くらげ

ちゅけ

第1話



それほど深くない海の底に沈んでいるのは悪くないものだ。問題は息が二十秒もつかもたないかということと、鼻をつまんでいないと後々ひどい目にあうことくらいだ。海水が鼻から入る痛さは例えようもない。

しかし今日は少し浸かりすぎた。夕日に染まる水面は美しい。やや桃色を含んだ橙に、口から吐いた泡が寄り道しながら近付いていく。これ以上の幸せを私は知らない。

浜辺で髪をふいているとき、ピアスが片方ないことに気が付いた。亡き母からもらった大事なものだ。

少し迷ったが、私はまた海へと向かった。ザブ、ザブ、と足がつくのも数歩のことで、あっという間に体が水面に浮かぶ。

(お願い、見つかって)

ゆっくりと、しかし着実に暗くなる水底を懸命に探す。ピアスピアスピアスピアス。頭のなかで唱える。

すると。

手に僅かな痛みが走った。この時期だ、くらげかもしれない。

はっと我にかえり、急いで陸を目指す。息が上がる。体が冷えている。早く、早く、早く、、、。

気付けば浜辺で天をあおいでいた。星なのか涙なのかわからない。痛む手を目の前に持ってくる。そこには探していたピアスがズブリと刺さっていた。

(よかった…!)

嬉しさに起き上がると、目前に目のない首が浮いていた。

笑っているように見えた。

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くらげ ちゅけ @chuke

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