生きた証
佐藤 流星
本文
僕は夢を見ているかのようだった。彼女と過ごす日々は今まで生活からは想像もできないほど充実したものだった。なぜ、ここまで生きてきたのにこのような感情を一切経験しなかったのだろう。
この日々が一生続いて欲しい、そう願うばかりであった。
だが運命は時に残酷なものである。
僕は20世紀が終わる頃生まれた。生まれた場所は都会と言うほどでもなく田舎でもない、これといって特徴のない町だ。
気付けば幼稚園に通っていて、小学校、中学校、高校を卒業していた。その後教育関係の大学に進学した。
特に教師になりたいとかそんな夢はなかったが、唯一興味のあった英語を学ぼうと思うと学力的にこの大学しかなかったのである。[中学、高校は3年間だったから、大学4年間は長いんだろうな。]と思いながら入学した大学も気付けば卒業している。
常識的に考えて、もう働くしか人生の選択は残されていない。
なんとか中学の教員採用試験に合格し、来年から教師としての生活が始まる。
今現在22歳、このまま制度が変わらない限り60歳までの約38年間教師として働き、定年を迎え、年金が出るまでの5年間適当に働き、あとは年金暮らしだ。なんとつまらない人生だろう。
自分の人生を振り返ってみると、なにも特出すべきイベントはない。
決して楽しくなかったわけではない。友達もそこそこいる、幸せな家庭で育った。愛するペットもいた。
まぁ言うのであれば彼女ができたことがなかった。
ただこの点に関しては1つも後悔はしていない。好きな人が出来なかったわけではない、しかし他の友達のように必死になって口説き落としたいと思うほどの女性が現れなかった。
事実、今でも女性と遊ぶのよりも男友達と遊んでいたほうが気楽であるし、楽しいと心の底から思っている。
繰り返すようだが、これまでの人生が楽しくなかったわけではない。だが自分の今まで生きてきた22年間、これから生きていくであろう残りの数10年間のことを考えると、とても嫌な気持ちになる。
夢もない、教師という仕事を選んだゆえ、大きな成功もない、自分が犯罪でも犯さない限り大きな失敗もない。
なんと特徴のない人生なのだろう。
せっかくこの世に生まれたのに、なにも世界に爪痕を残すことなく死んでいく、それではそこらへんのアリと大差ない。いやむしろ生まれて、女王アリのため、巣を作り子孫を繁栄するために敵と戦ったり、餌を集めたりし、自分の使命を全うして死んでいく彼らの方がよっぽど達成感のある一生を過ごしていると言えるだろう。
[いっそのこと大犯罪でも犯してやろうか。]と思ったこともあるがそんな勇気があるわけもない。
こんなくだらないことを考えながら一生を終えるのかと思うと嫌な気持ちになるのである。
こんな卑屈な気持ちを抱えたまま、僕はついに教壇の上に立っている。
目の前にいる新中学1年生はとてもキラキラした目をしている。
[僕はこんな目をしていたのだろうか。]
心の中でほくそ笑んだ。
自己紹介をし、一通り生徒たちにも自己紹介をさせ、これからの学校生活、明日の持ち物について話をしその日は終わった。
職員室に戻り自分の席に座ってクラスの生徒のことを思い返してみた。
お調子者、静かな子、緊張して自己紹介を上手くできない子、様々な特徴を持った子がいたが、名前は全然覚えていない。
本来人に興味がない性分だが、さすがに生徒の名前は覚えなければ。
その日の夜、同じく教員になった友人の裕一と食事をした。彼とは高校時代の友人であり、数少ない信頼できる人物である。
「いやぁ、緊張したよ初めて教壇に立つのは。教育実習の時にも立ったっちゃ立ったけど、やっぱ自分のクラスとなると責任感があるよなぁ〜。でも%#%#%...」
彼は超が付くほどのおしゃべりだ。
けど僕はそんな彼の長い話を短く相づちを打ちながら聞くのが好きである。彼は僕の変わった笑いのツボを的確についてくるため飽きないのだ。
「でも裕一は絶対子供達に好かれると思うよ。その話術があれば余裕だよ。俺にもそれが出来たらな。」
「いやお前にならできるよ。だってお前の話し方面白いし、親しみやすいから子供達からもすぐに慕われるよ。」
「そうだといいな。」
