第4話 時雨のときその2

「てかお前、この前のテスト赤点だらけだったろ。留年するぞ」

景宗はいつもどのテストも90点台で赤点など全く関わりがない。

景宗は正直小百合をバカにしていた。

こいつは、頭も悪ければ授業にも出ないし、ダメだなもう。割といい高校に入れたとしても、そこそこの大学に入って卒業しなければいい会社には入れない。こいつはもう負け組だな。そこら辺にはって出てくるナメクジと一緒だ。そう思っていた。

「こちら、アイスティーとオレンジジュースになります」

店員が商品を持ってくると、雨はますます勢いをました。たたた、と屋根を叩く雨音はどこか忙しく、景宗をイラつかせた。

「景宗、LINE交換しようよ。うち、景宗のLINE知りたいんだよねー」

「やだよ、どうせ宿題見せてとか言ってくるんだろ。見せてやらねーよ」

「違うよ……」

小百合は押し黙ってしまった。顔が急に紅潮して、涙目になって俯いてしまった。

「なんだよ……。なんかあるなら言えよ」

景宗はバカとは関わりたくねーと思ってしまっていた。ただ、急に泣き出しそうな小百合を見るとなんだか情が湧いてしまって困った。泣き顔がいやに綺麗だったからだ。

「お前さ、なんであんなに授業中うるさいわけ?人の迷惑考えてない?」

出てきた言葉は何故か冷たいものだった。これは景宗の予想していたものとは違った。

「うち、うるさいの?……ごめん……」

泣きながら、泣きじゃくりながら、ただひたすら「ごめん」を繰り返す小百合になんだかさらに困らせられて、景宗も俯いてしまった。

景宗はとりあえず、小百合を落ち着かせようと決めて、顔を上げ、ハンカチを取り出した。

「ごめんよ、俺こそ。ほら、泣くんじゃねーよ」

涙を拭っていくと、不思議と小百合は落ち着いて、逆に笑顔になった。

「へへ」

「なんで、笑うんだよ。訳分かんねーよ」

雨が少し落ち着いてきた。

「異常気象、異常気象言われてるけど、俺らは異常気象しか知らねーんだよなー」

景宗は何とか小百合の気を紛らわそうとして、そんな言葉を言った。

「そうだね、うちはバカだからよく分かんないけど、昔からずっと雨はいっぱい降るものだよねー」

「能天気だな、お前は」

「景宗って難しいこと考えてるんだね。へへ」

「なんで笑ってんだよ……」

景宗は小百合がよく分からなかったが、笑った顔が、すごく大人びていて色っぽく、不覚にもドキリとしてしまった。景宗にとっては、うるさい存在でしか無かった小百合をなんだかもっと知りたくなってしまった。

「お前、放課後とか休みの日とかなにしてんの?」

「うーん、動画みたりインスタしたりしてる。でも、うちの家両親忙しいから弟とか妹の面倒見ないといけないんだよね」

「何人兄弟なん?」

「5人だよ。うち、弟、妹、弟、妹」

「すげえな多いじゃん」

「みんな歳離れてるから、ちっちゃくて可愛いよ。でも大変なんだよね……。だから、友達とも遊べないから授業中しかだべれない……」

「そっか」

なんだか、景宗は分かってなかったと思った。小百合には小百合の事情があるんだ。こいつのことテストの点数でしか見てなかったし、金髪だし、ツインテールだし、パリピのギャルだとしか思ってなかったけど、こいつ悪いやつじゃねーんだ。そう思った。

「おれは一人っ子だからよ、兄弟とか羨ましいわ」

景宗はなんだかドギマギしながら、窓の方を向いてそう言った。

小百合は顔を煌めかせて、

「うん!みんなうるさいけど楽しいよ!」

と、笑った。

「うちの兄弟の写真見る?」

そう言って見せてもらった写真は、まだあどけない子どもたちが無邪気な顔して笑ってる写真で、どの子も純粋な可愛さを振りまいていた。

「可愛いじゃん」

景宗は肘をついて、手に顎を乗せてそっぽ向いて言った。

「でしょー!みんな可愛いんだぁ」

小百合はずっとキラキラしているように見えた。

景宗は自分のスマホを取りだし、LINEのQRコードを見せた。

「俺の」

「え、交換してくれんの?嬉しい!」

「宿題はみせねーから」


雨があがった、ような気がした。

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ありふれた物語集 かさかさたろう @kasakasatarou

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