第3幕 シーン2
「はいはい、楽しいお喋りはそこまで。そろそろミーティングするよ」
「……どうやら室木以外は全員いるみたいだな」
辺りを見回して人数を確認する莉穂。
「えっ? 室木先輩もアースガールズなんですか?!」
「あぁ。だがあいつは部活と同様にこちらも不真面目でな、あまり戦闘には参加しない。全く……どこでサボってるんだか」
莉穂は顔を顰めると小さく溜め息を漏らす。
室木先輩こと、
去年見学ついでにこの学校の文化祭に来たとき、たまたま覗いた演劇部の公演では火魅が主役をやっていた。
それにしても、アースガールズは祐美以外は全員演劇部の人間なので、もしかしてその為に作られた部活なんじゃないか? という疑問が千敦の脳裏を掠めた。なので思ったまま口にすると、染谷が穏やかな笑みを浮かべながら答えてくれた。
「そういう時代もあったと思いますが、最近は自然に集まってくれてますね。それもまた何かの因果なのかもしれません…………とはいっても、戦闘しているところを見られても、演劇部な演技してたってことで誤魔化せそうですし」
朗らかに笑う染谷。千敦はいや、絶対に誤魔化せねぇから! と心の中でツッコみを入れる。
「余談はここまでにして、本題に入りましょうか。関岡君には早速今日戦ってもらいます」
「えぇぇぇぇぇぇ! いきなりですか!」
千敦は驚きの声を上げる。別に戦う覚悟がないわけではない。もう心は決まっているし、今更逃げる気はない。けれど、こんなに早く戦うことになるとは思っていなかった。
きっと研修みたいな、お試し期間的なものがあるのかなと安易に考えていたら、ぶっつけ本番タイプらしい。傍から見るとかなり動揺していたように見えたのか、染谷は少しだけ困ったように笑う。
「勿論1人ではないので安心してください。ちゃんと補佐をつけますから」
その言葉に思わず安堵の溜め息が漏れる。
「それに慣れてきても基本2、3人で行動してもらいます。1人はさすがに危険なので」
意外に慎重なんだなと千敦は思ったが、いくら生き返るといっても死ぬ可能性がある戦いなので、それぐらいして当然だよな。と考え直す。
「では高城さん。教育係として関岡君に色々教えてあげてくれませんか?」
「うえぇぇぇぇぇ! う、うち? いや、無理無理無理! 本当にそういうの絶対無理だから!!」
突然指名されたうこはかなり混乱した様子で喚いている。
「落ち着いてください、高城さん。補佐として佐渡ヶ谷さんもつけますから」
「えっ? 私もですか!」
まさか指名されると思っていなかったからか、珍しく莉穂がうろたえている。だが、莉穂はうこの方を一瞥すると、少しだけ嬉しそうに口元を緩める。その様子が千敦は少し気になったが、この場で指摘するの憚られて特に何も言わなかった。
「さすがに1年生2人では心配ですからね」
「……そうですね。さすがに高城だけではまだ危険ですしね」
莉穂はすぐにいつもの冷静さを取り戻し、染谷の言葉に小さく頷く。やはり嬉しそうに見えるのは千敦の気のせいだろうか。
「あと、しばらくの間は阿部さん、勝野さん、松任谷さんというチームで行動してください」
染谷の言葉に一同が頷く中、恐る恐る1本の手が上げられ、あの! と横から声が入る。千敦が視線を向けると、手を上げたのは意外にも祐美だった。
「あの!……その教育係っていうのは私じゃダメなんですか?」
会話の流れを切って手を上げたのが恥ずかしかったのか、祐美の頬は珍しく朱に染まっていた。
「いえ、松任谷さんがダメということはないですよ。ただ、戦力的なバランスを考えると、この分け方が1番良かったというだけです」
「……そう、ですか」
的確な理由だと思ったが、祐美は未だに納得がいかないという顔をしている。
根が真面目で優等生タイプの祐美なので、教師の意見に反論するだけでもかなり珍しい。ましてや、やや不満げな顔つきを見て千敦は少し驚いた。すると、かすみがそれなら半分に分けたらいいんじゃない? と突然提案する。
「戦闘のことは高城が、それ以外を松任谷が教えれば? 全部1人で教えるってなると、只でさえバカな高城がテンパりそうだし」
「かすみん、ひどい! 私、バカじゃないし! 本当はすごいんだからね!」
うこは胸を張ってバカ丸出しの言い訳をする。うこの言い分にツッコミを入れる者は皆無で、祐美は少しの間考え込んでから、染谷先生が良ければそれで構いません。とかすみの意見を受け入れた。
「染谷先生、別に問題ないですよね?」
「えぇ、構いませんよ」
あっさりと許可が出たので、千敦がよく事態を飲み込めないまま戦闘はうこが教え、それ以外のことは祐美が教えてくれることになった。別にどちらが何を教えてくれても構わないのだが、うこの場合は何をするにしても不安が残る。その為の副部長様だと思うので、とりあえず染谷先生GJと言いたい。