ビールを片手にそんな話をし、裕一と別れ家に帰った。
今は実家を離れ1人暮らしをしているが、今までペットがいる暮らしをしてきたためいきなりペットがいないという暮らしは想像できず、ウサギを飼っている。名前はフクちゃん、オスである。なぜかオスでもメスでも名前にちゃんを付けたくなってしまう。
僕はこのフクちゃんを心から愛していた。
よくマンガやドラマで家族、友達、恋人のために犠牲になり命を落とすキャラクターがいるが、僕にはできない。ただこの子のためなら喜んで犠牲になるだろう。自分でもどうかと思うが、人間よりも動物の方が大切なのである。
[さぁ、授業準備でもするか。]
それから初めての授業、初めての学校祭、初めての修学旅行など様々な初めてを経験し、あたふたしてるうちに5年の月日が流れていた。
2クラス、約60名の卒業生を出し、教師としても一皮向けたと自分でも思えた。
そんな中違う学校への転勤が命じられた。
僕は今の学校が気に入っていたし、そもそも人見知りのため知らない人がたくさんいる所へ行くのはとても嫌だった。
教師として転勤はしょうがないことであるのだが。
その気持ちを吐き出すために裕一を食事に誘った。彼は2年前すでに結婚し、子供もできていたためここ最近は食事に誘うことを自粛していたが、今回ばかりは我慢できなかった。
彼はまたビールを片手にしゃべり続ける。
「そりゃしょーがねぇーよ。俺なんてもう3回も転勤させられてるぜ?こちとら家族もいるからなかなか引越ししづらいってのによー。それに比べてお前は家族もいないんだしいいだろ!確かに人見知りにとっては辛いかもしれないけど#%#%#...」
また僕が待ち望んだ長い話が始まった。
彼はしばらく話をした後、急に
「そーいえば彼女はできたのか?」と彼に尋ねられた。
言われてみれば教師になって子供達と向き合うことに必死になっていたから、そもそも女性と関わろうとする意識がなかった。
気付けば僕も結婚していてもおかしくない年齢になっており、現に裕一も結婚している。
「できてないよ。でも今はそんな余裕はないかなぁ。」
「そんなこと言ってる場合かよ。いくら最近晩婚化が進んでいるからってお前その調子じゃ一生結婚せずに死ぬぞ?」
正直それでもいいと思ってる自分がいる。
「俺は今結婚して思うけどな、嫁さんがいるってのはいいぞ。生活面で支えてくれることはもちろんだけどさ、なんていうかなぁ、家族のために仕事頑張ろって思えるんだよ。」
「それなら僕だってフクちゃんのために頑張ってる。」
「お前さぁ、人間とペットは一緒じゃないんだから!」
確かにそうだが、僕は今確実にどの人間よりもフクちゃんを愛している自信がある。
「まぁお前にも近いうち現れるさ、本気で愛せる人が。」
裕一と別れて家に帰り寝支度をし、僕はすぐに寝た。その時に夢を見た。
その夢というのは僕に彼女ができていて、2人でアフリカのサバンナのツアーに参加するというものだった。
そのシチュエーションはデタラメだし、その彼女の顔も覚えていないが、その彼女が異常に愛おしかったのは覚えている。今まで人のためには自ら犠牲になれないと思っていたが、その人のためになら死ねると夢の中で思った。
起きてもその気持ちは変わらなかった。
[そんな人がいつか現れればいいな。]
転勤先に勤めて1ヶ月、あの夢は予知夢だと発覚した。
出会いは勤め始めたその日のことだった。彼女は同じ英語教師で、この学校に1年前に勤め始めた比較的新入りということもあり、僕のお世話係となった。
お世話係といってもこの学校のことを初日に少し教えてくれただけであったが。
彼女の名前は可奈という。
可奈はとてもフレンドリーで、この人見知りの僕でも親しみやすい性格である。
僕はすぐにその性格に惹かれた。
可奈のような性格の人に今まで出会わなかったのは果たして僕の周りにそのような人がいなかったのか、はたまた僕が女性に対して一切の関心を持たなかったから気付かなかったのか。
そんなことは今の僕にとってはどうでもよく、とにかくこの出会いを大切にしたかった。
僕のこの思いが伝わったのか、可奈も僕に好意を持ってくれたようでいわゆる職場恋愛というものに発展した。
