第2話 実験島ロイクス

俺含む二十六名が連れてこられたこの島は「ロイクス」。

ロイクスは略称らしいが、どうでも良くて聞き流していた。

この島は、ある科学者が無人島を利用して一つの巨大な町を作り上げた。

この町はその後、その科学者とスポンサーが研究また実験を行う場になり、現在も研究・実験、それを行う対象である一万五千人の生活は継続されているらしい。

「はぁ」

壁際に設置してあるベンチに腰掛ける俺と隣で皐月が渡したパンフレットに目をやっている。

船内での説明の時、皐月も俺自身ものんきに聞いている余裕は微塵みじんも無かった。

皐月がこれから行われる事の説明を求めてきたが、事前に調べるのが面倒だったから調べてないし、一般公開されている情報は限られているだろう。

この実験島は、日本政府も認めている研究施設らしく、地図上には存在せず、得られる情報が制限されている。

他国の大企業にこの島の利用権を売ったら、莫大な利益を得られそうな物だが、

未だに日本政府や科学者は独占し続け、情報じょうほう漏洩ろうえいを防ごうと取り組んでいる。

ダメ元で、パンフレットを見てみたが、島の名前、何が行われているか程度のことしか書かれていない。しかも、それが全てではないようにも感じる。

特にこれから行う「模擬もぎ戦闘」は船に乗るまで俺含め、ここに集められた人々の誰一人も知らなかったはずだ。

皐月は俺にパンフレットを返し、両手を紺色のスカートに置いた。

「それでさっき戦闘って何ですか?」

「さあ」

俺が素早く返答をすると、皐月は「は?」と声を漏らした。

今、彼女が怒っているのか、ただの疑問から出た声なのかを判断しようにも表情の変化がないので俺にそれを知るすべはない。

仕方が無いだろ、俺も自分の耳を疑ってるんだからな。

「聞こえたのは、一対一でスタッフと戦闘を行う。ルールは何でもありで、武器などが直前に支給される。結果で生活区域を決める。位だ」

皐月は理解出来無かったのか、ピタッと止まった。

そりゃそうだ。俺だって、平和な日常の中で戦闘なんてゲームでしか知らない。

理解するにも限度という物がある。

しかし、皐月はすぐに再起動し、冷静に会話を続けた。

「冗談ですよね?」

「・・・いや」

俺はそう溜息交じりに返すと、皐月は額に手を当てかすれた声で「意味が分からない」と呟いていた。

全く同意見だ。俺も、それが本気だったと知った時はバカじゃねえの!?と思ったくらいだ。というか、生活区域ってなんだ?強いと何か良いことあんの?

正直に言って、喧嘩とかしたくないし、痛いの嫌だし、面倒くさいから適当にやるか即座に棄権しようとしてた。最低ランクでも最低限の人間らしい生活が営めるはずだ。それが日本。ありがとう日本。

そう安堵し、隣で頭を抱えて唸っている皐月からパンフレットを受け取り目を通し、自分にしては珍しく再確認をしていると、パンフレットの最終ページの白く細い枠に収まる程のサイズで何かが書かれていた。

目をこらして読み取ると、俺は息を飲んだ。

【※ロイクスでは、日本の法律ではなく独自の法律が適応されます。】

何があった日本!どうしたんだ日本!?

混乱の末に、それらしき仮定を思いついた。

パンフレットには、実験島の名前通り多くの新たな研究者達の試みである見たこともない様な物が多くアルファ、ベータテストとしてこの島の市民の生活に導入されている。医療技術や食品生産技術に対してはこれどうなの?と言う物もあるが、一旦置いておこう。そんな中で、多くの日本本土では前例のない物事に対して日本の法律では対応しきれないのかもしれない。あと、実験としてなのだから本土での法案とかそこら辺は実戦投入時で良いのだろう。

多分、その法ではある程度の戦闘は許されているのだろう。

しかし、生活区域を戦闘にする理由が分からない。

区域が分けられているということは、区域によって生活に差が出来る。

つまり、島民は平等ではないということ。

最悪だ。最低限の人権こそ揺るぎない、俺を保証してくれる最後の砦だったのに。

もし、家が金に困ってなかったら予備軍どころかガチニートになっていたと思う。

まあ、それは置いといて。無限とも思える疑問点の中からいくつかを考えてみる。

男女別で戦闘を行うのだろうが、それで調べる事とは一体何だ。

運動能力を調べたいなら体力テストをやらせたらいい話。

その他の能力も、他のやり方ならいくらでもあるのになぜにそんな極端なやりかたで?

一つの可能性として、科学者の趣向というのもあるが・・・。

そうだとしたら、その科学者は余程の変人なのだろう。

まだ色々あるが、面倒になって、俺は考える事をやめた。

思考を停止させ、真っ白な天井をただ見つめているとスピーカーから何度目かの指示が出された。

森本もりもとひびきさん、結城ゆうき達騎たつきさん。

スタッフの指示の元、移動を開始してください」

「あ、俺か」

面倒くさいけど行くか、戦闘が面倒だったらさっさと降参したらいっか。

諦めるのはeasy《簡単》って言うし。

俺が立ち上がると、皐月は「頑張ってください」と言ってくれた。

頑張らないよ。とは言えずそのまま移動を開始した。

「誰か代わりにやってくんないかな?」


さっきの会場のように真っ白く広いだけの空間に連れてこられた。

天井の隅にはいくつかの監視カメラが設置され奥には長身の男性が床に座っていた。

男性は緩やかに曲線を描く何かを持っている様に見えるが、俺と男性に二十メートルほど間があるので判断が出来無い。

きっとアレが彼の武器なのだろう。

俺はさっきガスガンの拳銃を二丁選択した。

そして、意味不明なコンタクトを渡された。

スタッフは使えば分かるとだけ言っている。もしここが飲食店なら、もう二度と訪れたくない。

防具があると思っていたが、予想に反して用意されていなかった。

そのせいで、俺の装備はTシャツ、パーカー、ジーパン、ホルスター付きベルトと、

どう考えても戦闘向きではない。この防御力ゼロファッションのおかげで既に俺は戦意喪失気味だ。ま、元々そんなもの有りはしないんだけどね。

頭を抱え、溜息を吐くと、いきなりスピーカーからの声が室内に反響する。

「戦闘開始十秒前、十、九、八」

「え!ちょっと待て」

俺は驚きの声を漏らしながら、手慣れない様子でコンタクトを装着する。

「あ"あ"目が!!」

「・・・四、三、二、一」

額から汗が流れ、心臓の鼓動が速くなる。

右側のホルスターから拳銃を一丁手に取る。

取り出した拳銃は多少重い程度の模造品、殺傷能力もそれほど高くないはず。

だが、およそ一キロの重量が二十キロと思えるほどに重く感じる。

俺の脳は理解していた。ガスガンと分かっていてもこの拳銃の引き金を引けば人を傷つけるに足るエネルギーを持つ事を。

そして感じていた、引き金を引けば自分の中の何かを失うと共に、もう一度引き金を引く覚悟が手に入ると。

「ゼロ!スタート!」

開始の合図と共に、俺は両手で持つ拳銃の銃口を約二十メートル先の男性に合わせた。

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