第6話 そして竜宮城

「角兵衛、角兵衛」

 竜宮城に戻ってきた角兵衛を呼ぶ乙姫の声が城中に響き渡る。

 女官たちはクスクス笑っている。

 乙姫殿に行くと、乙姫はとてもご機嫌であった。

「角兵衛。ほら、あの煙で私はこんなに若返ったぞ」

 若返りの煙がほとんど無くなっていたことは内緒にしていた。煙が少なかったせいか乙姫の小じわが少し減った程度の違いしか角兵衛にはわからなかった。竜宮での時間は地上に比べればゆっくり進むが、それでも人間は確実に年はとる。年を取り戻すために若返りの薬を百年間地上で熟成させる。祠で玉手箱からでてきた煙を見た時、角兵衛は今年が熟成の時期であることを思い出したのである。

「乙姫様。それにしてもですよ、若返りの煙をなぜ金銀財宝と」

「だって、本当の事を知ったら金銀財宝より人間達が欲しがるでしょ。お前に言えば、きっと浦島様に言ってしまうでしょうし、この煙で浦島様が若返ったらもう戻って来てくれませんからね」

「にしても、この私まで騙すことはないのではと…」

 角兵衛に口答えはさせないと言わんばかりに乙姫は言う。

「ところで、浦島様はどこ。この若返った私を早く浦島様にお見せしないといけませんわ」

 角兵衛は、浦島は戻らなかったことを乙姫に話した。

 乙姫は話しを聞くと、みるも哀れなほど落ち込み、床にしゃがみ込んでおいおい泣き出してしまった。

「なぜ、すぐに命が尽きるというのに地上が良いと浦島様は言うの。それほどまでに、地上が好きで、私が嫌いなの」

 乙姫の悲しみがだんだん怒りに変わってきたようである。

「わからない。わからない。なぜ私ではダメなの。私は、ここに何百年もいるのよ。人間は誰もいない、ここによ」

 目がまた眉の上までつり上がり、乙姫は手元にあった壺を壁に投げた。いつものヒステリーが始まったのである。

 ちょうどその時、乙姫殿の外から「おぎゃあ、おぎゃあ」と赤ん坊の泣き声がしてきた。

「でですね、乙姫様。浦島は帰ってこなかったのですが…ヒラメよ、その子を此処につれてこい」

 角兵衛が言うと女官のヒラメが赤ん坊を抱きかかえてやってきた。

「乙姫様。この子は、あの煙を吸って赤ん坊にもどってしまった浦島です。時間はかかりましょうが、この赤ん坊の浦島とこれからゆっくりと時間を過ごしていけば宜しいのではないでしょうか」

 実は、この赤ん坊は代官であった。角兵衛は、乙姫がこれ以上荒れるのを恐れて咄嗟に嘘をついてしまったのであった。

 祠で少し煙をあびた浦島は竜宮城に来る前の若者に戻っていた。そして若返ったとたんに菊姫にプロポーズをした。話はトントン拍子に進み、赤ん坊に戻った代官の後釜となっていた。今では竜宮での生活を面白おかしく語る浦島の話を「私も行きたーい、行きたーい」とはしゃいで聞いている菊姫と幸せな生活を送っている。これはこれで一件落着であるが、そんなことは恐ろしくて、とても乙姫には言えない。

 乙姫は「まあ、なんて可愛い赤ん坊だこと」と言って赤ん坊を抱きかかえた。

「もう少しがまんすれば、またあの浦島様に会えるのですね。それもまた、ここでの楽しみになるわ」

 2,3百年後、いや数十年後に乙姫が怒り狂う姿を思い浮かべて、角兵衛はぞっとした。

「ということで、それでは私は」と乙姫の機嫌が良いうちにと乙姫殿を出て竜宮宴会場の片付けに向かった。

 その途中、死んだ父角太郎がまた現れた。

「角兵衛よ。わしが死んだ後の乙姫が心配じゃったが、お主が本当によくつくしてくれて安心じゃ。まあ、今回は思わぬ結果になったが、たっぷり時間はあるのでそれまでに打つ手を考えればよい」

「はい、はい」と角兵衛は言う。

「それからな、角兵衛。乙姫に惚れるではないぞ。わしはそれで本当に苦労した」

 そう言ってウィンクをして段々角太郎は薄れていく。

「父上、えっ、それ、どういうこと」

 と消えゆく角太郎の薄影に話しかける後ろから

「角兵衛、角兵衛、浦島ちゃんが泣き止まないのよ。どうしたらいいの」と困惑しつつも楽しそうな乙姫の角兵衛を呼ぶ声がする。

「はい、はい」と言いながら角兵衛はのそりのそりと、また乙姫殿に戻って行くのであった。

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亀の角兵衛 nobuotto @nobuotto

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