驊騮

 歩武ほぶ堂堂どうどうとしてながらも何処どこ綽約しゃくやくとして弾んだ襲歩ギャロップが思う存分にたたいた大地なゐりで、あしうらふるわするのみならず心の奥処おくかにまで”大いなる震撼”を惹起じゃっきしたの日の驊騮かりゅう……其の馬影ばえいを今や御厩みまや見留みとむることは不能できぬ。

 からぬしらせが率土そっとめぐることの何とはやきことなりしか。彼馬かのむま最期いやはて頸根うなねゆるにったであるらしい。競馬きおいうまその雷名らいめいを轟かし、あぶみを降ろしてより十三年、馬齢よはい十七にして四方よもや馬にたたりする馬歩神まほのかみに魅入らるるまじこりに逢おうとは不意おもはなんだ。の体躯を最早、二度ふたたびとして見られぬとは……已矣乎やんぬるかな已矣乎やんぬるかな

 しかすがに、今は冥福のみを祈ろうよ。其方そなたおのが血の大河に多くの派川はせん出来しゅったいして水分みくまりし、今や血胤けついんとしてうまは親族うから家族やからげてかずふる不能あたはざるまでに成りおおせた。今ゆく先、其のたね達は、壁立かきたつの先、天原あまのはら転楽うたたの翔踊しょうようする其方そなた英姿えいしもとめて駈け追うて往くに相違ない。楽世うましよに残されしこま達が其方そなた附驥ふきするを、幽世エリュシオン御舎みあらかつがいぞ。

 天象のはげしく照り、そして霹靂はたた大暑たいしょ最中さなか其方そなたおくつきに見ゆらむすでかたちなき馬影ばえいに、手向たむけの花ならぬしのびことの葉を霏霏ひひとして降らするをゆるせかし。馬耳東風とは云わぬがいぞ。


※ディープインパクト号急死の報に接して。


※余談ながら『御法寶鑑』下の「五性十毛之事」なる一項に「五性ごしょうもっごんすい十毛じゅうもうあおげあしげくりげかげ、「=(馬皇ひばりげ)」、しろかげつきげかわらげくろげ、「=(馬魚さめうま)」なりその毛色けいろより五行ごぎょうニ配ス」(※以上、『古事類苑』〔動物部二・獣一〕よりの孫引きによる、ルビは引用者)とあり、「かげ」=鹿毛のディープインパクトの五行は「火」、即ち火の馬であった。

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