第2幕 シーン5

 「……今日はここまでにしておきましょうか」

 

 染谷の温和な声がやけに部屋に大きく響く。千敦は未だに呆然としていた。目の前には染谷と大きなスクリーン。そのスクリーンには、最初見たときと同じく、学校の至る所の様子が映し出されている。それは一定時間で違う場所に切り替わるようで、次々に色んな場所が映し出される中、ある画面が千敦の視線を奪う。

 

 小さな画面に愛が死んだ夢を見た、あの階段の踊り場が映し出されていた。心臓が跳ねる。嫌な予感がして背中に悪寒が走った。

 

 不意に、夢で見た光景が千敦の脳裏で再生される。

 愛がアースガールズだったとしたら、さっきの化け物とあの階段の踊り場で戦っていたのだとしたら、何も知らない一般人の千敦が戦闘中に突然飛び込んできた、ということになる。後は想像でしかないが、あのとき化け物は千敦を襲おうとしていて、そのことに気づいた愛が化け物と千敦の間に割って入り、攻撃から千敦を庇って負傷した。


 そう考えると色々と辻褄が合う。なぜ愛が千敦を庇ったのかは分からなかったが、その疑問はすぐに解決できた。答えは愛自身が発しいた。愛は最期に言った、千敦のことが好きだと。単純に好きな人だから千敦のことを庇ってくれたのだ。

 

 千敦に向かって必死に伸ばされる手、ズボンから染み込んで伝わる生温かな血の感触、弱々しい声で自分の名前を呼ぶ愛の声、あのとき初めて千敦。と下の名前で呼ばれた。握り締めたときに感じた柔らかな手の感触、告白し終わった後に見せた愛の満足そうな笑み、ゆっくりと閉じていく瞳、力を失い床に落ちる手。少しずつ熱を失って冷たくなっていく。


 告白されたとき、千敦は何も言い返せなかった。ましてや、愛が自分を意識していたことにも全く気づいていなかった。そもそも千敦が安易に愛の元へ駆け寄ったりしなければ、愛の姿に気がつかなければ、きっと死なずに済んだ。


 関岡千敦は、馬鹿で能天気で無力で鈍感な最低野郎だった。

 感情に任せて机が悲鳴を上げるほど強く叩くと、千敦は勢い良く椅子から立ち上がる。それから必死に声を振り絞り、部長は死んだんですか? と染谷に尋ねた。


 「はい……宮島愛さんもアースガールズでしたから」

 「それじゃ……さっき俺が見たことは、全て現実に起きたことだったんですか?」

 「そうです。ただ、先程部活で会ったと思いますが、彼女は今現在生きています」


 染谷の言う通り千敦は部活で愛に会っている。どう見たってあれは愛だったし、普通に2本足で立って喋っていた。それなのに千敦の目の前で愛が死んだのも、また現実だと言う。千敦はもう何が夢で何が現実なのか分らなかった。


 ただ、不意に熱い何かが胸に込み上げてきて、それを吐き出さずにはいられなかった。


 「あれは部長じゃないんですか? それともあの部長は染谷先生達が作り出した偽者ですか? そうじゃなければこれは全部夢で、さっき化け物に襲われたのも含めて悪い夢で、朝起きたら俺はベッドの下に転がり落ちてて、学校に行ったら部長もみんなもちゃんといて、全部いつも通りで……それから、それから――」

 「千敦! もういいよ……」


 祐美が抱きつかれたため言葉が遮られた。千敦はふと昔のことを思い出す。昔といっても小学校低学年の話だが、幼い頃の千敦は高ぶる感情を抑えることができず、そのせいで色々といざこざが絶えなかった。でも祐美と一緒にいるときは、いつも千敦のことを抱きしめて止めてくれた。そのお陰で、殴り合いにならずに済んだことが何回かある。


 「落ち着け、関岡」

 凜とした莉穂の声が部屋に響き渡り、千敦はようやく我に返った。一気に喋ったせいか少しだけ息が上がっている。莉穂は小さく溜め息を吐くと、お前が会った愛は本物だよ。と諭すような優しい口調で言った。穏やかな声に千敦は多少落ち着きを取り戻す。


