第4話 異常の変化

意識がゆっくりと浮上してくる。

背中に当たるベンチの堅い感触、全身に駆け巡る激しい筋肉痛と疲労感。

まぶたを開くと銀色の長髪を揺らし、「コックリコックリ」と今にでも眠ってしまいそうな少女が隣のベンチに座っていた。

この少女は確か、皐月だ。

名前が中々覚えられない俺でも覚えていられるのは、多分船での一件があったおかげだろう。

ベンチで横になっている俺の体を起こすと、入り口付近にいた黒スーツのマッシブおじさんがサングラスを上げながら、こちらに歩いてくる。

見た目から感じられる威圧感に少しびびる。

「他の皆さんはすでに移動してしまいました。あなたたちも移動を開始してください」

見た目の割に優しい口調で説明してくれたおじさんをに軽く返事をして、半分寝ていた皐月の肩を叩き、出来るだけソフトに起こす。


おじさんに言われる通りに車の後部座席に乗り込む。

あそこに残っていたのは、俺と皐月の二人だけだった様で他の人は専用のバスで決定された生活区域にある住居に向かうらしい。

「本来は真っ直ぐそれぞれの住居に向かうことになっているのですが、せっかくですし、この島の案内をしましょうか?」

「ぜひ」「ぜひ」

おじさんの台詞に素早く反応し、俺と皐月は意図せずにハモった。

おじさんは俺達の質問や島の大まかな案内を優しい笑顔でしてくれた。

「この島は中央にある一般人の侵入が許可されていない区域。通称「王都」を囲むように四つの地区に分けられています」

「王都?この島には王様がいるんですか?」

俺は皐月の質問に同調して頭をかしげる。

この時代、どこの国にも王様という存在はいないはず。もし、どこかの国に存在していたとしても、日本には天皇様はいても王様はいないはずだ。

「いえ、王都というのは、王様気取りでお高くとまっているという念を込めて付けられた名前なんです」

「へぇ」

「それで、あなたたちの生活区域はA地区ですね」

「地区はなんで分けているんですか?」

さっきから俺の気になったことを皐月が先に言ってくれるおかげでさっきからすごい楽だ。皐月には感謝しなきゃな。

「地区はA~Dまで分けられているのですが、分けている理由は私にも分かりません。分かっているのは、地区ごとに生活の質が変化するという感じでしょうか」

「生活の質?」

「これから向かうA地区は島の右上にあり、高層ビルが建ち並ぶ大都会といった場所で最先端技術が多く取り入れられています。B地区はその下にあり、それなりの都会。と言うように順に生活の質が低くなっていきます」

つまり、A地区が一番都会で、D地区が一番田舎ということか。

「着きましたよ。あなたたちは学生なのでこのA地区の学生寮に住んで貰うことになります。詳しい説明は中の寮母りょうぼさんに聞いて下さい」

感謝を込めて「ありがとうございました」と言うと、おじさんは満面の笑みを返し、夕陽が差す方に車を走らせた。


寮に入ると、出迎えてくれた寮母さんが事細かに寮と学校の事を説明してくれた。

説明は約五分に及んだが、模擬戦闘が説明無しで始まるなど、説明がないまま心細かったので本当にありがたい。俺と皐月は真剣に説明を聞き続けていた。

説明を全て聞き終えると自分の部屋を案内して貰った。

寮の入り口、フロント、食堂の順で縦一列に配置されていて、それを中心に右側が男子寮、左側が女子寮で、それぞれ一人用の個室が五十部屋ずつある。

「ここが響君の部屋ね。分かんないことがあったら遠慮無く聞いてね」

「はい」

「ゆっくりしてね」

ドアを閉めて、部屋全体を確認する。

シングルベッドが窓際に配置され、隣に勉強机、本棚がある。

小さめの冷蔵庫、テレビ、クローゼット、シャワー、トイレと下手したらこの部屋にしばらく引きこもれそうな程に必要な物が完備されている。

荷物の整理をする体力が残っているはずもなく一通り部屋を見終わると力なくベッドに転がる。

数時間前まで拳銃が入ったホルスターを腰に付けて戦っていたなんて未だに信じられない。

いや、信じたくない。

こんなことを何で俺がしなくちゃならないんだ。

こんなおかしな場所でこれから生きていかなければいけないのか。

そんなことばかり考えるが、答えは出ず、いつしか全てを受け入れた。

これは、信じるとか信じないとか、そういう話じゃない。

信じようが、信じなかろうが状況は前進しないし後退もしない。

するべき行動は受け入れる事だ。

現状を受け入れ、認め、妥協することだ。

結局最後は必ず受け入れる事になる。

そしていつしか、異常は日常になる。

その変化は緩やかで、今も変化を続けている。

夜が段々とけ、朝日が昇るように、

ゆっくりと、だが確実に。

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自称最強のモルモット 浅田 時雨 @74932015

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