第4幕 シーン3
その日の放課後も千敦はいつものように3人で戦っていた。
突然授業中に呼び出されたときは、たまたま近くにいた子と組まされることが多いのだけれど、放課後とか時間に余裕があるときはうこと莉穂の3人で組んでいる。3人で協力してトロールを倒していると、どこからともなく火魅が現れて一緒に戦っていれる、というのが最近のパターンだったが、火魅が来てくれるとあっという間にトロールを片付けてくれるので普通に助かる。
「……ここら辺は片付いたようだな」
莉穂が辺りを見回す。それに習って千敦も辺りを見回したが、トロールの姿も波紋も目では確認できない。密かに安堵の溜め息を吐いていると、どこからか鈍いバイブ音が廊下に響く。どうやら誰かのギャルが鳴っているらしい。ポケットからギャルを取り出したのは莉穂で、通話ボタンを押したのか微かに染谷の声が聞こえてきた。
「…………援護? 何かあったんですか?」
莉穂の顔が少し強張る。援護要請なんて今までなかったので、もしかして祐美か先輩2人のどちらかに何かあったのかと思い、千敦は詳しい話が聞きたくて莉穂に駆け寄った。
『いえ、何かあった訳ではないのですが……ちょっと敵の数が異様に多いので、できれば援護に回ってほしいのですが』
「……そういうことでしたか」
『そちらが大丈夫そうなら、左に曲がった所にある女子トイレに入って下さい。現地近くまで送ります』
「了解です。こちらはもう片付いたのですぐに向かいます」
言うが早いか莉穂は千敦達に背を向けると、言われた場所に向かって行ってしまう。それを呆然と見つめている残された3人。
「前から思ってたんだけど、俺達ってめっちゃ廊下走ってるよね」
「確かに!」
「まぁ、緊急事態だからしょうがないのか。だって、火事とか起きたときにゆっくり歩いてたら、みんな死んじゃうもんな」
千敦の正論にうこはそうだね。と笑いながら頷いていた。すると、火魅は笑いながら口を開く。
「それもいいんじゃない? 規則守ってたら全員焼死とか、笑えるじゃん」
火魅は至って真面目に、口元は少し笑っていたけれど平然とした口ぶりで答える。さすがに理解できない思考回路だったので、千敦は言葉に詰まった。さすがのうこも困惑を隠せずに火魅を見つめる。
「まぁ、理解できないか…………だもんな」
火魅は最後に何か言っていたが、独り言を呟くような感じだったので、千敦ははっきりと聞き取ることができなかった。気になって聞き直そうとしたが、それより先に火魅は指を鳴らす。
何がしたいんだろう? と、千敦はうこと顔を見合わせて不思議がっていると、火魅は満足そうに笑いながら、廊下の壁に近寄って体を預ける。それから、腕を組んで千敦達を見つめてくる。火魅の行動に顔を顰めていると、突然うこに強く腕を引っ張られた。
「せ、せ、せ、せっきー! あれ見て!」
「えっ?」
うこの指差す方に視線を向けると、廊下の床や壁など至る所にいくつも波紋が広がっている。その数、視界に入っているだけでも軽く20を超えている。
「うえぇぇぇぇっ! ちょ、ちょっと待ってくれよ!!」
千敦は慌ててオーディンを構える。
「せっきー、こっちからも出てきてるんだけどぉ!」
背後からうこの泣きそうな声が聞こえてきたが、それに構っている余裕は今の千敦にはなかった。
「とりあえず片っ端から倒そう! 多分、この事態に気づいた染谷先生が指示を出してくれてるだろうし」
早口でそう告げると、足元の近くで頭を出していたトロールにオーディンを突き立てる。千敦とうこはもぐら叩きのように、片っ端から出てこようとするトロールを倒していったが、如何せん出現のスピードが早すぎて間に合わない。
最初は頭が出てる状態で倒していたが、段々と肩が出て、手が出て、体が出てきて、最終的に何体か完全な状態で出現してしまう。かなり辛い状態だというのに、火魅は2人を助けようとしない。
うこも千敦も何度も火魅に呼びかけたが、まるで耳にイヤホンでもしているかの如く、2人の言葉は届いていないようで無視され続けていた。
火魅は元々変わった人だし、一匹狼で協調性がないのも知っているけれど、それにしたって状況が状況だけに、助けてくれてもいいはずだ。けれど、火魅はその場から1歩も動く気配がなく、2人を助けようともしない。腕を組んで傍観している。
その様子に、千敦とうこは火魅に助けを求めるのは諦めることにした。というか助けを求める暇さえなくなってきていた。忙しなく動き回って倒しても、トロールの出現スピードに追いつかない。
「やっべぇー、全然間に合ってねぇよ!」
千敦は1体のトロールの胸をオーディンで貫きながら叫ぶ。
そのとき、いつもよりトロールの体が硬いことに気がつく。ふと、落ち着いて冷製に観察すると、いつも倒しているトロールよりも皆少しだけ体が大きく見えるし、色味が濃い気がする。
もしかして違う種類なのか? と考えを巡らせていると、せっきー、集中してよ! とうこに怒られてしまった。
確かに今はトロールを検証している場合ではない。それに、うこは素早く辺りを駆け回って切り伏せているため、体力の消耗は千敦よりもすごいはずだ。トロールを倒した数もうこのほうが多い。
