先見性

nobuotto

第1話

 高級別荘地の中でも北条家の別荘は荘厳な佇まいで他を圧倒していた。

 曾祖父から代々引き継がれてきた別荘であった。北条高広は世間から隠れるようにこの別荘で生きていた。

 遺伝子工学を応用した製薬開発で巨万の富を築いた曽祖父から父親の代までは

飛ぶ鳥を落とす勢いだった北条家も、彼が物心ついた頃には没落していた。

 曽祖父の時代は日本が先端と言われた技術も、数十年も経たずに海外企業に席巻され、北条一族を筆頭に国内関連企業は次々と倒産していった。国の経済全体も長い低迷期に入った。北条高広も不況のなか、まともな就職もできず細々とここで暮らしていた。国内で生まれた新技術を育てる戦略を取れない国、国の先見性のなさが、北条家も自分も潰したのだと高広は毎日恨みつらみを言いながら生きていた。


「ジャーンジャーン」

 騒がしい呼び鈴が鳴った。

 扉を開けるとそこには小柄で丸まる肥った黒服の男が立っていた。

「未来ギフトサービス社ですが、北条高広様でございますか」

「未来ギフトサービス。私にですか」

「はい、北条正人様からのギフトをお届けにまいりました」

 プレゼントを預かり、何十年、いや百年も先の親族に渡すというビジネスをしている会社である。依頼主は曾祖父らしい。このサービスはかなり高額だ。今の高広ではとても手が届かない額のギフトサービスである。

「家が没落しなければ、俺だって子孫にギフトを送ってやれたのに。政府の無策、先見性のなさのせいだ」

 日課とも言える愚痴を、高広は愚痴らしくない大声で言った。

 黒服は一瞬目を丸くして驚いていたが、すぐににこやかなビジネスマンの笑顔に戻った。


 リビングに黒服を通す。ソファーに座るとすぐに彼は仕事を開始した。

「ええと、それでは北条高広様。ギフト内容の確認をお願いします。こちらとなります」

 黒服が巻物を広げた。何から何まで大げさなサービスである。


[未来ギフト依頼内容]

依頼者 北条正人様

ギフト細目

一 現金一億円

一 宝石類二億円

一 ファングホイールニ匹 二千万

ギフト付与条件 依頼者死亡の百年後において親族でもっとも資産がない者


 高広は高額のギフトに驚いて声が出なかった。

 高広の前に、現金と宝石が詰まったアタッシュケースが並べられた。

 付与条件を見て涙が出そうになるほど曾祖父に感謝した。


 感動に酔いしれている高広に気づいた黒服は慌てて次の巻物を広げた。

「あー、高広様。先ほどが北条正人様ご契約時の細目でございますが、あくまでご契約時のものでございまして、これが現在の資産価値となります」


[現在の資産価値一覧]

一 現金 三千万円

一 宝石 五百万円

一 ファングホイール 零円


 あまりの価格低下に驚いて高広は声が出ない。

 高広に構うことなく黒服は仕事を進める。

「えーとですね。まず現金ですが、ご存じのように百年前に比べて我が国はこの有様なので価値が急落しております。現金は時代による乱高下が激しいので当時の弊社担当もお止めしたと思うのですけど」

「そうなんだよ。国が、国がバカだから、こんなことでも国民は大損するわけだ。政治家や、取り巻きの学者がもっと先を読むことができれば、俺みたいな下っ端国民が大損することもなかったんだ」

 黒服は「私にそんなことを言われても」という迷惑そうな顔を少ししただけで、淡々と自分の仕事進めていく。

「それから宝石ですが、現在は大量生産できますので、一部の好事家の間でしか天然モノの価値がないんですね。ええ、これでもかなり高い評価をさせて頂きました」

「この宝石生産技術だって日本が最初に原理を発明したんだ。なのに、国は研究資金を増やさなかったから、海外に先を越されたんだ。ほんとなら、世界的な宝石企業が日本で生まれていた筈なんだ。これも国の先を読む能力が...」

 黒服は高広に付き合うのが面倒だと言わんばかり話し始めた。

「それから最後のファングホイールですが」

「そうだ。それだ。さっきからずっと気になっていた。こいつがギフトと言われても」

「まあ、そうでしょうが、ギフトはギフトですので、本日お持ち致しました」

 

 庭からドーンという大きな音がした。

 窓を開けるとそこには、幾本もの牙を持ったクジラが大きな水槽の中で泳いでいる。本物を初めて見た。横に大型トラックが止まっていた。

 あまりの壮大さに驚いて声が出ない。

「あーそれでですね、これが追加料金を差し引いた最終の請求書となります」


[未来ギフトサービス請求書]

一 依頼時資産価値 三億二千万

一 現在の資産価値 三千五百万円

一 受取人調査料 五百万円

一 ギフト預かり追加料金 四千万円

計 △一千万円


「ギフトどころか、一千万円を俺が払わないといけない...と言うことなのか」

 悪質な詐欺に巻き込まれた気がする高広だった。

 黒服は何も聞こえなかったように話しを続ける。

「ギフトの送り主が指定されていますと、ほとんど費用は発生しないのですが、なにせこの”親族でもっとも資産がない者”は難しい条件でして、世界中にいらした御子孫皆様全員を調査し、高広様を選定致した次第です。その調査料が五百万となります。それからギフト預かり追加料金ですが、こちらをご覧頂けますか」

 黒服が出した写真には曾祖父と小さな魚二匹が写っていた。

「弊社での預かり料は一年五十万円となっており、今年で百年目でしたので五千万円となります。これはお支払い済みです。しかし本料金は一般ロッカーの値段でして、ご覧のようにお預かりした時は、可愛らしい大きさでございましが、年々大きくなるばかりで、その度に管理用の水槽も食料も増えに増え続け、百年間のお預かり料金の追加総額が四千万円となった次第でして」

 ファングホイールは優雅にゆったりと水槽の中を泳いでいた。

「百年前正人様は遺伝子工学による古代生物の復元を歴史上初めて成功され、資産だけでなくその名誉もギフトされたかったのだと思います。まあ今では世界中に生息しておりますが。いやはや、当時はまさか百年以上も生きてここまで成長するとは誰も知る由もなかったかと」


 高広は国のせいで一族が没落したとずっと思っていた。

 しかし、それは間違いであることが分かった。 

 請求書を手にした高広から思わず愚痴が出た。

「我が一族がもっと先を読む能力を持っていれば...」

 

 

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