advent.09 2

 カズトたち四人のパーティでは街に数日滞在たいざいするとき、パーティを一度解散してそれぞれ冒険に備えた支度や休息をとると決めている。だれが決めたわけでもなく自然とそんなスタイルを取るようになっていた。

 そして街を出るときには再びつどって出発をする。この日は街を出る日で4人そろっているべきなのだが――

「カズトがいねぇ」

 ――そう、肝心のカズトがこの場にいないのである。


「なんでいねぇんだよ!?」

「まあまあ、レンカちゃん。宿にもいないってなると、街の中でもふらついてんのかな?」

 大声で怒りをあらわにするレンカとそれをなだめつつ呆れているリオ。

「カズトはたしか……クエストに行ってた気がするよー?」

 受付のソファに寄りかかってミナは言う。この街に着いた日にカズトとギルドへおもむいて彼がなにかしらのクエストを受注している様子を目撃したそうだ。

「クエストに行ったのはまちがいないとおもーう」

「でもさ、それだいぶ前だな」

 冷静にリオは指摘した。今ここにいる街はそこそこに大きいのでいつも以上に長く滞在している。カズトが街に着いた日にクエストを受注していたとしても少なくとも五日は前の話になる。

「あのカズトが一つのクエストに五日もかかっているって……考えられるか?」

「そうねー。カズトがその辺の低辺クエストに時間をかけてるとは思えない! どこかのガンマンさんと比べてカズトは優秀だし!」

「うるさい、ボクはどこぞの勇者みたいにクエストに時間をかけたことはねぇぞ! 少なくとも、カズトよりボクのが人間はできてる自信はある!」

 再び言い合いが始まってしまった。

 二人はカズトのことだから大丈夫だろうと思っているようだが、レンカだけは神妙しんみょうな面持ちだ。

「……いちおう、ギルドの方に行ってみようか」

 ふざけるでもからかうでもなく、真剣な眼差しでレンカは二人に伝える。そして二人の返事も待たずに彼女はすぐさま宿を出てしまう。

 残されたリオとミナは顔を見合わせる。

「レンカちゃんは優しいね」

「優しさで身を滅ぼすタイプだわ」

 口々に言っていたが二人もついていくことにし、レンカの後を追った。


 ***


 三人がギルドにたどり着くと、そこではいつも以上に人が集まり受付の人があちらでこちらでせわしなく動いていた。

「なーんかバタバタしてるね?」

「タダ事じゃなさそうだな」

 他の冒険者へ説明している内容をかいつまむと、先日起きた地震で街からそう遠くはない坑道跡地で崩落事故があったそうだ。

 今はその対応に追われている、といったところだろうか。

「相当ひどいみたいだな……」

「たしかに大きい地震だったもんね」

「……うーん」

 リオは気になることがあったのか顔をしかめている。ちょっといいか? と近くにいた人へ声をかけた。

「その坑道にクエストに行ったやつとかいるのか?」

「さあ。でもそこって強いモンスターの巣窟そうくつになってるらしいから、クエストがあったとしてもギルドがLv.50以上の冒険者にしかたのまないって聞いたことがあるよ」

 男は答えた。鋼鉄のよろいをまとう彼もこのギルドにやってきた冒険者なのだろう。

 Lv.50より上の冒険者となるとその数はグッと減り希少な存在になる。男の話によれば坑道に行く者はいるとは思えない、ということだ。

 あ、そうだ。と男は付け加える。

「ウワサで聞いたけど今この街に勇者が来てるんだってね。勇者くらい強いやつなら坑道のクエストは余裕だろうなー」

「…………そうだな」

 まさか自分たちが全員Lv.50以上で、尚且なおかつ自分たちのパーティにそのくだんの勇者がいて行方不明になっている、とも言えずリオはお礼を言うと男は三人から離れた。