 すると、事を察したのかゆっくりと祐美が体を離し、元いた自分の席へと戻っていく。が、未だに心配そうな顔でこちらを見つめてくる。


 「部長は……ちゃんと生きてるんですよね?」

 「あぁ。愛は間違いなく生きているし本物だ。私達アースガールズは戦って死んでも、一度だけ生き返ることができる。どういう理屈でそうなるのかは明らかにされてないがな」

 「そうなんですね。まぁ……良かった、のか?」


 無意識のうちに千敦の口から安堵の溜め息を漏れる。


 「ただ…………日常生活の記憶はあるが、戦いに関する記憶は全て失ってしまうらしい。そして生き返ると、死ぬ前に得た感情は全てなくなってしまう」


 莉穂の言葉がいまいち理解できなくて、千敦は顔を顰めながらどういうことですか? と質問した。すると莉穂は一瞬辛そうに顔を歪めたが、すぐにいつもの冷静な副部長の顔に戻ると会話を続けた。


 「分りやすく言うと、今ま築き上げてきた人間関係がフラットな状態になる、ということだ。仮に愛に恋人がいたとして、その恋人と過ごした記憶はあるが、好きという感情は消えている、ということだ」

 「なっ!」


 衝撃の事実に千敦は言葉を失った。でも思い返してみると、先程部活で会ったときの愛はいつもと感じが違っていた。なんというか他人行儀な感じがした。それも感情がフォーマットされたせいで、知り合い程度の感情しかないのであれば、説明はつく。


 「これはあくまで極端な例だ。感情がないといっても、愛は私のことを友達だと認識している。それに一度死ぬとユグドラシルの力を失い、戦いに参加しなくてもよくなるしな」


 莉穂は少しだけ笑みを見せる。千敦にはそのことが信じられなかった。莉穂には失礼だが、この事実を普通に受け入れ、なお且つ納得できてしまうなんてどうかしてる、とさえ思ってしまった。


 「そんな! いくら記憶があっても感情がないなら意味がないじゃないですか!」

 「確かに記憶だけの関係はひどく曖昧で不安定だ。感情が上書きされてしまえば、私と愛の関係はすぐに変わってしまうだろう」


 莉穂は自身と愛の関係のことなのに淡々と語る。まるで他人事のように。


 「……なんでそんな風に普通に言えるんですか? だってこれじゃ、部長は生きてても別人じゃないですか! 副部長はそれでもいいですか?」


 かなりの暴言なのは千敦自身も自覚している。でも言わずにはいられなかった。内情を押し殺して笑みを浮かべられるような、そんな器用な人間ではなかった。


 「良いわけねぇだろうが、バカ! っうか……それ以上言ったら殺すぞ、てめぇ!」


 と千敦以上の暴言を発したのは当然莉穂ではなく、その横に座っている朱梨だった。朱梨は椅子から立ち上がり、千敦を睨んでいる。そして舌打ちをしてから口を開いた。


 「さっきから聞いてたら何なんだよ! そりゃ自分庇って部長が死んだんだから、色々と思うことがあるのは分かるよ。でもよ……愛さんとの付き合いが1番長い佐渡ヶ谷先輩のことも少しは考えろよ、バカが!」


 一気に捲くし立てたからか朱梨は荒い息を吐き出す。千敦はその気迫に押されてしばらく呆然としていたが、我に返ると色んなことが頭を駆け巡る。


 愛との会話が上の空だった莉穂、今日に限ってなぜだか会話が弾まなかったうことの帰り道、多目的室で1人泣いていた朱梨。沙夜子だって絶対悲しかっただろうし、同じ部活ではないが祐美は愛が死んだところを目撃しているので、何も思わないはずがない。染谷やかすみも大人だから感情は表に出さないだけで、生徒が亡くなったことを悲しまない人達ではなかった。