お互い教師であり、多忙であったためデートをするにも2週間に1回程度しかできないが、充分であった。
「ねぇ、今週末3連休だし泊りがけで遊園地行こ!私あそこずっと行ってみたかったんだよね!」
このようにデート場所はいつも可奈が決めている。優柔不断な僕にとってはとてもありがたい。
「今度はここ!」「今日はここ!」「明日は私の家でゆっくりしよ!」こんな風に可奈に振り回されるのが幸せでたまらない。
僕は可奈と過ごせればなんでもよかった。
可奈は僕が話すこと全てに興味を持ってくれるし、楽しそうに聞いてくれる。また僕も彼女の話す話を笑って聞く。
こんなことを言っては可奈に怒られるであろうが、可奈の話は芸人さんや落語家さんからすれば他愛もないつまらない話であろう。
ただ僕は可奈が話しているというだけで、テレビで芸人が話すどんな話より面白かった。
付き合い始めて1年たった。僕はある決断をする。
それはプロポーズをすることである。
僕は女性へのサプライズの経験など皆無であった。半年前、僕は可奈の誕生日にサプライズをしようとは思っていたのだが
「明日誕生日だからちゃーんとお祝いしてよね!」
と考えていた計画は水の泡となっていた。
「せっかくサプライズして喜ばせようと思ってたのに〜」
と言うと
「それを予知して邪魔してやったのだ!」
と得意げに言う。妖怪”男の気持ち知らず”である。
当時は笑い話で済んだが今僕はその時の可奈の行動を心底恨んでいる。おかげさまで今回のプロポーズが僕にとって人生初めてサプライズである。
「初めてのサプライズがプロポーズってハードル高すぎないか!?」
気付けばこの愚痴を裕一に漏らしていた。
「いやぁ、お前にそこまでさせる人が現れるとは... なんか泣きそうだよ俺は。」
「親か。」
「まぁ頑張れよ。お前の思いは絶対伝わる。100パーオッケーもらえるよ。だってもう付き合って1年になるし話聞いててもラブラブだし#%#%#...」
毎回恒例である。
僕はその「100パーオッケーもらえるよ。」その言葉が聞きたかったのである。
「ありがとう裕一。自信ついたよ。」
「おう!!結果報告しろよな!」
それから1週間後、僕は可奈をディナーに連れて行った。
[ベタなシチュエーションだな。]と自分でも思ってしまうがこれしか思いつかなかった。
いつものように会話を楽しみ、美味しい料理を食べ、満足げな可奈に僕は
「可奈、話があるんだ。」
心臓が破裂しそうである。
「なに?」
いつもと違う雰囲気をさすがに察知したらしい。
「可奈と一緒にいると、いっつも楽しいし、幸せなんだ。僕はずっと可奈と一緒にいたい。お互い年を取っても。だから僕と結婚してくれないか?」
教科書を開けば出てきそうな言葉である。
言い終わりふと可奈を見ると泣いていた。
「もちろんだよ、こちらそこよろしく!」
可奈はしわがれた声で言った。
僕は緊張が解けて開放感と可奈と結婚ができるという喜びに満ち満ちていた。
まもなく僕らは婚姻届を役所に提出しにいき、新婚生活がスタートした。
毎日朝起きた時おはようと挨拶をし、一緒に家を出て各職場に行き、僕が先に帰ってくれば、僕が
「おかえり。」
可奈が
「ただいま!」
彼女が先に帰ってきていれば
「おかえり!!」
と言われ
「ただいま」
と僕が言う。
寝る時はおやすみを必ず言った。
そんな些細なことにでも僕はいちいち幸せを感じていた。
付き合ってる時と同様に、あまり2人で遊びに行く機会はないが、可奈と一緒に過ごせてる、それだけでよかった。
そんな中飼っていたフクちゃんが死んでしまった。僕は1時間近く泣いた。人生で味わったこともないほどの悲しみだった。
可奈も泣いていた、が、なにも言わず僕の隣に寄り添ってくれた。
もし今可奈がいなかったら僕はどうなっていたのだろう。かけがえのない家族が死んでしまった悲しみをかけがえのないもう1人の家族が癒してくれた。
それから数ヶ月後、可奈は妊娠した。
「私たちついにお父さんとお母さんになるのね!!」
おそらく人類が幾度となく言った言葉であろう。
「そうだね!早く生まれてこないかなぁ〜」
