第3話 恐怖の凍結

ガスガンの拳銃は冷ややかな光沢を帯びている。

拳銃を両手で構えている俺の体には悪寒が走り、冷や汗が流れ落ちる。

精神は肉体と共に冷たさを増して行き、拳銃に同化していく感覚が僅かに感じられる。

その感覚とは反し、恐怖心からか両手が震えて照準がさだまらない。

この引き金を引いたからといって何があるんだ。人を殺す訳じゃない。

なんでこんなにも俺は恐れているのか。意味不明だ。そんなに嫌なら降参したら良いじゃないか。

開始の合図から数秒経ったにも関わらず、相手が動かないことすら認識出来無い程に、精神が一杯になっていた。

「・・・・・」

言葉も出ない。

動けもしない。

頭の中には、やめてしまうという選択肢があるのにそれが出来無い。

分かっていた。こうなることは武器保管室にいるときから分かっていた。

だから選んだ。自身の過去からくる恐怖が自分を止めることを知っていた。

だからなんだ。体も精神も恐怖が冷やしてゆくのなら、恐怖ごと凍らせてしまえば良いんだ!

バァンッ!!

銃口の先の男性を狙った弾丸は見当違いの所に向かっていった。

でも、自分が意識を向かわせるべき場所は決して間違ってなんか居ない。

「ふぅ」

激しく重いと思えた拳銃が段々と軽く感じ始めた。

短い溜息を吐くと、反動を受けた両手を元の位置に戻し、左手を拳銃から外す。

拳銃の上部は発砲と同時にスライドし、弾が詰め直される。

その時、俺は視界の違和感に気づいた。

左下に[専用アビリティ:あわせる]と表示されている。

合わせる?アビリティ?

疑問を感じながら、恐怖から解き放たれた体を全力で前進させる。

がむしゃらに銃を撃ち、走り向かっていく俺に、男は緩い曲線をしている棒の中央を左手に持ち構える。

その時俺はやっと、相手が何を持っているか理解した。

弓だ。弓道部が使うようなタイプの古典的なデザインの弓だ。

そんなもので戦闘すると言うことは相手は全力ではないな。

十分に近づいた頃、俺は相手に再度銃口を向け二度目、三度目のプラスチック製の弾を放った。

その先で、男性の構えていた矢の先から炎が急に出現した。

被弾していないようで相手は火矢をこちらに素早く向け、構え、矢を放った。

反射的に右に避けようとし、つまづいてしまったが、炎が頬をかすめていく。

右手の拳銃が地面に落ち、滑っていく。

この炎は一体何だ?火を付けるそぶりなんて無かった。

いや、アレは付けると言うよりマッチのように矢が自ら発火したように見えた。

考えを整理するため距離を置こうとするが、次々とさっきの火矢が打ち込まれる。回避に意識を持って行かれる中、何とかこの不可思議な現象の仮説を立てた。

非常に非現実的で、オカルトじみてて、他人が聞いたらアホと言われるかもしれないが、このアビリティというのは何らかの限定された現象を起こすことの出来る力を一人一人にその権限を与えているのだろう。