 ここにいる全員が悲しくて辛くて、遣り切れない思いを抱えている。

 朱梨が言っていたように、特に莉穂は3年間も愛と同じ部活にいる。クラスも一緒だからか、お互い信頼しあっているのが傍から見ても分かる。一言では表せない絆を感じる関係にあった。本当は千敦とは比べ物にならない程に、この現実が認め難く辛いに違いない。それでも弱音を吐かず、自分を奮い起こして立っているその姿は本当に立派で、千敦は心の底から莉穂のことを凄い人だと思った。


 「…………すみませんでした、副部長」


 千敦は莉穂の方に向き直ると、体の横に手をつけて深々と頭を下げる。


 「関岡が謝ることじゃない。お前は私の言いたいことを……いや、多分みんなが言いたかったことを言ってくれた」


 顔を上げると、莉穂は少しだけ笑っていた。先程は冷酷に見えたその笑みが、今は寂しそうに見える。


 「副部長は強いですね」

 「……弱いよ、私は。ただ、人より感情が隠すのが上手いだけさ」


 今まで笑みを作っていた莉穂の顔が一瞬崩れる。素早く顔を俯けてしまったため、今どんな表情をしているのか、千敦には知る由もなかった。

 そのとき突然手を叩かれて、全員が音がした方に顔を向ける。視線の先には染谷がいて、相変わらず優しげな笑みを浮かべている。


 「宮島さんが導かれて……」


 専門用語なので千敦が分からないと思ったのか、染谷は一旦言葉を止めて説明してくれた。どうやら戦いで死ぬことを、と言うのだ教えられた。


 「宮島さんが導かれてしまって、関岡君も混乱している状態なのに言うのも酷だとは思うのですが……私達と一緒に戦ってくれませんか?」


 突然染谷は笑うのを止めて、真剣な目をして千敦の方を見つめる。笑っていない染谷を見るのが初めてなので戸惑いながらも、これが冗談や遊びでないことは馬鹿な千敦でも分かる。だからこそ、即答できずに黙り込んでしまった。


 「問いかけたものの、残念ですが関岡君に拒否権はありません」

 「へっ?」


 染谷の予想外の言葉に思わず間の抜けた声が出た。


 「ユグドラシルに選ばれた者は戦わなければいけない定め。先程カードが光ったのは神に認められた証。だから戦ってもらうしか、関岡君には選択肢がないんですよ」


 染谷が優しく微笑む。今はそれがとてもどす黒い微笑みに見える。


 「えぇぇぇぇぇっ! ちょ、あの、いや、えっと……そ、それマジですか?」

 「はい、マジです」


 即答された。

 

 「……俺、戦い方なんて全然分からないし、その前に状況だって飲み込めてないんですけど」

 

 言い訳するように千敦は早口で捲くし立てる。

 

 「それでも戦ってください。選ばれた者しか武器が使用できない以上、戦ってもらうしかないのです。今まで戦ってきた子達のように……」

 

 染谷は笑った。だが笑っているのに悲しさで溢れていて、千敦の知らないところで色々あったであろうことは、何となく察しがつく。

 ふと、染谷先生は一体今までどれくらいの生徒を見守ってきたのだろう。と千敦は単純に疑問に思う。

 

 前にこの学校にはもう30年くらいいると聞いたことがある。その間ずっと見守ってきたのだろうか。もしかしたらこの学校に赴任する前から、少女達のことを見守ってきたのかもしれない。

 

 「いつ終わるとも知れない戦いですが、絶対に負けるわけにはいかないのです」

 「……染谷先生」

 

 染谷の真剣な眼差しが千敦を射抜くように見つめる。

 自分の教え子が戦う姿や、時には亡くなった姿を見てきたのだとしたら、染谷先生は本当に優しい人だから、もう生徒達を戦わせたくない。と何度も思ったに違いない。それでも心を鬼にして、無理を承知で千敦にお願いしている。

 

