古い、あまり色彩のはっきりしない、しかし人の表情だけはやけにくっきりした、美しい映画を見ているみたいな小説でした。
私は「情けなし」が好きでした。自分が女だからか、よく考えるとフィクションを読んで父親に感情移入することはあまりないのですが、この作品の父親は実に人間味があって、何となく「そうだよな、人は一人一人みんな違う人生を抱いてきたんだよな」などと思ったりしました。別にそういう、重ためのテーマの小説ではないですが、なんとなくそんなことを思ったりしました。
そして「宵の淵」の子どもの愛くるしさと不思議さ、そしてその子と触れ合う主人公の心の動きのこそばゆさといったら!
淡々とした、登場人物と読み手の間に一枚薄皮挟んだような文章が、この珠玉の短編集を無二のものにしているな〜と思いました。
文体がところどころ違うのが、また味わい深くていい。