本当に非現実的で当てにならない仮説だけど、今はそれにすがるしかない。

日本唯一の実験施設であるこの島ならありえるのかもしれない。

そう考えるしか無い。

そうなると相手は炎を操るとかそういう物だろう。

ゲームかよ。

そうなると・・・・。

「合わせるって何だよ」

そう呟き、左側のホルスターからもう一丁の拳銃を取り出す。

自分の意識とは別に、迫ってくる火矢に銃口が合わせられる。

「え!?」

今起った事に理解が追いつかず間違えて引き金を引いてしまった。

弾は火矢に直撃し、火矢の勢いが相殺され、その場に落下した。

見事なラッキーショットに驚いている暇など無く。

次々と火矢が打ち込まれてくる中、全ては避け切れず左足をかすめ、右腕のにの腕に深々と突き刺さった。着ていた衣類は所々焼け見える肌は赤くただれている。

右腕から流れるはずの血液が火矢によって焼かれる音が聞こえた。

一瞬、間を開けてじんわりと右腕の感覚が戻ってきた。

この体を突き刺すものは排除すべき異物だと体が激しく抗議しているかのような際限なく襲いかかる強烈な苦痛。

流れるはずの大量の血液が音を立てて気化していく違和感。

自分の血肉を内側から焼かれる理解不能の恐怖。

その衝撃は、俺をパニックにおとしいれるには十分すぎた。

まるで火の雨かの如く、放物線を描き自分に向かう火矢に対して、微かに残っていた理性は一つの確信を持った。

俺を殺す気だ。

この雨は、俺を逃がす気なんて無い!逃げ場なんて無い!

「死ぬ!!!」

本能として感じ取った死は、最後の理性をかき消した。

何度も、火の雨へ引き金を引き続けた。

「ああ"あ"あ"あァアァあアアァアあァああああアあああ"ああァァァァァア"アァア!!!」

その叫びは狂気はあっても理性など無い。まるで、手も足も出ない相手に意味も無く恐怖心から威嚇している畜生のようだ。

それでも、無慈悲にも矢に弾は一発も当たらず、四本の矢の軌道の先には俺がいた。

何度撃っても、叫んでも落とせた矢は二本。残りの二本は更に加速し降下する。

体を動かそうとも考えられず、残弾が残り僅かなことすら認識出来無かった。

ついに、左手の拳銃から「カチッカチッカチッ」と乾いた音を響かせた。

何度引いても、拳銃は冷たく俺を突き放す声を出す。

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にタくなイシにタクない死ニたくないシニタクナイ・・・・死ぬ

「助けて下さい。・・・・ヤダァ・・・ダメ・・・・・・・・助けてくれよ!!!」

その時の姿は、まるで生きていない火矢にこっちに来るなと懇願しているかのように滑稽で無様で馬鹿らしかった。

俺は、ここに来るべきじゃ無かった。今まで通り、この世界に、社会にあわせて生きていれば良かったんだ。

俺は、何を血迷ったか二十六発を打ち切った弾のない拳銃を力なく投げた。見当違いな場所に向けて。

矢の軌道にかすりもしない動きを・・・・・・・・するはずだった。

拳銃は元からそこに向かっていたかのような挙動で火の灯る高熱の矢にぶつかり、共に落ちていく。

その異様な光景を目の当たりにした俺は、目前の最後の一本の矢を捉えていた。

手元には何もなく。避ける事も間に合わない。

僅かに戻った理性と正気、そして覚悟を振り絞り、眼前に飛来する矢を掴んだ。

瞬間、視界は閃光の如く弾け、痛みすら忘れ拳は血肉が焼かれる体の叫びを聞いていた。

一秒にも満たない時間が今は無限に感じられた。

心は体と共に叫び、全てを振り切った。

恐怖、狂気、痛み、違和感。それらは、焼ける体と反比例し氷のように凍てつき感覚を鈍らせている。

最後の力で掴んだ矢の勢いはやっと弱まり、やがて止まった。

両手に帰ってきた感覚は、もう痛み以外感じない。

ふぅと流した溜息は、叫びすぎて潰れた喉から出て来るかすれた音のようだった。

もう、立つことすらままならない。

今すぐぶっ倒れそうだ。

そうだ、ぶっ倒れればもう終わるじゃないか、もう終わりにしよう。

諦め、まぶたを閉じかけ、倒れるであろう地面を見るため視線を落とすと、

鈍い音がした。胸に何か刺さってる。血が一杯出てる。

一瞬で理解した。あの男は上に意識が向かう俺に気付かせないように普通の矢をほぼ真横に打った事を。

もう、なんか、どうでもいいや。

もう体が冷たい、もう痛みを感じない、よく前が見えない、涙だけ溢れる。

「そっかぁ、こんな感じだったのか。初めて知っ・・・・・・・・」

俺の口から出て来る音は、機械的な音声にかき消された。

「以上で模擬戦闘試験終了。職員は実験サンプルP-1834の回収及び生命維持措置を行って下さい。以後の実験担当は・・・・・」

俺はそこで何かが切れて、それから先のことは覚えていない。

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