 それに、莉穂を含め演劇部員の女子達や、祐美だって戦いたくて戦っているわけではないはずだ。それに怖くないはずがない。それでも定めから逃げずに戦っている。ならば、千敦も染谷の思いと男として定めに応えたい。

 

 「俺、やります!」

 「関岡君……本当に申し訳ない」

 

 染谷が深々と頭を下げる。

 

 「そ、そんな頭なんて下げないでくださいよ! 染谷先生!」

 

 千敦は慌てて頭を上げてもらった。

 相変わらず事態はあまり飲み込めていないし、あんな化け物と戦うのはやっぱり怖いし、愛が死んだことを思うと気が進まない。だけど、自分を庇って愛が倒れたのなら、その代わりに引き継いで戦いたい。弔い合戦というと言葉悪いかもしれないが、敵を討つ為に戦いたいという気持ちはある。

 

 「……やっちゃいますよ、俺! この身が果てるまで戦い続けますから!」

 「いえいえ、戦うのは学校を卒業するまでで結構ですよ」

 「へっ?」

 

 即行で出鼻をくじかれた。人がせっかく決意を固めて若干決め顔までして言ったのに、染谷にあっさりと否定されてしまう。

 

 「ユグドラシル、学校を離れる者にはなぜか力を貸してくれないのです。ですから学校を卒業するまでで結構ですよ」

 「あー……そうなんですね」

 

 嬉しいような、結局嬉しくないような話に千敦は反応に困る。もっと色々聞きたかったのだが、突然かすみがそれじゃ今日はこれにて解散! 明日は17時くらいにまたここ集合。と連絡事項を言われてしまい、口を挟む暇すらなく解散になった。


 千敦は今日の起きたことを整理してみる。とりあえず、すごい事に巻き込まれたことだけは分かった。よく分からないけれど、戦わないといけない定めなので、まずは化け物と戦う。それから愛が一度死に、生き返ったけれど、自分に対して何の感情も抱いていないということも分かった。


 愛はもう千敦のことを好きではない。今まで愛のことを意識したことすらことなかったのに、その事実が思っていた以上にショックで胸が痛い。それにショックに思っている自分にも何だか苛つく。好きだと告白されたから意識しているみたいで、釈然としない。


 「あー、クソっ! 全然頭ん中が整理がつかねぇよ……」


 下駄箱から自分の靴を取り出すと、八つ当たりするように靴を床に叩きつけた。あの後、司令室みたいな場所から、専用エレベーターで昇降口の近くまで送ってもらった。千敦以外の女子達は思い思いに2、3組に別れて帰っていった。


 その中に紛れて途中まで一緒に帰ってもよかったのだが、何だか今日は1人で帰りたい気分だった。

 けれど、床に叩きつけた靴に足を入れようとしたそのとき、前の方から名前を呼ばれた。顔を上げると、少しだけ荒い息を吐き出している祐美がいた。


 「祐美? 佐渡ヶ谷先輩と帰ったんじゃなかったのか?」

 「うん。まぁ、そうだったんだけどさ……ちょっと、ね」

 「何がちょっとなんだよ」


 僅かな沈黙。


 「もうっ! そんなことどうでもいいでしょ! とにかくさ、一緒に帰らない?」

 「えっ? お前と?」

 「何? 私じゃ不満なの?」


 祐美が顔を顰めながら軽く唇を尖らせる。千敦はそんな祐美を上から下まで一通り眺めた後で、ゆっくりと口を開く。


 「うーん……まぁ胸には不満があるかなぁ」


 殴られた。物凄い力で。全力で殴られた頬を押さえながら、千敦は自転車を押す祐美の隣を歩いている。 せっかく自転車があるんだから2人乗りしようぜ、と提案したら、生真面目な祐美に却下されたため歩きになった。


