第3幕 シーン3

 「説明は終わったのか?」


 突然後ろから声がしたので驚いて振り返ると、黄色に染まった剣を持って莉穂が立っていた。その剣は見た目は一般的な西洋の剣に近いが、剣身の部分が莉穂の身長と変わらないほど長い。


 「サド先輩!?」

 「副部長!」


 うこと共に千敦は小走りで莉穂に近づく。


 「サド先輩が来てくれて本当に良かったぁ! 説明とか本当に無理!」


 うこは泣きそうな顔で莉穂の腕にしがみつく。突然うこにしがみつかれた莉穂は、かなり戸惑っている様子だった。けれど、千敦の存在に気づくと、わざとらしく咳払いをしてから、いつもの冷静な口調でどこまで説明したんだ? とうこに尋ねる。


 「とりあえずグレープまでは説明しました!」

 「他は?」

 「何も!」


 大きな声で自信満々に答えるうこ。そして、頭を抱える莉穂。

 自信持つところを間違えてるだろ。という言葉が喉元まで出かかったが、千敦はどうにか堪えて飲み込んだ。


 「それじゃちょうど近くにあるし、ニダヴェリールの説明からするか」


 莉穂がそう言った途端に、うこがあぁぁぁぁっ! と突然大声で叫ぶ。


 「それだ! ニダヴェリール! ニダベだ、ニダベ!」


 うこはど忘れしていたことを思い出せて嬉しいのか、近くにあった消火器が入っている金属製の箱を思い切り叩く。


 「何? ニトベ?……なんかどっかで聞いたことがあるような名前だけど」

 「新渡戸稲造か? 旧5千円札の人のことを言いたいならばな」


 別にボケたつもりはなかったのだが、莉穂にツッコミを入れられてしまった。そんなやり取りをしていると、うこがいきなり手を上げる。


 「サド先輩! ニダベのやり方教えてもいいですか?」

 「あぁ、別に構わないが。いや、ちょっと待ってくれ!……んー……あー……すまない。やっぱり教えてやってくれ」


 二転三転したが結局莉穂はうこに教えることを許可した。途中何やらぶつぶつ言っていたのが気になったが、結果教えてくれるというのだから良しとすることにした。


 「……えっとね、これはニダヴェリール。うちらは略してニダベって呼んでるんだけど、とにかくこいつはすっごい大切なもので、これがないとうちらは武器を出せないの」

 「えっ? ここから出てくんの?」

 「そうだ。ニダヴェリールはこの消火器と、数は少ないが消火栓でも同様のことができる」


 千敦はまじまじと消火器、もとい消火器が格納された赤い箱を見つめる。どう見ても、その辺にある消火器入れにしか見えない。これで武器が出る。と言われても、千敦はまだ少し納得できていなかった。


武器が出る。ということ自体、とても非現実なことなのだが、学校の地下にあるヴァルを思い出すと、受け入れられなくはない。


 「こればっかりは見たほうが早い。高城、実際にやって見せてあげてくれ」

 「了解!」


 うこはスカートのポケットから千敦がもらったのと同じ、銀色のICカードを取り出す。うこのカードにはピンク色の字で、Balderと書かれていた。


 「もしかして、これってみんな持ってるんですか?」

 「当たり前だろ。これが武器になるのだから、なければ戦えない。ただ、逆を言えば……このカードに選ばれたから、私達は戦っているとも言えるな」


 莉穂は少しだけ寂しそうに笑う。

 千敦と同様に莉穂やうこも選ばれたから戦っている。誰も望んで戦っているわけではないし、当然死にたくもない。こんなのに選ばれるくらいなら、その運を少しでも宝くじやロト8にでも回したい。切実にそう思う。

 莉穂も制服の胸ポケットから、銀色のカードを取り出す。そこには黄色の字で、Freyrと書かれていた。


 「そういえばこの文字って何か意味があるんですか?」

 「それは私も分からない。とりあえず皆、武器の名前だと思っているよ。ちなみに私のはフレイ、高城のはバルドル。そして関岡のはオーディン……前に愛が使っていたものだ」


 愛。という言葉に反応して、千敦はすぐさま胸ポケットに手を伸ばしたが、カードの固い感触がなかった。ズボンの腰ポケットを漁ってみるが、左右のどちらとも入っていない。ちなみに左ポケットには、さっき貰ったたまご型のギャルが入っていたが、今は必要ないので無視。


 焦っている千敦の様子に、もしかして失くしたんじゃないだろうな。と莉穂の目が無言で圧力をかけてきたとき、お尻の辺りに手をやったら何か固いものに触れた。前ではなくお尻のほうだ。ということで尻のポケットを探ると、見覚えのある銀色のカードが出てきた。自然と千敦の口から安堵の溜め息がこぼれる。


