蝋引紙
男は
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遅れて開かれた本
かつての自室は、最早
そんな部屋の中で、帰省の
今の自分はその時の自分とは違う自分であるのだろうか。否、そんなはずはないし、そうでもあるのだった。しかし、当時は自分の一部であったはずの何物かがすでに今の自分には属しておらず、その事実にこうして当面するまで気づいてすらいなかったことは、得も言われぬ不可思議な感覚だけを僕に抱かせた。少なくとも当時の記憶が引き継がれていないことだけがほぼ唯一確かなことなのだ……。
そんなふうに軽い
吊り棚に
今日休むべきベッドに腰を下ろし、僕は改めて室内を見廻した。十五年前に主を失って以来、いつ止まったかすら定かではない壁掛け時計と同様に止まったままの時間が滞留する部屋は、十五年後の今もかつての主をある程度は受け入れてくれはしたように思えたが、やはり根っこの部分が切れて遊離する根無し草のように
ふと、ベッドサイドに置いてある本の山の頂に載る一冊の文庫本が目に留まった。岩波文庫、フランスの作家シドニー=ガブリエル・コレットの『シェリ』であった。長年に
僕はたちまち何か取り返しの付かないことをしてしまったような恐ろしさに思い至って本を閉じ、本の山の
次に“彼女”を開くのは誰だろうか。
過去を思う七十四回目の終戦の日と
※即興小説バトルに参加した作品を加筆修正したものです。
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