02 友達


 これは御影にとって人生の岐路だった。

 夏休みに入る直前に引っ越した先で知り合った同級生。彼は自分と仲良くしてくれたが、それは御影の悩みの種でもあった。

 そして今日、その彼に自身の秘密を暴露しようと決心したのだった。

「アタシ、男の子なのっ!」

 そう言って、御影はスカートを勢いよくめくり上げる。

 それは自分が男であるということの告白だった。人間界に来て、御影を女の子だと勘違いした男子は数知れず。そして腹いせにイジメをしてくるまでがセットだった。

 彼がずっと自分を女の子だと思っていたらどうしよう。幻滅してしまったらどうしよう。

 御影は彼と仲良くなってからずっと考えていた。自分を男だと分かった友達は、みんな離れて行ってしまった。

 気持ち悪い。

 オカマ。

 男のくせに。

 転校するまでその言葉がずっと御影の後をついて回った。

 自分は可愛いものが好き。ひらひらしたスカートも、着せ替えができる人形も。それなのに身内以外、誰一人としてそれに共感してくれる人はいなかった。

 男の子だから。それは女の子のものだから。周りはそればかりだ。

 虚にいた女の子たちもそうだ。

『ミカちゃんは男の子だから、虚にずっといるの。おうちからも出ちゃいけない。じゃないと悪い女の人に連れて行かれちゃうから』

 誰も、本当の意味で御影を見ていない。こんな世界が大っ嫌いだった。それを言えない自分はもっと大っ嫌いだった。

 だから、勇気を振り絞って陽介に打ち明けた。

 彼と友達でいたいから、少しでも素直に生きたいから。しかし、御影は陽介の顔を見る勇気が出ずに目を瞑ってしまった。

 さっきまで喧しく鳴いていた蝉の声が、一気に遠退いていく。息が詰まりそうな思いで彼の言葉を待つと、ため息をつく音が聞こえた。

「なんだよ…………そんなことかよ?」

「え……?」

 呆れたような声に、御影は目を開けた。

 目の前の彼は呆れた顔をして、頭を掻いていた。

「そ、そんなことって…………?」

 予想外の言葉に、頭の中で彼の言葉がぐるぐると回っていた。

 彼は今なんて言った?

 そんなこと?

 聞き間違いではないかと御影が聞き返すと、陽介は「何言ってんだ?」と言わんばかりの顔で言った。

「そんなことって……そんなことだろうよ?」

 陽介の言葉に御影はワンピースを握った手が震えた。

 御影がありったけの勇気を振り絞って言った事をそんなことでの一言で済まされてしまった。

 かーっと頭に血が昇り、御影は頬を膨らませる。

「そんなことって何よ!」

「うわっ! なんで急にキレるんだよ!」

 そう一世一代の告白と言っても過言ではなかった。それに彼の言葉が御影を受け入れて言ったものかどうかも分からない。

 今まで悩んでいた自分がバカにされた気分になり、御影は逆上する。

「ほら、もっということあるでしょ! 男がそんな格好するなとか! あるでしょ!」

 もはや、やけくそになっている御影に、陽介は呆れ返った。

「あのなぁ……お前は女になりたいのか?」

「…………別に」

「じゃあ、その服は?」

 陽介の容赦のない質問に御影は俯きながら答えた。

「………………好きで……着てるの」

 そう、始まりは自分が男であることを隠す為だった。しかし、御影はそれが嫌いではなかった。人間界では自分が男であることを隠す必要はない。母もズボンや髪を切ることを勧めてきた。しかし、それを自分の意志で拒否したのだ。

 陽介は「ふーん」と興味なさそうに言うと、じっと御影を見つめた。

 そこで会話が途切れ、沈黙が流れた。それがやけに長く感じる。

 彼と友達でいたいのは本心だ。しかし、御影を受け入れてくれるかは別問題だ。

 その沈黙は長く、次第に彼の答えが怖くなった御影は下を向いた。

「…………ならいいじゃん? 似合ってるし」

「え?」

 意外な答えに御影は顔を上げた。

「いいの……?」

「いいのって……お前は好きなんだろ? なら別にいいじゃん」

 そう言って陽介は御影の背中を強く叩いた。

「好きなら堂々としとけっ! オレはお前と一緒に遊ぶのが楽しいし、大好きだ!」

 陽介の真っすぐな言葉に、御影の目の奥が急に熱くなった。陽介の顔が一気に霞みかかったように見えなくなり、熱い何かが頬を伝って流れた。

「うっ……よう……ちゃ……!」

 段々喉の奥が苦しくなり、何も言えなくなってしまった。

 それに陽介はぎょっと目を見開いた。

「お、おいっ! どうしたんだよ⁉」

 泣き出した御影に陽介はおろおろしていると、御影は小さく首を横に振った。

「ううん、違うの…………あのね、陽ちゃん」

 御影は涙を拭って言った。

「…………アタシも……陽ちゃんと遊ぶのが楽しい……大好き……」

 陽介はそれを聞くと、少し照れ臭そうにして御影の手を引っ張った。

「今日は川で遊ぼうぜ」

「……うん」

 御影の目からは、涙が拭いても拭いても零れ落ちてくる。陽介はそれを見て口をへの字に曲げた。

「もう泣くなよ! 泣いてたら夏休みが終わっちまうだろ! お前とはまだ遊び足りないんだからな!」

 すこし理不尽な物言いだったが、御影を嬉しくするには十分な言葉だった。

「うん…………いっぱい遊ぼう……いっぱい……いっぱい……陽ちゃんと遊びたい!」

 御影はそう言って微笑み、陽介は満足そうに笑った。


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