 「……良かったぁ」

 「それはこっちの台詞だ」


 当然だが莉穂に睨まれた。千敦はただただ笑って誤魔化す。その後、これは余談だが。と前置きしてから、他のメンバーが持つ武器の名前も教えてくれた。それよると朱梨はValkyries(ヴァルキリア)で、沙夜子はVida(ヴィーダル)。祐美はThor(トール)で、そして室木先輩はAndvarinaut(アンドヴァリナント)いう武器名らしい。


 「少し話が逸れたな。高城、今度こそ頼む」

 「はーい!」


 うこは幼稚園児並みに元気良く返事をすると、改札を通るときみたいに銀色のカードを消火器の上に置く。すると、カードが吸い込まれるように消えていく。はぁ!? と千敦が驚いているのも束の間、入れ替わるように剣の塚が消火器入れの上から音もなく現れる。


 うこはその塚部分を掴むと、まるで芋掘りのように勢い良く引っこ抜いた。手には昨日見た、ピンク色の枝分れしている変な形の短剣がある。


 「すげぇぇぇぇ!」


 と千敦が驚きの声を上げると、うこは照れくさそうに笑いながらペン回しのように短剣を指だけで回して弄ぶ。


 「せっきーもやってみなよ!」


 うこに軽く促されて、いざ自分も消火器にカードを置こうとした瞬間。それを邪魔するかのように左のポケットが震えだした。


 「…………関岡の【終末を教える角笛】(ギャラルホン)が鳴ってるな」


 どこか気まずそうな莉穂の声に、千敦は一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに気がついて左のポケットから、さっき無視した機械を取り出す。


 確か染谷先生もギャル何とかと言っていたし、これしか思い当たるものがなかった。ちなみに千敦のもらったもの赤色で、朱梨のは確か緑色だった。だが、何度見てもたまご型の何かを育成するおもちゃにしか見えない。


 「そういえば何なんですか、これ? 説明しようとしたらこれが鳴り出しちゃったんで、結局分からないままなんですけど」


 「それはギャラルホンと言って、校内にトロールが出現した際、その位置を教えてくれたり、あとは単純にヴァルハラと連絡するときに使っている」

 「みんなは、ギャルとかギャルホンとか呼んでるよ」


 要は携帯みたいなものらしい。でも今のスマホというよりは昔流行ったPHS、でも更に昔に流行ったポケベルってやつに見た目は近いのかもしれない。とはいえポケベルなんて小さい頃に親が見せてくれたくらいで、使い方まではさすがに千敦も分からなかったが。


 「真ん中の赤いボタンを押せば通話できるんだよ」


 うこに言われた通りに中央の赤いボタンを押すと、振動が止まって染谷の声が聞こえてきた。


 『ギャラルホンの使い方が分かったようですね』

 「あっ、はい……まぁ、まだちょっと微妙ですけど」

 『それは追々で大丈夫ですよ。それより関岡君、早速武器を出してみましょう。ちょうど廊下の角を曲がったところに新たなトロールが出現しました』

 「はい!」


 千敦が気合を入れて答える。


 「楽しみにしてるね、せっきー!」

 「えっ? あぁ」


 うこはいやに楽しそうに笑っているが、一方の莉穂は複雑そうな眉を顰めている。そのことを不思議に思っていると、染谷に今は集中しましょう。と軽く注意されてしまう。色々思うことはあるけれど、とにかく集中しなきゃ。と、千敦は息を吐き出しながら精神統一を図る。


 ふと、うこはさっき普通に武器出してたような。とも思ったが、それは慣れているからかもしれないしと考え直し、千敦は雑念を捨てて集中する。


 『それでは、ニダヴェリールの上に静かにカードを置いて。心に身を任せたまま叫ぶのです』

 「はい」


 千敦は言われるままに、消火器入れの上にカードを置く。そして、自分の心に浮んだ言葉をそのまま口に出した。


 「……来い、俺の相棒! 共に戦場を駆け抜けるぞ、オーディン!」


 千敦の熱い言葉に反応するようにオーディンがゆっくりとその姿を現す。その柄の部分を掴んで引き抜き、1回転させてから自分の肩に立て掛ける。


 決まった! と内心思ったが、1拍置いてから甲高い笑い声が辺りに響き渡った。


 うこは腹を抱えて笑っているし、莉穂も顔を深く俯けているものの、肩が思い切り震えている。ギャルの向こうからは染谷の穏やかな笑い声と、かすみのバカにするような笑い声が聞こえてくる。


 「へっ?」


 訳が分からず千敦が呆気に取られていると、染谷が笑いながら説明してくれた。


 『ふふっ……すみません。これも定例行事なものですから』

 「ど、どういうことですか?」

 「関岡は染谷先生に騙されたんだよ。今さっき高城のを見ただろ? 本来はただカードを置くだけで武器は取り出せる」


 と莉穂が種明かしをしてくれた。 


 「はぁぁぁぁっ?!」


 理不尽すぎる仕打ちに千敦は吠える。うこがいやに楽しそうにしていたり、先ほど莉穂が複雑そうな顔をしていたのも、千敦が恥ずかしい台詞を言わされることを知っていたからなのだと分かると、話が繋がる。