「では高城さん。まず最初に、【終末を教える角笛】(ギャラルホン)の説明をしてあげてください」
染谷はいつの間にか、手にたまご型の育成おもちゃのような機械を持っている。それは千敦も何度か見たことがあるもので、朱梨やうこ達が持つものと色違いだった。うこはやや挙動不審な動きで染谷の元に行くと、早足に千敦のところへ戻ってくる。それからはい! と笑顔で渡されたので、とりあえず受け取った。
「そういえば、何なんだこれ」
と千敦が小首を傾げて手の中にあるそれを見つめていると、まるで言葉に反応したかのように鈍く震え出す。突然のことに驚いて落としそうになってしまった。
けれど、たまご型の機械に共鳴するように、ヴァル内に警報音めいた音が鳴り響く。千敦以外の全員が一斉にテレビ画面の方を向く。それを見て、千敦も慌ててテレビの方を見ると、区切られた画面の一角が赤く染まって点滅していた。
最初は一箇所だけだったのに、次々と赤い場所が増えていく。
「ある意味グットタイミングですね……とりあえず佐渡ヶ谷さん達は北校舎の3階化学室付近へ。阿部さん達は南校舎の1階3年生の廊下前へ向かってください」
染谷は特に慌てることもなく、落ち着いた様子で次々に指示を出す。
「了解しました!」
と千敦以外の全員の声が綺麗に合わせる。
「後の指示はいつものようにギャルで送るから、みんなよろしく」
そう言うとかすみは素早くパソコンの前の席に移動して、何やら慌ただしくキーボードを叩く。祐美、朱梨、沙夜子チームは先に走って部屋を出る。千敦は全く流れについていけず立ち尽くしていると、いきなり誰かに手首を掴まれた。
「うおっ!」
驚いて振り返ると千敦の手を掴んだのはうこで、目が合うと相変わらず人懐っこそうに笑う。うこは誰に対しても気後れすることがないし、人との距離をいきなり詰めてくる。それはすごく良いことなんだが、中にはその行為に対して期待してしまう奴もいる。特にクラスでも存在感が薄く大人しい性格の、あまり人間関係に積極的ではない男子には、ご愁傷様と言いたくなる。
「うちらも急ご!」
うこが少し乱暴に手を引いて走り出す。千敦は引っ張られるようにして、走りだそうとしたが、突然染谷に名前を呼ばれた。
「関岡君」
「は、はい!」
千敦は反射的に立ち止まる。顔だけ後ろに向けると、染谷は予想外にも真剣な顔をしていたので少し驚いた。
「関岡君。戦闘にはくれぐれも気をつけてくださいね」
「了解です。って言っても、元々無茶するつもりはないですから」
そう言って頭を掻きながら苦笑する千敦。染谷は目線を逸らし言い及んだが、やがて徐に口を開く。
「…………関岡君は、この戦いで死んだら生き返れない、と思ってください。酷なようですが男子の例がない分、絶対の保証がないのです。ですから皆さん以上に無茶はしないでください」
とても穏やかな口調だったが、染谷の言葉が深く胸に突き刺さる。不意に愛が死んだとき光景が鮮明に蘇る。
いつか、自分もあんな風に死ぬときがくるのかもしれない。でも逃げることは許されず、戦う以外に道はない。ましてや生き返れる保証がないというおまけ付き。やっぱりすごい事に巻き込まれちまったな。と、千敦は小さく溜め息を吐きながら苦笑する。
ただ、生き返っても今まで得た感情を失ってしまうなら意味がない。
この16年間、楽しさも苦しさも辛さも喜びも、不意打ちで起こるラッキーエッチシーンでグッときたことも、全て搔き消えてしまうのならば、それはもう死んだも同然。それに、戦うことから逃げられないならば、どんなに見苦しくても足掻いて生き抜くしかない。
未だ鳴り止まない警報音が耳障りだった。微かに手が震えだす。千敦は思わず繋がっているうこの手を強く握り締める。すると、うこがしっかりと手を握り返してくれた。
「……せっきー、大丈夫?」
珍しく不安がちに揺れるうこの瞳。千敦は安心させるように力強く頷いた。
「あぁ、全然平気だ。やるしかねぇなら、もうやるしかねぇじゃん!」
「うん、そうだね……せっきー、行こ!」
うこは歯を見せて笑うと、千敦の手を引きながら走り出す。顔だけ後ろに向けると、ちゃんと莉穂も追いかけてきてくれたのが見えて安堵する。手を引かれてヴァルから出ると、すぐにエレベーターホールに辿り着く。昨日はここから、昇降口近くの女子トイレまで送ってもらった。
「またこれに乗るのか?」
「うん。でも今は戦闘モードだから昨日のとは訳が違うよ」
うこはなぜか歯を見せて楽しそうに笑う。千敦は意味が分からなくて顔を顰めていると、後ろからお前達2人で先に行け。と莉穂の声が聞こえてくる。エレベーターの定員が何人かは知らないが、確かに3人乗るとかなりきつい。
