?」
「使えないくせによくわかりましたぁ。そうね、あれは土属性の初歩的な『壁を作る魔法』よ」
ひと言余計なんだよ、というリオの言葉は無視してギャラリーは再び白熱の戦いに目を戻す。
約束通りカズトは魔法を使っていないとはいえ、やはりレンカは押されているようだった。
それでもカズトに飛ばされて岩に激突したレンカが何事もなかったように彼の元へ突っ込んでいく姿にリオは舌を巻いた。
***
それから、稽古と呼ぶには激しすぎるこの戦いはさらに熱を増して二時間以上も続いた。すっかり日も傾きオレンジ色の夕暮れが辺りを染める頃、向かい合う二人の影を長く伸ばしていた。
「はあ、もうやめだ。アタシの負けでいいよ」
肩で息をするレンカがそう吐き捨てると、その場に座りこんでからたおれた。おでこに大粒の汗を浮かべて口で大きく呼吸をする彼女はさすがに体力が底をついて、ひどくつかれた様子だった。ところでいつの間に稽古の中に勝ち負けが存在していたのだろうか。
一方のカズトはというと変わらず澄ました顔で剣を構えて立っていた。立ちながらも大きく胸を動かしているところを見ると彼もそれなりに体力を消耗しつかれているのだろう。
「……十五本」
恨めしそうにつぶやいたその数字は目の前で倒れこむ彼女に折られた剣の本数だそうだ。いくら安く買いつけているもろい剣だったとしても、ここまで折られてしまうことは今までにないことだ。
カズトは舌打ちをしたあとその場に座りこんだ。
「二人ともおつかれー!」
戦いを終えた二人の元にミナとリオもかけよってきた。すかさずカズトのほっぺに冷たい飲み物をおしつける。先ほど町で買ってきた炭酸水だという。
「レンカちゃんもおつかれ。いい戦いだったよ」
リオもレンカのそばに炭酸水を置いた。このあとうまい飯でも食おうと投げかける彼の言葉にカズトが続ける。
「忘れるなよ? 今日はおまえのおごりだ」
「わかってるよ。……少し休んでからな」
そうして休憩をはさんだあと一行は町に戻ることにした。町に戻った頃には太陽は沈みかけ空はすっかり夜の色に変わっていた。
「ミナの勝ちね!」
「くそ……」
宿に戻ったあとミナがリオにお金を渡す姿をレンカは不思議そうに見ていた。
To the next adventure...
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