夫婦揃ってありきたりなことしか言えなかった。
自分に子供ができるなんて全く想像できなかったし、ちゃんと育ててあげられるか不安であったが生まれてきた我が子を見たときそんな心配はどこかへ飛んで行った。
「元気な男の子ですよ!」
助産師さんは言った。
我が子が大きな声で泣いている。僕らも泣いている。
名前はすでに決めていた。
「悠太」
「これからよろしくな。」
僕は挨拶した。
とにかく僕は幸せだった。こんな日々が一生続いて欲しい、そう願うばかりであった。
3年後、可奈に膵臓ガンが見つかった。医師によると余命は1年だと言う。
仮にあと1年きっかり生きることができたとして、悠太は4歳。幼稚園に元気よく通い、日々の成長を感じることが毎日楽しくして嬉しくてたまらないころであろう。
「余命なんてあてにならないからね!私はもっと生きてあのお医者さん驚かせてやるんだ!」
可奈は明るく振る舞った。
悠太と家に帰り、夜ご飯を食べさせてお風呂に入れて寝かせた。
自分の部屋に行きいつもは可奈と寝ているため、1人では少し広いベッドに寝転がって、僕は泣いた。
いつまでたっても涙は止まらなかった。
運命とは残酷なものだ。よくテレビで見かける、母親を早くに亡くしてしまい、残された家族。それを見るたびに
[幸せそうな家族に限ってこういうことが起きる、運命って残酷だな。]
そう思っていた。まさか自分達にその運命が牙を剥くとは知らずに。
散々泣いたあと、自分がこんなではダメだと思い起き上がった。可奈の余命より長く生きると言ったあの言葉を信じるしかない。
「可奈ならきっと言われた余命なんて覆すさ...!」
「ざんねーん。彼女はあと1年きっかりで死ぬよ〜。」
どこからかそんな声が聞こえた。耳を疑い、後ろを振り向くと、黒い服を着て、大きな鎌をもった男が浮いていた。
僕は言葉を発することができなかった。そんな僕をよそに、彼は続けた。
「最近の医者ってすごいよねぇ。患者の余命ほとんど正確に当てちゃうもん。時代って進んだんだなぁ。まぁ余命を伸ばすことはできないんだけどさ!」
彼は愉快そうに話した。
僕はやっとの思いで口を動かし、言った。
「お前は...誰だ?」
すると彼は
「あ、言ってなかったね!俺は死神。いやぁなんとなく雰囲気で察してくれないかなって思ってたけど難しいよね!まぁホントに死神がいるなんて思ってないだろうし。」
「死神が僕に何の用だ?」
震える声で言った。
「あ、そうそう!なんで俺が君の前に現れたかって、彼女を助けるチャンスを与えようと思ったんだよ!彼女の家系は代々短命の運命でさ、みんな若くして死んじゃうんだよね!」
彼は続ける。
「なんか最近それが可哀想になってきてね。その運命を変えるチャンスを君にあげようと思うんだ!彼女を救いたいだろう?」
突拍子のない話だから理解するのに時間がかかったが、僕はすぐに
「救いたい、なにをすればいい?」
と言った。すると死神はニタァと不気味な笑みを浮かべて言った。
「これから君には過去に行ってもらう。そして彼女の先祖に会い、運命を変えるんだ。どうやって変えるかは教えない。それじゃあ面白くないからね!」
僕は全くなにをするか見当もつかないが
「わかった、やろう。」
そう言った。
「オーケィじゃあ今から試験開始するよー!」
そう言って彼はパチン!と手を叩くと僕は気を失った。
眼を覚ますと、僕は天井を見上げていた。
明らかに木製で古い屋根である。
「いつまで寝てるんですか、早くしないと授業に遅れてしまいますよ。」
女性の声が聞こえた。
「可奈!?」
思わず叫びながら声のする方を見ると全く知らない女性の驚いた顔があった。
「なにを言ってるんですか、変な夢でも見てらしたの?」
笑いながらその女性は言った。どうやらこの人の妻らしい。赤ん坊を背負っている。
名前を聞きたいところだが、さすがに聞いたらおかしなことになるだろうから聞かなかった。
用意された朝食を食べ、ふと置いてある鏡を見た。するとそこには自分の顔ではないが、どこかしら自分に似た顔があった。
昔の鏡だからであろう、はっきりとは見えないが、自分に似ていることは確かだった。
[もしかして、これは俺の先祖か?]
