御船粧

元禄花見踊りを聴き乍ら……

https://www.youtube.com/watch?v=pSBB5s8AOTw


 うららかなる陽気と大川(隅田川)富水流とみづるいだかれて浮かび、じく相銜あいふくんで糅然じうぜんと入り乱るる揺籃えうらんの如き大小の舟船しうせんうち一際ひときはの偉容を誇るぼう御座ござぶね満艦飾まんかんしよく御船粧おふなよそひ悠悠ゆうゆうと進む。を左右に三十八ちやうずつの都合七十六ちやうだち走舸そうかする五百石積みの巨船おほぶね水師すいしの旗艦たるべき疇昔ちうせき艨艟いくさぶねおもかげすでに無く、御座ござぶねは今や二百歳ふたももとせへて永らふる泰平の世を寿ことふはるを浴びて、朱塗りの船体との随処に施した金細工とをきらめかす遊山船ゆさんぶねていであった。いなあらず、あらず。御座ござぶねは是にしたがう屋形舟やもやいと共に水上みのへに在って“春の陣”に臨みる。船首より垂らす鐵紺てつこん飾房かざりぶさ犛牛りぎうしろ尾毛おもを束ねた唐頭とうのかしらを冠するあかあふひ御紋ごもん惣金そうきん三ツ提灯ぢやうちんを筆頭に、ふなばたには朱地あかぢ縹地はなだぢ白葵しろあふひ白地しらぢ朱丸あかまるの旗やのぼりやが数多あまた咲き誇り、川のもろ岸伝ぎしづたいに植わった桜樹おうじゆと春の爛漫をくらべ合うてるではないか。浜風にもてあそばれていろどり乱るる旗幟きし繽繙ひんぱんするさまこそうるはしけれ、桜樹おうじゅとてつひに散らしたはなびらいかだ川面かわもに漕ぎいだし、ぼうふな行きを奉迎むかへたてまつるやに見ゆるものだから、花合戦はないくさ、紅白の幔幕まんまく軟障ぜざうの如くめぐらした総矢倉造そうやぐらづくりの其のなかばに、更に載せてしつらえられた屋形のうちに御座って花笑はなえぼうに軍配の上がるは必定ひつぢやうであろうよ。

 永代橋えいたいばしくぐり、ときかぜいよいよと帆を揚ぐれば、いつくしき稜威りやうゐしめあふひ御舟印おふなじるしが衆目に光被あらはれおよび、金麾きんきあかあふひ御紋ごもん付の白地しらぢ吹貫ふきぬきも浜風を抱き込んで畝畝うねうね水龍みづちをへぐが如くに快然としてくうゆらいた。ぼう船遊山ふなゆさんは、やが視圏しけんるる石垣の上に松樹まつのきが屏風よろしく蓊欝こんもりとする濱御庭はまのおにわまで続く。

 ふな行きと泰平の世の終着の時までさて幾許いくばくならんか。


参考:

「将軍乗船図」(東京国立博物館研究情報アーカイブズ)及び「東錦将軍家船遊之図」(東京都立図書館デジタルアーカイブ)はgoogleでの画像検索による


水谷三公著『将軍の庭―浜離宮と幕末政治の風景』(中公叢書、中央公論新社、2002)



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