自称最強のモルモット
浅田 時雨
第1話 船上のモルモット
右横にある窓を開けると流れる春の塩風が鼻にこびりつく。
外から心地良い波の音とそれをかき消さんばかりに
蒼天を仰ぎ、大きく深呼吸をすると不思議と心がやすらいでゆく。
心の平穏を取り戻し、窓から外を除いて窓際に寄りかかっていた上半身を、どかっと音を立てながら座席の背もたれに預けた。
無意識ながら、左に座る人間に目をやってしまう。
普段なら、隣の乗客なんか気にしないで移動時間を睡眠にあてる俺だが、
今回はそうも行かない。
「・・・・・ッッ!!」
向けた視界の先では、一人の人間が座席に座りながらうつむき、両手で口元を覆っている様に見える。
「・・・・・ッッ!!」
と、さっきから何か言っている。
ただ耐えているだけだと思うが、俺に取っては「だけ」ではない。
さっきから、最悪の事態になるのではないかと気が気でない。
髪の長さと体格からして女性だと思うが、そんなことはどうでも良い。
ああ、めんどくさい事になったなぁ、と後悔しながら彼女に酔い止めを渡し、
二つの意味で航海の無事を願った。
およそ四十五分間の見知らぬ女性が繰り広げていた激闘を見届け、
僅かにしか存在しない俺の精神力がごっそり削られた。
振られた友人を内心あざ笑いながら、慰めるときとは、比べものにはならない。
今俺の顔を見たらげっそりしているはずだ。
しかし、俺の悲惨な顔面すらかすんでしまう程に、隣で歩く女性の真顔に隠された疲労感は周囲に充満していた。
きっと彼女の精神力はマイナスの次元に突入しているのだろう。
他の乗客と共に港から窓一つ無い施設の内部へと徒歩で移動を始めた。
その途中、彼女が体勢が前かがみから段々と治っていく姿が、
人間の進化過程の図を
彼女は多少小柄で、全体の形がスッキリしているが、降ろされているその長い白髪は
たっぷり十分掛けて完全に回復したようで苦笑い気味で話しかけてきた。
苦笑いと言っても、表情が豊かではないのか
「は、初めまして」
「初めまして」
会話終了。
今まで交友関係ほぼゼロのフレンドレスボーイである俺は初対面の人物にはオウム返ししか対応するすべがない。
会話を続けられないし、続ける為にわざわざ何か考えるのは、正直面倒だ。
だがしかし、彼女はそう思っていないらしく、言葉を続ける。
「さっきは酔い止めを下さりありがとうございました」
微笑で感謝の言葉を言う彼女は歩きながら、小さく頭を下げる。
「ああ、気にしなくて良い」
「あ、はい」
すごいだろ。会話全く進まないんだぜ。
これが「ラスト・スピーカー」の異名を持つ俺の力だ。
すごいだろ?すご過ぎて涙が出てくるよ。
俺が感傷に浸っている中、彼女は何か思いついたように話を続ける。
「自己紹介がまだでしたね、私は
「俺は
「森本さんですか・・・」
「?・・・なんだ?」
皐月は何か思い当たる所があったのか口に手を当てて何かを考えている様なそぶりをした。
「・・・・いえ、別に」
「ああ、そうか」
そういうときの「別に」は何かある時の台詞なんだよな。
でもいいや、聞いても聞かなくても、何かある時はあるし、無い時はない。
結果は足掻いても変わらない、なら俺は今を楽して生きるために絶対に足掻かない。足掻いて溜まるものか!
「あ、えっと、水落さん?で良いのかな?これから何やるか分かってる?」
「えっ!?」
皐月は一瞬驚いた声を出し、その後無言で目をそらす。
「まぁ、直前になったらもう一度説明されるだろうし、大丈夫だろ」
「は、はい」
特に装飾などが無いただ広いだけの空間に総勢二十六名が集められてから数分経ち、天井に埋め込まれているスピーカーから女性の声で説明が始まった。
「これから呼ぶ者は、会場にいるスタッフの指示に従い、移動してください」
説明は船内でしたからもう言わなくて良いだろという判断なのか、唐突に話を進められている。
周りの全員がざわざわと騒ぎ始めた。
そして、呼ばれた二人がスタッフに連れて行かれている。
「ちょ、ちょっと待って!」と騒いでいたが、腕を両方からスーツ姿のガチガチのおっちゃんに強制的に移動もとい連行されていく。
その姿を目視している全員が息を飲んで見守る。
見守ると言うより、見捨ててる。
二人が見えなくなると、室内に冷たい静寂が訪れた。
その中、皐月は小声で話しかけてきた。
「一体何なんですかこれ?」
眉間に軽くしわを寄せている皐月に時間も無いから手短に話そう。
「えっとこれから一対一で戦闘するって感じかな」
「えっ」
手短すぎだった。
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