拗ノ木坂交番

安良巻祐介

 

 近所の中学校の通学路の途中、だらだら坂の前にある交番は、もう十年も前から誰も手入れをするものがなくなって、ボロボロに荒れ果てて、よくわからない汚れか染みのようなもので黒ずんだりしている。建物前のバス停留所もとうに撤去されたし、横付けされたパトカーも、窓は割れている上にタイヤの空気は抜けているし、誰の目が見ても、使われなくなってお役御免の交番だ。

 だけど、中に、まだ警官がいる。

 正確には、警官のようなものが数名、まだ存在している。十年前から。

 それらはボロボロの制服を着て、形の崩れた帽子を被って、色の剥げたバッヂをして、荒れ果てた建物の中の机に、いつも行儀よく座っている。

 そうして、いつも、何か書類――調書?――を書いたり、何もない壁に、何かを貼ったり書いたりするような動作をしている。(ただし、動作だけで実際に何かを書いたり貼ったりはしないし、ボロボロの建物の修復や手入れも全くしようとしない)

 それらは時折、入口から顔を覗かせて、外を見ているようでもある。

 目を離した隙に、壊れたパトカーの運転席に乗り込んで、ハンドルを握っていることもある。

 でも、何をしていようと、そいつらが何を考えているかは、よくわからない。

 帽子の庇の下の顔は、真っ黒い影になっていて、表情がわからないからだ。

 ある時、酔っぱらったお爺さんが、交番の中の警官の顔を無理やり覗き込んだことがあったが、叫び声を上げて腰を抜かした後、何もわからなくなってしまったようで、しばらくそこに座っていた後、誰かにどこかへ連れていかれてしまった。

 そういうこともあって、皆、交番については、見て見ぬふりをするようになった。

 だからこの十年、この街には正式の交番はなく、お巡りさんもおらず、ただお巡りさんに似た何かが、交番の廃墟の中で、ずっと、誰にも意味のわからない行動を繰り返している。

 なぜ、警察がこんなことを放置しているのかも不明なままだったが、一番恐ろしいのは、街に住む人々が、見て見ぬふりに慣れてしまったことかもしれない――などと思う。

 「いつか何かが破綻する」という予感は、誰もが感じているようだが、今日はまだ大丈夫、明日はまだ大丈夫…と、自分を騙して、平和な日々を過ごしているのである。

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拗ノ木坂交番 安良巻祐介 @aramaki88

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