第4幕 シーン2

 伸びやかな体躯に細身の体系。短い髪は赤茶色に染められ、ワックスを使って整えたかのように無造作ヘアーがよく似合っている。顔は中性的で妖しい魅力を放っていて、芸能人だと言われれば納得してしまうほど整っている。

 

 「……む、室木先輩」


 千敦の後ろにいたのは滅多に部活に顔を出さない火魅で、戦闘にも参加しないため会ったのはこれが初めてだった。そもそも授業もあまり出ていないと、風の噂だが聞いたことがある。


 「もう少し周り見て戦わないと、簡単にゲームオーバーになるよ」


 火魅は苦笑すると、オレンジ色した綺麗な指輪に、まるでろうそくの火でも消すように息を吹きかける。すると、右手の炎はあっさりと消えてしまった。

 火魅の言う通り、たまたま運良く助かっただけで、隙を突かれて死んでしまった可能性もゼロではない。戦闘には真剣に取り組む。と、心では誓っていたけれど慣れもあって完全に慢心していた。


 命はたった1つしかないんだから、もっと慎重にやんないと。それに、まだ死にたくないし。千敦は自分に言い聞かせるように改めて心に刻み込む。


 「そういえば、ありがとうございました。助けてもらっちゃって」

 「別に。あそこでお前があっさり死んでも面白かったんだけどね、俺的には」


 火魅は髪の先を弄りながら楽しそうに笑う。


 ちなみに火魅の一人称は俺だったりする。女子とはいえ見た目に合っているからか、あまり違和感はない。それと、多分悪気はないのだろうけど、基本トゲがある言い方をするため良く思っていない人も多いのだが、千敦は対して気にしていなかった。


 また、そういう危険な一面があるからか、火魅は一部の女子から絶大な人気を誇っている。やっぱり女子にとって、不良とイケメンは必須アビリティらしい。


 「ロッキーせんぱーい!」


 どこからか甘ったるい声が聞こえたかと思うと、今までどこで何をしていたのか、役たたずのうこが走ってやってくる。千敦の横を通り過ぎると、飛びつくみたいに火魅に抱きついた。火魅は思い切り迷惑そうな顔をしていた。が、うこはそんなことお構いなしで、ネクタイに指を絡めて満足そうな顔をしている。


 そう、火魅は本来は校則違反なのだが、女子なのにネクタイをつけ、おまけにズボンを履いている。要は男装をしていた。それもまた女子に人気がある理由なのかもしれない。


 「ロッキー先輩、めっちゃ久しぶりですね!」


 うこは本当に嬉しそうに笑いながら声を掛ける。元々人懐っこい性格のうこだが、火魅には特に懐いている。何でも火魅に憧れを抱いているのだと、前に誰かから聞いたことがあった。


 「そういえばそうだね」

 「どこで何してたんですが?」

 「まぁ、色々とね」

 「色々って何ですか?」

 「色々は色々だよ。うーん、しいて言うなら……ちょっと悪いことしてたかな」


 火魅は意味ありげに口角を上げる。


 「うえぇぇぇぇぇ! も、もしかして地下にあるハコとか個室のVIPルームで、超危ない薬を吸ったり危険なことしてたんですか?」


 うこは至って平然と聞いているが、言ってることはかなりの過激派だった。

結構ぶちかましてくるなぁ。と、千敦が1人動揺してしまったが、火魅は全く気にしていないらしく平然と笑い飛ばす。


 「そういうのは興味ないよ。っていうか、それよりもっと悪いことしてたし」

 「えっ? えっ? どんなことですか? めっちゃ気になる!」


 興味深々な顔つきで火魅に迫るうこ。そこは興味を持ってきくべきことじゃないと思う。


 「それは……秘密」


 火魅は口に人差し指を当てると不敵に笑う。その顔は悔しいくらいイケメンで、千敦が若干凹んでいると、それにしてもお前が戦いに参加するなんて、本当に意外なんだけど。と突然火魅から声を掛けられた。


 「えっ? 俺のことですか? いやー、俺だって訳分かんないですよ。アースガールズって、そもそも女の子しかなれないみたいですし」

 「だから最高に面白いよ、お前」


 火魅は言葉の通りに本当に面白かったのか、脈略もなく腹を抱えて笑いだす。けれど不意に笑うのを止めると、目を細めて千敦の顔から少し視線を下げた。


 「そういえばさ、お前首は大丈夫だった?」

 「へっ? 何のことですか?」


 千敦は何のことだか見当もつかなくて小首を傾げる。


 「いやさ、愛が死んだときお前近くにいただろ。色々処理するのにいると邪魔だから、首にチョップして気絶させたの、俺なんだよね」


 一瞬何を言ってるのか理解できなかったが、すぐにあぁ、あのときのことか!と記憶が蘇る。愛が死んで悲しみに暮れていた千敦だが、いきなり頚椎の辺りに強い衝撃を受けて意識を失った。どうやらそれをやったのが火魅という話らしい。