直感的にそう思った。
だとすると、今あの妻であろう女性が背負っている赤ん坊は僕ひいひいひいおじいちゃんとかなんであろう。
すると彼女は
「ほら、痺れを切らして呼びにきた。」
と言った。
数秒後、子供達が部屋の奥から現れ
「カヘイ師匠、授業の時間ですよ!」
と言って僕を部屋の奥に連れて行った。
ここで分かったのはどうやらご先祖様の名前はカヘイであること。そしてご先祖様も教師であることだ。
[ご先祖様も教師だったのか、僕が教師になったのもなにかの運命だったのかな。それにしてもカヘイってどんな漢字を書くのだろう?]
そんなことを考えてるうちに教室であろう、やや広めの部屋に着いた。
ご先祖様はほとんど全ての科目を教えていた。
だが、英語は教えていなかった。
[まぁこんな古い時代であれば英語なんて教えていないか。]
ふと今西暦何年なのだろうと思い、生徒たちに問題を出すふりをして聞いてみた。すると
「18¥¥年!」
と答えた。僕は歴史には疎いが、なんとなく武士がブイブイ言わせていた時代だということはわかる。
それから生徒達の授業を済ませ、僕は可奈の先祖を探しに出た。
[もし可奈と全然似てなかったらどうしよう。仮に見つけることができたにしても、一体なにをすればいいのだろう?]
そんな不安を抱きながら町を歩いていた。その町は人で賑わっており、とても活気があった。
どうやら僕のご先祖様は有名人らしく、色んな人に挨拶された。
2時間ほど歩き回り、日も暮れてきたため家に帰ろうと思ったその時、向こうから着物を着き、赤ん坊を抱えた女性が歩いてきた。
顔がはっきり見えたわけでもない、声を聞いたわけでもない。
ただ僕はそれが可奈の先祖だとまた直感的に思った。
通り過ぎる時、顔を見た。そして確信した。
[可奈だ...!]
では、あの赤ん坊は可奈のひいひいひいおじいちゃんかおばあちゃんにあたるのであろう。
話しかける勇気はなかったため、近くのおばちゃんに彼女について聞いてみた。
「ああ、トメちゃんね。とてもいい子だよ。明るくて優しくて。母親を早くに亡くしてしまったけど辛そうな素振りも見せずに気丈に振る舞って。」
どうやら本当に先祖代々短命であるらしい。
「でも父親がねぇ。」
ぽろっと言った。
「父親がどうしたんですか?」
僕は尋ねた。
「いえね、あの子の父親は商人なんだけど、あくどい商売ばかりしてあちこちで恨みをかってるらしいのよ。娘はあんなにいい子なのにねぇ。」
「 そうなんですか。」
なんとなく自分のするべきことが分かった気がした。
これから可奈の先祖のトメさんは父親に恨みをもった人になんらかの襲撃を受けるのだろう。そして死んでしまう。
この運命を変えるのがおそらく僕のするべきことなのだ。
なんだか物語の結末を知ってしまった時と同じような気持ちになった、が可奈の運命を変えるには多少のズル(決してズルではないと思うが)も仕方ないだろう。
その次の日から僕は、生徒達の授業が終わるとすぐに散歩に出かけるふりをしてトメさんを見張った。特になにも起こらない。
[本当に襲撃なんて受けるのだろうか?これで病気で倒れてしまったら僕にはどうにもできないぞ。]
それから1週間経ったある日いつもと同じように彼女を見張り、きちんと家に帰るのを見届け、家に帰った。
僕のひいひいひいじいちゃんであろう赤ん坊をあやし、ご先祖様の妻と談笑しながら夜ご飯を食べて寝た。
時間はわからない、がその夜中
「カンカンカンカン」
というけたたましい音で目を覚ました。
「火事だー!!」
僕は跳ね起きて、現場に駆けつけた。とても嫌な予感がする。予感と言ったが心のどこかで確信していた。おそらくこれはトメさんの家で起こっている。