千敦の場合は武器が槍なので、ある程度間合いを取って攻撃できるが、短剣を武器としているうこは、相手の懐に潜り込むか背後に回らないといけない。敵に接近している分、攻撃を食らう危険性も高い。
今もうこはトロールの大振りの攻撃をしゃがみ込んでかわし、そのまま低い態勢で懐に潜り込むと、脇の辺りに武器であるバルデルを突き刺した。千敦は軽く後退りして間合いを取りつつ、オーディンを体の横まで持ってくると、勢い良く水平に振って3体のトロールを真っ二つに薙ぎる。
いつの間にか千敦とうこは背中合わせになっていた。
「いけ……そうか?」
「出てくる勢いはだいぶ治まってきたし……いけるよ! って心の底から思いたいんだけど!」
「それは同感だな」
互いに武器を構え直すと、少し遠くの方から高城! 関岡! といつになく焦っている莉穂の声が聞こえてくる。声のした方に顔を向けると、武器を構えたままこちらに走ってくる莉穂の姿が見えた。そのときは本気で莉穂が天使に見えた。
「サドせんぱーい!」
さっきまでの勇敢な戦いぶりが嘘のように、うこは場に合わない甘えた声を出す。千敦もそんな風に甘えた声で名前を呼びたかったが、言ったら間違いなく殴られるので自重した。
莉穂が現れたからか、今まで傍観者に徹していた火魅が動き出す。
「やっぱりこいつらじゃ役不足か」
つまらなそうな顔つきで舌打ちをすると、火魅は溜め息を吐きながら両手を軽く振るう。すると、赤とオレンジが混じったような炎が、火両手で煌々と燃えだす。それから両手を交差させて大きく振り払うと、千敦とうこの周りにいたトロールの体が一斉に燃え上がる。灰になった体はすぐに溶けて、廊下の床に消えていった。
一連流れは鮮やかで3分もかかっていない。あまりの早業に千敦が呆然としていると、同じく呆然としているうこがぼそりと呟いた。
「両手でできるんだ……」
うこは不思議そうに火魅の両手を見つめている。
「俺も片手だけだと思ってた」
「何あれ! めっちゃカッコいいんですけど!」
「……あっそ」
千敦が冷めた瞳でうこを見つめていると、炎を吹き消した火魅がこちらにやってくる。
「さすがです、ロッキー先輩!」
うこがいつものように火魅に抱きつく。
「助かりましたよ、室木先輩」
もう少し早く助けてくれたら嬉しかったんだけど。と、という言葉を千敦は心の中で付け加える。それから労いの気持ちを込めて、傍まで行ってから肩に触れようとした途端強い衝撃が走り、千敦は近くの壁に体を打ちつけた。
「ぐっ!」
黄昏の遺恨【ユグドラシル】を持っていると、飛躍的に身体能力が上がるので、火魅の力が強くなっていてもおかしくはない。が、千敦は感覚的にそういう力とは別物な気がした。
「千敦!」
少し遠くで祐美の叫ぶ声がした。
見ると廊下の端に口に手を当てて驚いている祐美と、朱梨と沙夜子の姿もある。どうやら3人とも応援で駆けつけてくれたらしい。
「……痛ってぇ」
多分折れていないと思うが、鈍く痛む肩に手を添えながら千敦はゆっくりと立ち上がる。火魅は千敦の方には目もくれず、黙ってうこの体を押して引き離す。
「ロッ……えっ? あの、あの、室木先輩?」
珍しくうこが動揺した声を上げ、愛称ではなく敬称で火魅を呼ぶ。
「お前さ…………安心、それが人間の最も身近にいる敵である。って言葉、知ってるか?」
「へっ? あー、何でしたっけ?……シェークスピア、でしたっけ?」
突然問われたうこは、小首を傾げながら自信なさげに答える。
「おー! 正解。知ってるんだな。すっげぇ意外なんだけど」
火魅は目を見開いて本気で驚いていた。
「だから、うちはバカじゃないんですって! 結構頭良いのに、誰も信じてくんないんだもん」
と言ってうこは不満そうに唇を尖らせる。
「ふふっ……やっぱりお前はバカだよ」
火魅が口端を吊り上げて笑う。
嫌な予感がした。
何がとははっきりと言えないし、特に根拠もない。だが、そのときの火魅の笑みはいつになく邪悪なものを感じるた。
「うこ!」
反射的に千敦は叫んでいた。
千敦の声にうこが顔を向けるのと、火魅の右手がその体を貫いたのは、ほぼ同時だった。
見間違いではなかった。そうだったらどんなに良いだろう。
千敦の目には、はっきりと映っていた。うこの背中から火魅の手が生えているのが。うこは瞳を大きく見開きながら、驚きの表情で火魅を見つめている。
火魅がうこの体から手を引き抜く。その手は腕の半分くらいまで赤く染まっていた。まるで芸術品のように、美しいくらい赤く、赤く染まっていた。
間。
うこの体が床に崩れ落ちる。体の真ん中には大きな穴が開いていて、そこから一気に血が溢れ出て、あっいう間に血溜まりが廊下にできる。
千敦は現状に頭がついていけなかった。その場から1歩も動けず、ただ呆気に取られたようにうこを見つめていることしかできない。
誰も何も言わないため、長い沈黙が訪れる。永遠とも思えるほど長い沈黙を破ったのは、朱梨の怒りの咆哮だった。
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