 少し前のことなのにちゃんと心配してくれるなんて、優しい一面もあるんだなぁ。と、千敦は思わず火魅をまじまじと見つめてしまう。


 「いやー、あんとき全然手加減してなかったからさ。最初死んだかと思ってマジ焦ったよ」


 優しさなんて欠片もなかった。


 「ロッキー先輩はヴァルに戻るんですか?」

 「いや、俺はこのまま帰るよ。なんか面倒くさそうだし」

 

 うこを体から引き剥がすと、火魅は体を反転させて歩き出す。そのとき、千敦のポケットが震えた。取り出してギャルを見ると、千敦は苦笑しながら火魅を引き止めるために声を掛けた。


 「室木先輩」

 「ん? どうした?」


 振り返った火魅に、千敦は小走りで近寄って何も言わずにギャルの画面を見せる。火魅は露骨に顔を顰めてから、深い溜め息を吐いた。


 「しゃぁない……久しぶりに顔出すか」


 千敦のギャルには室木を連れて来い。と一言だけ書いてあった。


 「面倒くさいなぁ」


 火魅は何だかんだぼやいていたが、嬉しそうに微笑むうこに手を引かれて、結局3人でヴァルへと戻る。どう見てもリア充とその友達Aみたいな構図だった。

 そして、ヴァルに戻ったリア充達を待ち受けていたのは、莉穂による公開説教で、うこに至っては早々に床に正座した。


 「とにかく、もっと参加しろといつも言ってるだろ、火魅」

 「はいはい」

 「はいは1回でいい」

 「へいへい」

 「……全くお前は」


 莉穂のお説教も火魅は聞く耳待たずといった感じで、完全に右から左へと聞き流している。それでも3年生同士で付き合いが長いからか、飄々としている火魅に対して、莉穂は慣れた様子で接している。


 「もういい。どうせお前は、人の話を聞かない奴だからな」


 莉穂は呆れたように項垂れる。


 「さっすが莉穂ちゃん。分かってるねぇ」


 一方、火魅は楽しいそうに笑いながら、肩に手を回して莉穂を抱き寄せる。2人とも女子にしてはかなり長身で、かつ互いに美形というもあって絵的にはかなり様になる。


 が、莉穂は眉を顰めると、火魅の手を乱暴に払ってと少し距離を取った。


 「ちゃん付けはするなといつも言っているだろ。気色が悪い」


 莉穂は全く悪びれた様子のない火魅を軽く睨む。


 「あーあ、振られちゃった。残念」


 と火魅は肩をすくめながら鼻で笑う。


 「っていうか、説教が終わったんなら帰ってもいいよね?」


 そう言葉を続けると、それなら一緒に帰りましょうよ! と、間髪入れずにうこが立ち上がって声を掛けると、目を輝かせながら火魅を見つめる。一瞬鬱陶しそうな顔をしたが、ふと何かを思い立ついたように口元を歪めると、火魅はなぜか莉穂を見つめながらうこの腰に手を回す。それを一瞥すると顔を逸らしながら瞳を伏せる莉穂。よく分からないが、複雑な関係なのは千敦でも理解できる。


 「……火魅。部活はともかく、戦いには参加しろ。愛がいなくなって戦力的に厳しいのは、お前もよく知ってるだろ?」

 「あぁ、よく知ってるよ」


 話半分で適当に返事をする火魅。


 「火魅!」

 「気が向いたら参加するよ」

 「おい!」


 振り向きもせず手だけ軽く振りながら、火魅とうこはエレベーターの方に行ってしまう。


 「相変わらずっすね、あの人」


 扉が閉まって2人の姿が見えなくなると、ヴァルに残っていた朱梨が苦笑しながら呟いた。


 「私、ちょっと苦手です……室木先輩」


 祐美はどことなく気まずそうな顔をしている。

 やはり、一匹狼で気まぐれな火魅のことを快く思っていない人は多い。ただ、体育会系の朱梨に対して、不良でチャラい火魅が合わないのは当然とも言える。


 「……本当に勿体ないよ、あいつは。ちゃんとやればできるんだから」


 火魅達が出て行ったドアを見つめながら呟いた莉穂の声は、どことなく寂しさとやるせなさを含んでいた。


 お説教の効果があったのか、火魅はその日以降戦いに参加するようになった。と言っても本当に気まぐれなので、大体5回に1回くらいの割合なのだが、今まで全く協力してくれなかったことを思うと、かなりの進歩といえる。

 千敦は火魅が戦いに参加するようになったことにも驚いたが、その強さにも驚きを隠せなかった。


 「ほらよ」


 火魅が軽く右手を振るうと、人体発火のように突然複数のトロールの体が燃え始め、そのまま泥が溶けるように廊下の床に崩れ去っていく。初めて見る技ではないのものの、何度見ても鮮やかな手際で感動すら覚えてしまう。