僕は彼女の家にすぐに駆けつけた。案の定家燃えている。
門の近くで男が叫んでいた。彼は足に火傷を負っているようであった。
「孫が、娘がまだ家の中なんだ!!誰か助けに行っ...」
彼の言葉を遮り、僕は燃える家の中に入った。体が自然に動いていた。
「家は外見からして広い。火が回りきる前にトメさんを見つけられるのだろうか...?」
家の中を駆け回っていると、右奥の部屋から
「誰か、助けて...!」
今にも消え入りそうな声が聞こえた。
部屋の扉を開けると一面火の海であった。
覚悟を決め、火の中に飛び込むと赤ん坊を抱えたトメさんがいた。
「あなたは...確か塾を開いてる...なぜあなたがここに?」
か細い声で彼女は言った。
「あなたを助けに来ました。今すぐここを出ましょう。」
そう言って彼女と赤ん坊を抱えたのはいいが回りは火の海である。
[どうやって抜けようか。]
と考えていると真後ろから
「ガラガラ」
と大きな音がした。屋根が崩れ、少し道ができた。
反射的にその道を駆け抜けた。部屋を出るとさっきよりも火が回っている。急がねば。
「トメさん!出口はどっちですか!?」
「あちらです...」
言われた方向に走った。外が見えた!
「あと少しですよ...!」
その時だった。床が抜け、僕は足を取られてしまった。
彼女と赤ん坊を抱えていたのと、火事で床がもろくなっていたためだろう。抱えていた彼女と赤ん坊は前に放り出されてしまった。
僕は必死に抜け出そうとするが折れた木が引っかかって足は抜けない。
「大丈夫ですか!?」
彼女は僕の腕を引っ張ったが、煙を吸って元々意識が朦朧としていることもあり、力が弱く僕を引っ張り出すことは不可能であった。
「逃げてください...!」
僕は咄嗟に言った。
「そんなことはできません...!」
そんなことを言ってる間にも僕の後ろから家の崩れる音が聞こえてくる。
「早く!!逃げろ!!!」
僕は人生で1番大きな声を出した。
その僕の声に突き動かされたように彼女は赤ん坊を抱え、走り出した。
ついに僕は火に囲まれた。どんどん家も崩れている。
「ごめんなさい、ご先祖様。勝手にあなたを殺してしまいました。」
[それにしてもこの僕が人のために犠牲になるなんてな。]
僕はふっと笑った。僕の真上の屋根が崩れ落ちた。
目の前が真っ暗になった...
パチン!!!
僕は目を覚ました。自分の部屋にいた。元の世界に戻ってきた。
「おかえりなさい!いやぁ、我が身を犠牲にして彼女を逃す姿、感動しちゃったなぁ。」
目の前で死神がニタニタ笑いながらしゃべっている。
「お、そうだ!君は見事、彼女の運命を変えることに成功しました!彼女の病気はもうじき良くなるよ!」
「そうか、良かった...!」
僕は思わず涙を流した。だか死神は笑いながら続ける。
「ただねぇ、1つ悲報があるんだよ。なんと彼女の運命が君にすり替わってしまったんだ!だから結論から言うと、」
死神は満面の笑みである。
「君の命はあと1年!今日からきっかり365日ね!じゃあ1年後迎えに来るから、またね!」
死神は消えた。いまいち頭の整理がつかないが僕は次の日の朝、すぐさま可奈の病院に向かった。
病院の先生に無理を言って可奈のガンの検査をしてもらった。本当にガンは可奈の体から姿を消していた。
僕らは抱き合った。泣いた。とにかく泣いた。
「また元気に笑って暮らせるね...!もう私一生病気なんてしないから!!!」
泣きじゃくりながら可奈は言った。
「うん...!これからまた楽しく暮らそう!」
その時僕は「一生」とか「ずっと」という言葉を言うことができなかった。
[1年後迎えに来るからね!]
