advent.09 3
ただひたすらに続く暗闇の中は濃い魔力に満ちていて息がつまるほど重苦しい。その中をミナの周りで光を放つ魔法の球だけが岩だらけの荒れた空間を照らして道の輪郭を作っていた。縁取っていく光源はミナの手元で輝き、その後ろから続くリオとレンカの顔も照らしている。
「さすがに暗いな」
「高難度エリアのほとんどは人の手が入っていない手付かずの自然だからね」
リオの言葉を裏付けるように洞窟内に人工的な間接照明の類は見当たらない。
断続的な地震の影響もあってか、あちこちに大岩が転がっていたり土砂で道が崩れていたりと複雑な内部がさらに複雑になっているのがひと目でわかる。
この洞窟にたどり着くまでのあぜ道も人が通ることができるような道にはなっておらずひどい獣道であったが、洞窟内はさらにひどいものだった。
レンカは一人で先に行こうとしたが、光源もないまま暗闇の中をつき進むのはさすがに身の危険を感じたようだ。
だいぶ奥まで進むと急に視界が開けて青く広い空間に出た。解けない氷で夜空を閉じ込めたような深い青色の結晶が見渡すかぎりをうめつくす。
まさに息をのむ光景だ。三人も思わず感嘆の声をこぼす。
「これは魔石ね。こんなに透き通ったモノは初めて見たかも!」
灯りを消して、うわずった声のまま右に左に首を動かすミナは口元で両の指を合わせて目を輝かせている。
青い結晶そのものがわずかながらに光を発しているようで、ほの暗くも近くの人の顔がわかる程度に明るさが保たれていた。とてもうれしそうな表情だ。
「そういやミナは宝石とか好きだったっけ」
「そりゃあね!」
「それにしたって良質な魔石がこんなにたくさんあるのは圧巻だね。ってなにしてんだクソガキ?」
感動するリオの横でミナはいそいそと魔石結晶を削っていた。透明な欠片を手に入れては自分のポーチへと突っ込んでいる。
「目の前に希少なモノがあるのに手ぶらで帰ろうっていうの? こんな辺境の地まできたのに? キミってあったまかたーい!」
「おまえはいちいちくどい言い方をしないと気が済まないのか!? もちろん持ち帰れるだけもらっていくに決まってる」
彼女の行動を手グセが悪いと否定することもなく、リオも手近の結晶を削り始める。
そんな2人の様子をレンカは呆れて見ていた。
「手グセ悪いな。まずカズトの安否じゃねーの……?」
「あいつならきっと平気……。……ん?」
透明な魔石の向こうに人影を見つけたリオはそちらを指差す。指差された場所には見覚えのある格好の青年が魔石の結晶に寄りかかっている姿があった。
「あれは明らかに寝――」
「カズト!?」
――寝ている。とリオが言い切る前にレンカはひと足早くその人物の元へと駆け寄っていた。なんとも言えない気持ちになったリオは目を細めて口を尖らせた。
「変な顔」
「うるせぇ」
***
「おい、しっかりしろ!?」
二人の目の前で青い結晶を背に目を閉じ動かないカズトをゆさゆさと激しく揺さぶるレンカ。彼女の焦りが目に見えるようだ。
ただ、あまりの激しさにカズトの首も前に後ろに揺れているため首が取れてしまわないか心配になる。わあ、とミナは引いていた。
「レンカちゃん、ちょっと落ち着いて……」
たまらずリオがレンカの肩を掴んで制する。するとおもむろに目の前の人物の重い
「人が気持ちよく寝ているのにとんだバカ騒ぎだな。人を起こすときの作法くらい覚えてきたらどうだ?」
気怠そうな、それでいて吸い込まれそうなほど力のある青い瞳がレンカの表情をとらえる。彼の瞳に移るレンカは今にも泣きそうなほど不安な顔だ。
一秒ばかり止まったかのような時間のあと、いらだったようなリオの声で我に返る。
カズトの至極めんどくさそうな顔がとても近かったことに気づいて思わず声をあげそうになった。よく見なくてもこの勇者という輩はむかつくほどキレイな顔立ちをしている。
「アホ面」
勇者のからかいをふくんだ言葉。レンカは何かを言いかけて口を開いたがすぐにギリとかみしめて、憎たらしい頭をつかみ後ろの結晶に力の限りにたたきつけたのだった。
ガラスが割れたような高い破裂音がひびいて、うわ、という二つの声が重なった。
「アホはテメェのほうだ!」
吐き捨てるレンカの顔はにこやかながらも怒りを隠しきれていない。たたきつけられた部分の結晶は大きくくだけちって地面にちらばり、根本までヒビが入っている。
「あいかわらず加減ってものを知らないな」
ゆっくりと立ち上がって頭を軽くふるカズトは何事もなさそうだが、おおよそ無事であるのが不思議なくらい頭からは血がだらだらと流れている。
「おまえ、よく生きてるな……」
「うーん。フシギ!」
自己治癒力の高い彼には必要ないだろうが、ミナはカズトの元にかけよって軽い治療魔法だけかけておいた。
「心配してたのがバカらしいくらいだ! カズトも回収したしこんなじめっとした場所、さっさおおさらばしようぜ」
気持ちを切り替えたレンカが来た道へ顔を向けた。そのときふたたび地面がはげしく揺れ始めた。
***
魔石の結晶群に囲われた広い空間で地響きとともに地面が揺れ続いている。
「!?」
「今までのよりはるかにデカい……。これ、まずくないか!?」
揺れは収まるどころかはげしさを増していき、
落ちてくる小岩や大きめの石が結晶群をハデに壊していく。通ってきた道の先からは地をたたく重い音が断続して鳴りやまない。
「あー! 希少な魔石が!」
「もう魔石どころの話じゃないだろ!?」
「地震で洞窟が崩れ始めてんのか?」
