第60話 エピローグ
「どう、最近は?」
「どうも何も、受験がね」
三年生の夏休み直前。
講習終わりの教室では、久しぶりに私に話しかけてくる珍しく生徒がいた。
「花音こそ、どうなの?」
そう、花音だ。
私に話しかけてくるなんて、本当に珍しい。というのも、私はもはや集団の一員としてこの学校にいる訳じゃないから。
「まぁ、私は専門学校だから、特に苦労することもないんだけどね。てか、聞きたかったのはそういうことじゃない」
正直なところ、今はあまり花音とも関わりたくないのだが、まぁ少し会話するくらいなら良いだろう。
「ぼちぼち。それなりに仲良くやってるよ」
「ふーん、そりゃそっか。そうじゃなきゃ、一緒の大学に行くためにこんなに勉強しないもんね」
「そのとーり! そっちは? 仲良くできてるの?」
私としては、もう一人になんてなってほしくないなぁ。この二人は友達としてずっと仲良くしていて欲しい。
「まぁ、祈凜は結構抜けてるとことかもあるけど、一緒にいて面白いなぁ」
「そう……」
「そんな悲しそうな顔しないで話しかけてみればいいのに」
そんなこと出来るわけがない。
私はもう祈凜さんとはいられない。代償を払いすぎた。
あのとき決断したことは、私にとって変えちゃいけないものだから。
「……まぁ色々あったから、仕方ないとは思うけど。でもね麻百合。友達として、もう一度やり直してみれば?」
「…少し考えとくよ」
そんな簡単なことではないというのは、花音もわかっているのだ。花音だけは、私達の事の顛末を知っているから。
「うん、そうしな。残りの高校生活、悔いのないように。私は、麻百合の決断が間違ってるとは思ってないけど、やりすぎは良くないからね」
それに私が頷くと、花音は去っていった。
私は鞄を持って廊下にでる。
あの決断から一年。
私の周りは一変した。クラスもとい、グループという和からは外れ、一匹狼として、生活している。
案外、こういう生活も嫌いではないと言うことが、分かった。
でも、寂しさはある。
一人でいることの辛さや、心苦しさは、きっと、一人でいる人にしかわからない。そういう意味でも、私はこの感覚を分かってくれるあの人が好きだ。
「…勉強しないとなぁ」
あの人の元にいるために。
私は、塾でもらった参考書を机に広げ、貪るようにペンをすすめた。
◇
「ねぇ、麻百合。こっちだよ」
久しぶりに訪れた、恋人と会う機会。もはや、学校内でも全体的に認知されてる私とその相手だ。
今日は、そんな人物とショッピングに来ていた。
「そんな、急がなくてもいいじゃん」
「早く、麻百合としたいんだもん! 今日は折角のお泊まりだし!」
本日と明日は2日限りの休日と私が決め、それを聞くや否や、この計画をたてはじめた目の前の少女。今はお泊まりに使う道具を買いに来ているところだ。その後はまっすぐ、ホテルに行く。
「そんな、恥ずかしいこと大声で言わないの!」
私は少し大きめの声で注意だけしておく。相変わらず、子供だなぁ。
「いいじゃん、こんな時しか会えないんだし」
「良くない。周りに迷惑だし。それに、少しは勉強くらい教えてよ」
私も受験ということもあり、少しナーバスになっている。
「私、教えられるほど頭良くないよ?」
小首をひねってそういうことをいう。嫌味にしか聞こえないではないか。
「……もういいよ。さっさと、買い物済ませよ」
そう言って、私は食品コーナーを早足で歩き始める。その後ろを楽しそうについてくる人がいる。それが、堪らなく嬉しい気がする。
◇
受験発表の日。
私は、張り出される紙に目を見開いた。
「5056……麻百合あるよ!」
私の隣でそう叫ぶ私の恋人。そんな恋人に私は抱きついた。
「受かったぁー! これで、これでまた一緒にいられるね!」
私の思いはそれだけ。一緒にいることが私にとっては何よりも大切なのだ。
そして、本当の驚きはまだだった。
「っ! ねぇ、麻百合……」
私と抱き合っている状態でそんな風に名前を呼ばれる。それは、不思議な感覚だった。
驚いた表情の視線の先を見ると。
「……祈凜さん」
そこには祈凜さんがいた。目が合うと、自然とこちらに寄ってくる。
「……こんにちは、二人とも」
開口一番はその言葉。
「……やっぱり、ですね……どんな関係でも、私は三人でいたいなって……」
そして、そんなことを言うのだ。
あれから一年半近く。長かったのかもしれない。間は空いたのかもしれない。けど、そんなの関係なかった。
「……祈凜っ!」
そうすると、私よりも先に祈凜さんを抱きしめる人物がいる。それは、私の恋人だ。
ちょっと、嫉妬してしまう。
「祈凜さん!」
負けじと私もその上から、抱きしめる。
「く、苦しいよ……二人とも」
その声はなんとなく、嬉しそうだ。
もし、こんな日が訪れたら、私はこういうと決めていたことがある。
私の選択は間違ってた。でも間違ってるけど、十分、良い結果になったと。
「沙夜、祈凜、これからもよろしくね」
きっとまた、何かの拍子に熱くなることがあるかもしれない。そんな時はまた、選べばいい。私が最善だと思うものを。
そして、私は綴っていく。私達の物語を。
綴る手を伸ばして 沢木圭 @sawaki15
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