 男の話を聞いてリオはひとつの可能性を確信したのか眉間をつまむように指を額に当てていた。その確信をどう二人に伝えようかとなやんでいるのだろう。

 内心ほっとしたようなめんどくさいようなリオの気持ちを知ってか知らでか彼の言葉を引き継いだのはミナだった。

「今の話からすると、坑道のクエストに向かったのってカズトっぽいよねー」

「……だろうな」

「てか、そう思ったんならひとりで百面相しないでくれる? クズリオ気持ち悪い」

「ああ、そうかよ! そんならおまえはもうちょい言葉のデリカシーの学ぶべきだな!」

 言葉のはしでレンカの様子をうかがう。案の定、横でミナの言葉を聞いた彼女は何度も片方の腕をさすり、あからさまに浮き足立っているようだった。

「あのバカ……。洞窟から出られなくなってるのかもしんねえ、行くぞ」

 レンカは二人に背中を向けると早足にギルドから出ていってしまう。

 まあ、そうなるよな。リオは深いため息をついた。そんな彼の態度に見向きもせず、ミナは横をのんびりと通り抜けてレンカの後を追う。

「おもしろそうだしミナも行こー」

 彼女はレンカの様子を気にするどころか楽しんでいるようだ。ニコニコとギルドから出ていく彼女の背中を見て、リオは思わず声を荒(あら)げて止めようとしたがおもしろいほど無視された。眉間のシワがさらに深くなる。

「なんだよ、もう! どうして坑道の場所も知らないのに行こうとするかなぁ!」

 ひとまず近くにいたギルドの人から坑道までだいたいの道のりをきいて二人の後を追った。


 ***


 緩急の激しい山道をぬけて、レンカ、ミナ、リオの三人は目的地の洞窟前までやってきた。

 リオが地図を開きながらギルドで教わった洞窟の位置を確認してみるが、どうにも入り口と思わしき場所には大きな岩と大小のさまざまな石が雑に積まれてあるだけだ。

「入り口、ここで合ってんだよな?」

「ずいぶん崩れちゃってるけど。他に入口っぽいところもなさそうだね」

 何度も確認してみるが、地図上の地理と辺りの形状はどうも同じようだ。

「ここは魔力が豊富だわ。マナスポットなのかも」

「マナスポット?」

 レンカが頭の上にハテナをうかべているので、ミナは大げさに肩をすくませるとかいつまんでマナスポットについて説明した。

「マナスポットっていうのは他よりも魔力が多く留まっているエリアのこと。強いモンスターがたくさんいるの」

「そうか……ここに来るまでのモンスターはまあまあ強かったのはそれか」

「正直、ここがLv.50以上の実力者じゃないと依頼できないのも納得って感じ」

 他にもマナスポットは自然災害が起きやすい場所だということを話していたが、レンカには興味がわかなかったので聞き流した。


 ふとリオは辺りに落ちていた枝葉を手に取り、岩と石のわずかな隙間にかざしてみる。すると枝についた葉はそよそよと揺れているようだ。

「いちおうここから空気が流れてるみたいだから、中に空洞があるのはまちがいなさそうだよ」

「もしかしてこの間の地震で入口が崩れちゃったのかもねー?」

「可能性はあるな」

 もともとマナスポットであることも関係しているのだろうが、先の地震を皮切りに大小を問わず地震が多発している。三人も洞窟にたどり着くまでに何度かの揺れを感じていた。あまり気分のいいものではない。


 地震による落石で入口が塞がれたのであれば入口がないことも頷ける。辺りがマナスポット――高難易度エリアなために洞窟を整備できる人員を集めるのはかなり骨が折れそうだ。

 ただ、一行にとって壊せるのであれば壊しているであろう人物の痕跡こんせきがないことが引っかかるところだった。

「……岩、攻撃された様子がないよね?」

「そうだな」

「……というと?」

「えー? だってカズトならこれくらいの岩を壊すの余裕でしょ?」

 ひとりわかっていないレンカのために、つまり、とミナが説明をする。

 カズトがこの洞窟にいるとするなら彼は入口の岩を壊そうとしていないか、彼が入口まで来ていないか、になる。ということだ。

「……いるだろ、確実に?」

「ボクもそう思うけどね。そうでないと……困る」

 そうでないと、の後にもうあの勇者を探す手立ても情報もない。とまで出かかったがリオは言葉を飲んだ。今、口にしてレンカの不安をあおるのは無意味だからだ。


「じゃあ、岩を壊しちゃうー? ミナの奇術で岩なんてなかったことに――」

 ミナが話し出したとき、ズドンという大きな音が響いて彼女の言葉を遮った。地震がきたわけではない。

 片足を宙に持ち上げたままのレンカとバラバラに砕け散った岩だった物がその場に転がっていた。ようやく姿を見せた入口の向こうにはあかりもない暗い空間が続いていた。

「よし、壊れた。これで問題なく進めるな?」

 足をおろしリオとミナの方を見ると、レンカは何食わぬ顔で開けた洞窟の中へ歩を進めはじめた。

「……レンカちゃん」

「レンカを怒らせるのはやめとこー」

 呆気あっけにとられた二人は苦い笑みを浮かべて彼女の後に続いて洞窟の入口を進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る