 「きゃぁぁぁぁ! ロッキー先輩カッコいい!!」


 うこが黄色い悲鳴を上げる。


 「本当にすごいっスよね、その技? っていうか室木先輩の武器」

 「武器がすごいんじゃなくて、俺の実力がすごいだけだから」


 火魅は己の武器である指輪―アンドヴァリナントに軽く口付けると、口端を釣り上げながら笑う。大抵の男が同じことをやったら殴られそうなものだが、美形な火魅がやると妙に様になるというか、違和感もなく受け入れてしまう。そんな火魅にうこが嬉しそうに抱きつき、火魅は仕方ないと感じで頭を軽く撫でてやる。


 「ほら、次のところ行くぞ!」


 莉穂が急に少し苛立った声を上げる。3人だとついふざけてしまうのだが、真面目な莉穂がいることによって場に締りがあって助かっている。やっぱり女の子は締りがないとダメだ。


 「そんなに怒ってばっかりだとしわが増えるよ、莉穂ちゃん」

 「まだ皺がある年ではない!……全く、お前はもう少し脳みそに皺を増やせ」

 「えー、学年3位様に向かってそんなこと言っちゃう?」

 「が、学力ではなくて常識や礼儀を知れ! ということだ」


 楽しそうに莉穂をからかう火魅と、不機嫌そうだが気兼ねなく会話している様子の莉穂。なかなか良いコンビだと千敦は思っている。


 不意に、ここに愛が加わったらどんな感じだったんだろう。と思うと、千敦の胸はひどく締めつけられて苦しくなる。せめて1年早く生まれていたら、3人が笑い合う姿が見られたのかもしれない。でも千敦はまだ16才で、そのとき少しだけ自分の年を恨んだ。


 「えへへ、お2人は本当に仲良しさんですよね!」


 能天気な笑みを浮かべながら、莉穂と火魅の会話に横入りするうこ。


 「こいつ本当にバカだよな」

 「うっ……それは悲しいかな、私も否定することはできない」


 どこか憐れむような瞳でうこを見つめる先輩2人。当のうこはバカじゃないし! と言って頬を膨らませて拗ねている。バカ以外の何者でもない。


 「けど、面白いから嫌いじゃないけどね」


 火魅はうこの肩に手を回して得意げに笑う。うこは再び黄色い悲鳴を上げながら火魅に抱きつく。そのままどこかへ歩いていく2人。その姿はホテル街に向かうラブラブなカップルというよりかは、愛犬と散歩している飼い主にしか見えない。


 公園とかでよく見る光景だなぁ。と、千敦は後ろ姿を見ながら内心呟くと、横から深い溜め息が聞こえてくる。顔を向けると、この間の再現のように悲しそうな顔をして2人を見つめている莉穂の姿があった。


 うこのことを高城と呼んだり、その一言や行動に地味に一喜一憂するところからも、特別に思っていることは千敦も何となく分かっていた。

 どういう意味での特別なのかは千敦の知るところではない。

 莉穂は千敦の視線に気づくと、慌てて咳払いをしてからどうかしたか? 関岡。と極めて冷静な声で尋ねてくる。


 「いや……佐渡ヶ谷先輩って、うこのこと好きなんだなぁって思っただけです」


 千敦が至って普通に答えると、莉穂の顔は一気に赤くなり顔を深く俯ける。


 「す、す、好きだなんて、そんなつもりはないが……」


 莉穂の声は上擦り、目線も辺りを彷徨っていて、かなり動揺しているのが分かる。いつもは冷静で落ち着いた大人な女性という感じなのに、今は赤い顔をして1人であたふたしている。そういうところは年相応で、ちょっと上から目線だけど可愛いなと思ってしまった。


 「違ってましたか?」


 長い間。


 「……いや、関岡の言う通りだ。私は高城を特別に見ている。ただ、好きというと、やや語弊があるな」


 少し低い声で淡々と話す様はいつもの莉穂だった。けれど顔は依然として赤く、その様子に千敦が小さく笑ったら、即座に笑うな。と怒られてしまった。


 「私は1人っ子だし、こういう性格だから下級生に懐かれる体質でもない。そんな中で高城だけは普通に私に懐いてくれた」

 「まぁ、あいつは誰にでも話しかけるし、色んな意味で距離が近いですからね」

 「高城は……私にとって妹みたいな存在なんだ。だから、その……あんまり他の奴と仲が良いと、何だか妹を取られたみたいな、そんな気がしてな」


 そう言って莉穂は照れくさそうに笑う。その何気ない微笑みは女神のように美しく、千敦は思わず呆然と見惚れてしまったが、すぐに口元を押さえされてしまったためきちんと見れなかった。


 「せっきー、サド先輩ー!」


 声のする方を見ると、廊下の端でうこが左右に大きく手を振っている。


 「行くか、関岡」


 莉穂の声は穏やかで、その目もとても優しい。


 「うぃす!」


 関岡は大きく頷くと、莉穂と共に廊下の端に向かって走り出した。

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