「そうだな。早かれ遅かれ、といったところか」
手持ちの布で顔を拭ったカズトは冷静に答える。がふたたびポカンと頭をたたかれた。
「なんでこんなとこで寝てんだよバカが」
「わざわざこんなところまで探しにくる物好きもどうかと思うがな」
「どっかのバカが街を出る日になっても帰ってこなかったからな。んなことより早くここから逃げねぇと――」
『このままだと、みんな生き埋めなンだー』
勇者の足元にくっつくように現れた精霊は笑っていた。誰も見ない、誰も聞かない。むじゃきな精霊の笑い声は勇者の耳にだけ届いていた。
『勇者サマは、滅びを悟りながらも逃げることのできはしない哀れなケモノたちと地に還るのはお望みじゃないンだ?』
勇者は心底嫌そうにため息をついて吐き捨てる。
「わかりきっているくせに」
精霊はうれしそうに笑って消えた。
「――カズト?」
だれかと会話するようにひとり言を吐くカズトは目を閉じる。すると彼を中心として大きく魔力が流動し始めた。
「っ、何をする気だカズト?」
「四人分の転移魔法を用意しろ」
「カズトが言うなら!」
カズトはレンカにもミナにも目をくれず淡々と命ずる。ミナはうれしそうにうなずくがそれをリオが制した。
「いやいや!? 四人分の転移魔法だぞ、正気か!?」
転移魔法は魔法の中でも最高難易度と言われている属性のものだ。おいそれとできるような魔法ではないことを、魔法が使えないリオでも知っていた。
「クズリオは本当におバカさんね。ミナと、ここの魔石があれば可能だわ」
辺りに散らばる魔石の残骸を見てからお気に入りのシルクハットを深く被り直して少女は笑む。息をのむリオに、でも、と続ける。
「揺れが激しくてムリね! ちょっとでもズレるようならみんなの体はバラバラになるわよ。転移魔法の陣は繊細なの」
「じゃあやっぱりムリなのか?」
「5分。この揺れが止まるならできないことはないわ」
ね、カズト? とわざとらしく目線をおくり、様子をみる。是か、否か、たたずむ勇者は静かにため息をついた。
「『大地の精霊ゲノムスよ。勇者の名において我が身を器とし御力を此処に顕現することを命ずる』」
厳かに言葉を紡ぐ。
三人の視線がカズトに集まる中、彼の返事の代わりに少しずつ地面の揺れがおさまりつつあるようだ。
「揺れを止めた……?」
「よし今ならいける! だから陣が完成するまでお客さんの相手よろしくね」
強い魔力の流れを感じたのはなにもそこにいる三人だけではない。洞窟内に潜んでいたモンスターたちもカズトの力に反応してゾクゾクと集まってきていた。その数ざっと三十体以上はいるだろうか。
「まだこんなにいたのか」
「今は動けるのはボクたちしかいないけど、やるしかないね」
リオが腰元のホルダーから二丁の銃を抜いて構える。その横でレンカもグローブを引き拳に力を入れて、敵を見据えた。
***
銃声の混じる戦いの音が響く中、辺りに強くまばゆい光がひろがる。それは完成した巨大な転移の魔法陣が放つ色だ。
「早く陣の中に!」
「わかった!」
ミナの掛け声を聞いたリオとレンカはモンスターにトドメの一撃をくらわせ陣の中へ飛び乗る。
「カズト!」
レンカがカズトへ声をかけると伏し目がちに開かれた夕暮れのようなオレンジ色の瞳と目が合う。気づいたら見入っていた。ひゅ、と息をのむその間にそれはいつもの気だるげな青の虹彩に戻っていた。
カズトはふらふらと相変わらずやる気のない様子で足を出し陣の中へ入る。
「(なんだよ、あれ……)」
「みんな入ったね! あ、魔力の少ないレンカは転移中にバラバラになりそうだからミナが握っててあげるね〜」
にこにことミナはレンカの手をとる。
「ボクのが魔力は少ないケド!?」
「えー? ミナがクズリオに触るのとかイヤすぎるんだけど?」
「ったく、言ってる場合か!?」
地震を抑えていた力がなくなったからか、ふたたび地面が揺れ始める。震動は今までの揺れとは比べものにならないほどの強さとなり、その場に立っていることすらむずかしくなってきていた。
「とぶよ!」
魔石の結晶と魔法陣が共鳴を起こし白く染まっていく。
「……掴まれ、リオ!」
「!」
とっさにレンカはリオへと手を伸ばす。迷わず
に伸ばされた手をつかむと、洞窟内は
『いつでも力は貸すンだー勇者サマ。またおはなしするンだ』
光に紛れてそんな声が勇者の耳に入ってきたが無視をした。
***
白い光から目が覚めたとき、四人は滞在していた街の近くまでもどってきていた。洞窟へ続く道の先から地響きはまだ続いている。
「なんとか脱出できたな」
「成功してよかった〜! というか、クズリオはいつまでレンカの手を握っているわけ?」
「え?」
目を細めたミナに言われてリオは慌ててその手をはなす。
「ごごごごめんね!?」
彼の顔がわずかに赤いような気がするがレンカはとくにそれを気にせず大丈夫だと返した。それどころか彼女の目線は気だるく眠そうなカズトへ向けられている。
「バラバラにならなくてよかったわねー!」
「ボクを見捨てる気満々だったな?」
しきりにあくびを繰り返す彼の瞳はきれいな夕暮れの色ではなく、変わらない青色のままだ。
「……わかんねー」
彼の顔が頭に残って離れない。レンカは自分で頭をたたいて残像を頭のすみに寄せることにした。
――To the next adventure...
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