思い出サルベージ

熱物鍋敷

 大切な思い出

「行ってきまーす!」 


 雨森知音あめもりしるねは小学校3年生の女の子。入学祝いに祖母に買ってもらった赤いランドセルを背負って今日も元気に登校します。


(今日は何が待ってるかな?)


 知音はもう中学年。1年生の時のようなドキドキ感は無いけれどワクワク感は止まらない。


 新しい授業の内容は?

 遠足はどこに行くのかな?

 クラブはどこに入ろうかな?

 

 毎日が新しいことの連続で彼女は幸せいっぱいです。

 いっぱい勉強して、いっぱい遊んで、いっぱい寝る。

 いっぱい笑って、いっぱい泣いて、いっぱい食べる。

 誰が見てもごく普通の女の子。しかし彼女には他の子には無い特別な力がありました。


 それは他人の記憶をたどって思い出を一緒に探す力。


 どんなに昔の思い出も

 忘れてしまった思い出でも

 一緒に旅して思い出すことができる

 そんな優しい力。


 お母さんは知音に言いました。


「きっと知音が優しいから神様がプレゼントしてくれたんだね」


 知音はうれしくてたまりません。そう言ってくれるお母さんのことが大好きです。だからこの力のことは周りの皆にはナイショ。お母さんと知音だけの秘密でした。



 そんなある日のこと。

 学校の授業も終わり知音がいつもの帰り道を歩いていると、公園のベンチに力なく座るおばあちゃんを見つけました。何やら考え事をしているみたいです。

 心配になった知音は近づいて声をかけました。


「おばあちゃん、どうしたの?」


 知音の声におばあちゃんは一瞬驚きましたがすぐに笑顔になって答えます。


「おや、可愛いお嬢ちゃんだねえ。近くの小学校の子かい?」

「知音はもう3年生だよ」

「そうなのかい? しっかりしてるねえ。うちの子も近くの小学校に通ってるんだよ」


 おばあちゃんは上機嫌です。先ほどまでの深刻な顔が嘘のようです。とは言え、知音にはさっきまで元気が無かったおばあちゃんの顔が気になります。


「おばあちゃん、さっき何か考えてなかった?」

「え? そうだねえ……何だったかねえ」


 おばあちゃんは考え込んでしまいました。


「わすれちゃった?」

「えーと、そうそう! さっきから何かが思い出せなくてねえ」


 おばあちゃんはまた深刻そうな顔に戻ります。なんだかとても辛そうです。


「大切なこと?」

「大切な事だったと思うんだけどねえ……」


(どうしようかな?)


 知音は少し迷いました。力のことはお母さんとの秘密。

 でも――


(でも、助けたい!)


 知音は心に決めました。


「おばあちゃん、わたしがいっしょにさがしてあげる」


 そう言うと知音は思いを込めておばあちゃんの手を握りました。


 次の瞬間、二人を包む景色が一変します。グルグルと渦を巻くような感じで映像が混ざっていきます。


「おやまあ、これは不思議な……」

「おばあちゃん、手をはなさないでね」


 映像が逆巻きに流れていき、やがて周りが赤一色になって落ち着きました。


「これは私が子供の時の……」

「うん。おばあちゃんの思い出」


 そこは辺り一面火の海でした。空の上には飛行機が飛び交い轟音に包まれます。叫び声や悲しむ声も聞こえます。知音は少し怖くなってきました。


「こわいこわい思い出?」

「ああ。この時は戦争で大変なことになってね。もう自分が生き残るのに必死になっていたよ」


 おばあちゃんは険しい顔で答えます。

 食べ物も無く、安全とは言い難い場所で頑張って生き抜いた子供の頃の思い出。自分の大切な両親や友達だって無事かどうか分かりません。

 そんな悲しい思い出。

 辛い思い出。

 朝起きて、ご飯を食べて学校に行く。

 友達と遊んで、帰る家がある。

 知音は当たり前だと思っていた平和が、とっても大切なものであることが分かりました。

 

「少し時間を進めるね」


 知音がそう言うと映像が高速で流れていき場面が変わりました。そこでは一組の男女が盛大に祝われています。美しい和装の女性が男性の手を取って幸せそうに笑っています。


「これは死んだ爺さんとの結婚式だね。幸せだったね、この時は」

「幸せな思い出?」

「今思い出してもね。私は良い人に巡り合えたよ」


 おばあちゃんの顔が思わずほころびます。

 楽しい思い出。

 とても幸せな思い出。

 この広い世の中で、自分を愛してくれる人と巡り合えたことがどれほどの奇跡か。まだ恋をしたことがない知音には分かりませんでしたが、きっとお母さんと巡り合えたくらいのうれしさなんだろうな、と感じました。


 さらに時は流れて、場面は病院。そこでは赤ん坊が元気な産声を上げています。抱き上げた女性はとてもうれしそうです。側に付き添っている男性も満面の笑みを浮かべています。


「娘が生まれてね。赤ちゃんは神様からの授かりものだから」

「大切な思い出?」

「とっても大切な思い出さ」


 おばあちゃんは少しずつ元気になってきました。

 少しずつ大切な思い出が戻っていきます。


 さらに場面は変わり熟年の夫婦が岬にいる映像。海が見える建物で男性が女性に何やら贈り物をしています。首飾りでしょうか? 女性は恥じらいながらも受け取ります。


「生前あの人は忙しくてね。子供たちが巣立ってから初めての旅行さ」

「これも大切な思い出?」

「柄にもなくプレゼントまで用意してねえ……」


 そう言うおばあちゃんの目は少し潤んでいました。

 懐かしい思い出。

 優しい思い出。

 好きな人といつまでも一緒に居られる。それはとっても幸せなこと。でもそれをきちんと表に出すことも、とっても大切。

 知音は今度お父さんにも話をすることに決めました。


「もう少し」


 知音が手を動かすと映像が切り替わりました。黒い服を着た人達が悲しそうにしています。


「結局爺さん私より早く死んじまってね。取り残されちまった」

「これは悲しい思い出?」

「少しね。でも私は一人じゃなかったから。生まれてくる孫のためにも長生きしなきゃいけなかったからね」


 おばあちゃんは元気にそう言いました。

 それは今までにないしっかりとした口調でした。

 少しだけ悲しい思い出。

 ちょっぴり切ない思い出。


「これでさいご」


 場面は一人の少女が成長していく映像。そこには赤ん坊をあやすおばあちゃんの姿もありました。赤ん坊はやがて成長し小学生になっていきます。


「これがまた孫が可愛くてね。……そう。そうだったねえ」

「大切な思い出?」

「ああ! とっても大切な思い出さ!」


 おばあちゃんはすっかり元気を取り戻していました。

 どうやら大切な思い出を取り戻せたようです。


 二人が気がつくと公園はすっかり夕日に包まれていました。

 おばあちゃんはニッコリと笑って言います。


「ありがとうね知音。大切な事を思い出せたよ」

「うん、おばあちゃん」

「なんだい?」

「いっしょにおうちに帰ろう?」


 二人は仲良く手を繋いで帰りました。


 大切な思い出に包まれながら……。

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