とはいえ、今は緊急事態なんだし乗ってもいいんじゃないの? と思いながらも、千敦はうこと一緒にエレベーターに乗り込んだ。
うこはすぐさまボタンを押すと、扉が閉める。千敦に身を寄せてきたため、微かに2人の腕が触れ合う。シャンプーの匂いなのか、女の子らしい甘ったるい香りが鼻を掠めて、自然と千敦の胸の鼓動が早くなる。
うこは未だ楽しそうに笑いながら、戦闘用は超早いんだよ、これ。と弾んだ声で言った。うこの言葉に反応したようエレベーターが大きく揺れ、本当にものすごい勢いで上昇していく。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
千敦は叫ばずにはいられなかった。
タワーハッカーの逆バージョンといった感じで、確かにこの早さで3人乗りだと、千敦にとっては嬉しいことしか起こらない。ともかく、色んな意味で大変な乗り物だった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
千敦が叫び終わる頃には、地上に到着していた。そして上昇の勢いがすごかったからか1mくらい体が宙に浮いた。その浮いた状態でうこはトイレのドアの上枠を掴むと、自分の体を引っ張り上げて、器用に天井とドアの隙間を通り抜ける。
まるでどごぞの雑技団のような体術を呆然と見つめていると、床に降り立ったうこが大声で叫ぶ。
「せっきー、早くトイレから出て! サド先輩が来れない!」
その言葉で我に返った千敦は慌ててトイレから出る。すると、1分もしないうちに莉穂がトイレから出てきた。さすがに莉穂は背が高いからか、うこのようなことはできないらしい。
「私は先に行く。高城は【神々の聖櫃】(ニダヴェリール)とか、諸々の説明をしながら来い」
そう言うと莉穂は駆け足でトイレから出て行く。女子トイレに残されたうこと千敦。今更ながら妙な組み合わせだなぁ。と思っていると、うこはまた千敦の手を引いて走り出す。トイレの外に出ると、莉穂の姿はどこにもなかった。現在千敦がいる北校舎は、元々人気が少ない場所なのだが、それにしても人がいない。
「さっすがサド先輩。もうグレープしてあるし! マジ仕事速えー!」
「グレープ? なんだそりゃ? 果汁でも絞るのか?」
「違うよ! はい、ここ注目!」
うこが偉そうに咳払いをし、廊下の白い壁につけられているものを指差す。千敦にはどう見ても裏に磁石があって、黒板にプリントを貼り付ける丸いあれにしか見えなかった。
「これは【聖域の境界線】(グレイプニール)、略してグレープね」
「だからそのグレープが何なんだよ。っていうかさ、これ取られたりしないの?」
「取れないよ。だって、普通の人には見えないし」
「へっ?」
予想外の答えということもあり、間の抜けた声が出てしまった。
「詳しい理屈は忘れたけど、1つだけなら誰でも見えるらしいよ。ただ、複数つけちゃうと普通の人は見えなくなるんだって。不思議だよねぇ。あっ、もちろんうちらは見えるよ」
「は、はぁ……」
ものすごく曖昧な説明だったか、千敦は空気を呼んでとりあえず頷いておいた。
「それでね、このグレープをすることで人避けができるの! それに、グレープの中にいる人間の姿は見えなくなるし、おまけに防音機能もあるんだって。どう? すごいっしょ!」
うこは自慢げに鼻を鳴らす。別にうこが作ったわけじゃないだろ。と言って千敦は苦笑する。
「それとねぇ……」
突然うこが辺りを見回しだす。そして何か見つけたのかあっ! と声を上げると、小走りで消火器のところへ向かう。そして千敦の方に向き直ると、嬉しそうに笑いながら大きく手を振る。どうやらこっちに来い、ということらしい。
千敦は小さく溜め息を吐いてからうこの元に向かった。自分は猫派なので詳しくは分からないが、きっと犬を飼ったらこんな感じなんだろうなと思って密かに笑った。
「はい。次はこれね!」
うこが声を弾ませながら消火器入れを叩く。まるで新しく買ったおもちゃを早く自慢したい、そんな子どもみたい顔をしている。とりあえず、千敦は話だけでも聞いてやることにした。
「消火器がどうかしたのか?」
「これはねぇ…………えっと、何だったっけ?」
お笑い芸人のように千敦はその場でコケる。
「おいおい、俺の教育係なんだろ? しっかりしてくれよ」
「ごめんごめん。あー……さっきサド先輩が言ってたのに、ど忘れしちゃった」
うこは誤魔化すようにニヒヒと笑う。
その顔を見たら千敦は怒る気も失せて、深く息を吐き出しながら項垂れる。別に期待はしていなかったが、まさかこれほどまでとは思わなかった。どうやら自分は
うこを甘く見すぎていたらしい。もちろん悪い意味で。
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