その死神の言葉が頭の中で引っかかったからだ。
まもなくして可奈は退院した。
可奈の退院を両親に報告しに行くと、父さんはおらず、遺影になっていた。母さんに
「父さんは死んだのか...?」
と尋ねると、呆れた顔で
「随分前に亡くなったでしょ?どうしたの、もうボケたのかい?まぁ可奈ちゃんのことで頭がいっぱいいっぱいだっただろうからね。」
[これは死神が言った運命がすり替わった影響なのだろうか...?]
急にいつか来る1年後が怖くなった。もし本当だとしたら僕は1年後に死ぬ。
そんな恐怖心を抱きながらも僕らの幸せな生活は再スタートした。
いざいつも日々が戻ってくると死神の言ったことなんてどうでもいいくらい幸せであった。
可奈に悠太と一緒に
「おかえり!」
と言う幸せ。
可奈と悠太に
「おかえり!!」と言われて
「ただいま!」
と言う幸せ。
家族で色んなところに行った。海、動物園、旅行も2回ほど行った。
可奈は3歳の悠太と同じくらい、いや、それ以上にそれらの場所を楽しんでいた。
教師としても仕事も充実していた。
最初に比べ英語をうまく子供達に伝えられるようになったと思う。
ずっと教師は安定したつまらない仕事だと思っていたが今はやりがいに満ち溢れている。
毎日が楽しかった、幸せであった。
気付けば明日で1年が経とうとしてた。
昔から不思議であったが、楽しい時間はすぐに過ぎている。
僕は可奈とおやすみを言い合い、寝転がった。
可奈の寝息を聞きながらウトウトしていると聞き覚えのある声が聞こえた。
「久しぶり!元気だった?」
あの死神である。
「明日で1年だから挨拶しとこうと思って!いきなり迎えにきたら嫌だろうなって僕なりに気を使ってみたんだ!どうだい?最後の1年楽しく過ごせたかい?」
相変わらず元気な死神である。
「じゃあ挨拶も済んだことだし、明日の23時に迎えにくるね!!」
そう言って死神は消えた。
朝起きて、可奈と悠太におはようの挨拶を済ませて、朝食を食べた。顔を洗って歯を磨いた。
「いってきます。」
いつものように僕は職場に向かった。
いつものように生徒達と向き合い授業をした。
帰りの会、僕は生徒達にいつもよりも気持ちを込めて言っていた
「さようなら」
近くの机の先生に挨拶をし、家に帰った。
悠太と可奈に
「おかえり!」
と言われ、
「ただいま!」
といった途端僕は倒れた。胸が苦しい。可奈の僕を呼ぶ声、そして救急車の音がした。
気がつくと僕は病院のベッドの上にいた。
ベッドの周りには可奈、悠太、母さんの泣き顔と、死神のニタニタ笑った顔があった。
今は何時だろう?朦朧とする意識の中時計を見ると22時58分である。
「寝てる間に後2分だよ!悲しいね〜。ほら、最後に家族にお別れの言葉言っておかないと!」
楽しそうに死神がいう。
22時59分。1分で何を言えばいいのだろう。 ふと今までの人生が頭の中で思い出された。
走馬灯というやつだろう。
可奈に会うまではつまらない人生だと思っていた。アリの方がよっぽど達成感のある一生を送っているなどと考えていた。なにもこの世界に爪痕を残せず死ぬのはつまらないと。
僕は今、その頃の自分に教えてあげたい。
「人生は素晴らしいものだ。」って。
僕は可奈の運命を代わりに背負ったことによって今から死ぬわけだが、なにも後悔していない。
もしあの時可奈の先祖のトメさんを助けていなかったら、僕は可奈に出会っていないわけで、必然的に悠太も生まれてない。
可奈と悠太の存在、それこそが僕がこの世界に残した爪痕、生きた証である。
可奈に出会って変わった。悠太が生まれてきて変わった。
僕はなんとか口を動かして微かな声で言った。
「僕の生きた証になってくれてありがとう。」
さて、父さんとフクちゃんに会いに行くか。
23時00分、死神が鎌を振り下ろした。
生きた証 佐藤 流星 @ryusei0109
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