 「あはははは! 超少年マンガ! マジでジャンピに出てきそう!」


 うこは未だに腹を抱えて笑っている。


 『今のはちゃんと動画で録画してあるから、後でみんなで鑑賞会するよ』


 悪びれた様子もないかすみの声が、傷ついた心に塩を押し込んでくる。

 完全なイジメだった。


 『これは全員やっていることですから。いつから始まったのかは、私も覚えてないですが』

 「えっ? それじゃうこや副部長もやったんですか?」

 『やったよ。うこは確か……』


 千敦がうこの方に顔を向けると、突然笑い声が止まる。途端に引き攣った顔つきになり、ちょっと待って、かすみん!と止めに入る。が、1歩遅くかすみははっきりと口にした。


 『俺のこの手が光って唸る。お前を倒せと輝き叫ぶ、だっけ? 関岡と似た感じの台詞を言ってたよ』

 「もうっ! 待ってって言ったのに…………それは、当時ハマってたマンガの台詞だよぉ」


 余程恥ずかしかったのか、うこは顔を真っ赤にしてつま先で床を弄りながらいじけている。その様子が普通に可愛くて、胸と少しだけ下半身にグッとくるものがあった。


 『あとは佐渡ヶ谷だけど、これがまた傑作でね! 顔に似合わず、リリカルマジカル――』

 「敵が出現しているんだ、早く行こう!」


 莉穂はかすみの言葉を真剣な口調で遮ると、千敦の持っているギャルを奪って強制的に通話を終了させた。それからギャルを返すと、早足で敵がいるという廊下の角向へと行ってしまう。千敦は莉穂が何を言ったのか気になったが、敵がいるというのに悠長にしている場合でもなかったので、千敦とうこはその後に続いた。


 けれど、どうしても気になったので小声で横を走るうこに聞いてみた。


 「……なぁうこ。副部長がなんて言ったのか知ってる?」

 「知るわけないじゃん。私だって最近アースガールズになったばかりだよ?」

 「そっか」


 などと小声でやりとりしていると、うるさいぞ、そこ! と振り返りざまに莉穂から注意された。


 心なしかその顔は赤みを帯びているように見えたが、すぐに正面に戻されてしまったので、はっきりとは確認できていない。そうして武器を持ったまま廊下を走っていると、千敦は思ったよりも武器が軽いことに気がついた。


 千敦が取り出したオーディンは、槍型の武器なので当然リーチは長く、棒の部分だけでも1m以上ある。また、刃の部分も剣のように幅がありやや長めなので、それも合わせると2メートルは超している。


 それなのに金属バッドを持っているくらいの感覚で、見た目と重さが全く比例していなかった。すげぇな、これ! と千敦が1人で勝手に感動していると、角を曲がって少しいったところにあの化け物の姿を発見した。


 怪物、泥人形、パペットマン。表現方法は様々あるが、とりあえず染谷達の中ではトロールと呼んでいる。運が良いのか今は1匹だけしかいない。


 「関岡はそこで待て」


 と莉穂に指示されて、千敦は一旦その場で足を止めた。すると、莉穂とうこはそのまま敵に突っ込んでいく。だが倒すのかと思いきや、2人は左右に分かれた。トロールはその動きに翻弄され、忙しそうに左右を見回す。その隙にうこがトロールの後方に回り、短剣のバルドルで右腕を切り落とす。バランスを崩したところを、莉穂が長剣のフレイで両足を切り落として動けなくさせる。


 「1体くらいは速攻で倒してくれないと困るんだが、初戦だからな」


 どうやら莉穂達は千敦のために戦いやすくしてくれたらしい。


 トロールは上体をくねらせてもがいている。見た目的にあまり良いものではない。でもこの状態で倒せなかったら、瀕死の奴でもない限り倒せそうにない。千敦は生唾を飲み込んでから、少し緊張した面持ちでオーディンを構える。


 が、その後どうしていいか分からなくて、しばらく構えたままの格好で固まっていた。


 「……あの、これってどうしたら倒せるんですか?」

 「普通に胸を貫けば?」

 「とりあえず急所は人と同じだ。まずは関岡が思ったようにやってみろ」


 適当すぎるうこのアドバイスと、という莉穂の力強い助言を聞いて、千敦はもう一度オーディンを構えると、意を決して1歩踏み出して勢い良くトロールの胸元を貫いた。

 グサッ。っと音がした。まるで土の塊に木の棒を突き刺したような音と感触。


 けれど、ロールは苦しそうに顔を歪めると、大声で叫ぶように口を開く。それから砂の城が崩れ去るが如くその場で体が溶けて、廊下の床に沈んで消えていった。

 こうして千敦は無事に初戦を終えた。



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