 ちなみに千敦は電車通学なので、こうして自転車で帰ることは殆どない。そもそも家から学校は距離があるし、朝から2時間近くも自転車を漕ぐ気には絶対になれなかった。


 幼なじみなので、祐美も同じくらい自転車通学に時間がかかるのだが、頑なに電車通学しないのには理由がある。


 彼女の家は少し貧しいのだ。生活に苦しんでいる程ではないが、カレーにはウインナーが入っているし、買い物は全てタイムセールという生活をしている。祐美も実家が貧しいとは言えないので、倹約家なの。と言って誤魔化している。ただ、節約することは悪いことではないし、なにせ祐美の家は祖父祖母なしで13人家族、というかなりの大所帯なので、あまり贅沢なことはできないらしい。


 祐美との付き合いは長いこともあり、倹約家ということについて千敦は何とも思っていない。

 結局祐美の家に着くまで1時間半近くかかってしまい、辺りはすっかり暗くなってしまった。本来は2時間かかるのだが、途中で歩くのが面倒になった千敦が、祐美をどうにか説得して、途中2人乗りをして家まで帰ってきた。


 本当は2人で一緒に帰るのは久しぶりなので、ゆっくり話をしても良かったのだが、情けないことに如何せん足が痛くて歩いていられなかった。


 「ほら、着いたぞ」

 「うん。ありがとね……千敦」


 家の前に着いたので2人して自転車を降りる。

 高校に入って以来、久しぶり見る祐美の家は何とも言えず趣がある。自然災害には絶対に堪えられそうにない木造建築。全体的にやや傾いていて、おまけに手書きの表札も傾いている。家の前には、誰も盗まないだろう、えらく錆びついた自転車が2台止めてある。


 間。


 「……祐美。今度さ、弟達連れてうちに飯食いに来いよ」

 「へっ?」

 「前はよく来てたじゃん」

 「さ、それはすごい昔の話でしょ?!」

 「とにかくお前さえ良ければいつでも来ていいからな」


 千敦は昔のクセで祐美の頭を撫でようとしたが、直前のところで振り払われてしまった。


 「ちょ、ちょっと! そういうのは中学生までにしてよ。いや、中学の頃も十分恥ずかしかったんだけどさ……」


 顔を真っ赤に染めて俯く祐美。その様子に、千敦は女の子に対して気軽にすることじゃなかったなと反省し、ごめんごめん。と軽い調子で謝る。


 「でも……ありがと」


 祐美は顔を俯けたまま呟いた。


 「へっ?」

 「昔みたいにそう言ってくれて、ちょっと嬉しかった」


 祐美は顔を上げると、結構身長差があるため千敦を見上げながらはにかむように笑う。昔から全く変わらない笑み。そのはずなのに、今は見違えるくらい大人びた微笑みで、素直に綺麗だと思った。


 思わず胸が大きく高鳴ったが、すぐに祐美にドキッとしてもな。と千敦は苦笑する。祐美は小さい頃から一緒にいるからか幼馴染みとしてしか見れなくて、異性として意識したことは一度もない。


 「それじゃまたな」

 「うん……また、明日の夕方に」


 一瞬千敦は明日? と小首を傾げそうになったが、すぐにかすみのを思い出して納得した。そういえば明日の17時半にまた来い、と言っていた気がする。祐美に言われなければすっかり忘れていた。


 「……そっか。明日また行かないと行けないのか」

 「もしかして忘れてたでしょ?」


 さすが幼馴染みだけあって妙に鋭い。


 「わ、忘れてねぇし!」

 「本当に?」

 「本当だよ!」

 「なんか怪しい……まぁ、でも? どうしてもって言うなら、明日一緒に行ってあげてもいいけど。どうせ1人じゃ行き方とか分からないでしょ」


 祐美は偉そうに少し上から目線で言ってくる。それが少し癪に触ったが、あの場所の行き方がいまいち分からないのは事実なので、結局祐美と待ち合わせをして行くことになった。


 祐美はいやに上機嫌で、少し音程がずれた鼻歌を歌いながら家の中に入っていく。玄関のドアを閉めた拍子に、更に斜めになる手書きの表札。千敦は深い溜め息を吐き出すと、表札を直してから程近い自分の家へと向かった。

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