書斎劇

御乳人

※縦組みビューワー設定推奨


※Darius Milhaud: La Cheminée du Roi René, Op.205 (1939)を聴き乍ら……


〔場 面〕

 寧和ねいわ元年春 鳳臺京ほうたいきょう花町内裏はなまちのだいり


〔登場人物〕

 しゅ じょう花町帝はなまちのみかど(※三歳)

 宰相局さいしょうのつぼねしゅじょう御乳母おんめのと(※傅育ふいく役)

 治部卿局じぶきょうのつぼね宰相局さいしょうのつぼね朋輩ほうばい

 伊予局いよのつぼね下臈げろうつぼね

  ちゃしゅじょう御乳人おちのひと(※乳付ちつけ役)


〔第壱幕〕-------------------------------

(主上、御寝中およるなか。宰相局、治部卿局、伊予局まゐり来たる)


宰相局:御上おかみいさをひんあれ〔さあ、御起床あそばせ〕おまうさんのゐんの〔お父様の上皇様が〕おうちつき〔ご到着〕ならしやりますゆゑ

主 上:……

治部卿:おつむさん〔御頭〕おまうまう〔御具合悪く〕にあそばしやりまするか、御上おかみ御上おかみ

主 上:……

宰相局:おしもにいふて御上おかみおすきさん〔御気に入り〕おもてあそび〔玩具〕もてまゐらせよ〔持って来させなさい〕

伊予局:〔承りました〕


(伊予局、まかり出づ)


主 上:……おちち(おっぱい)

治部卿:御上おかみ、なんとおおせらる〔仰いましたか〕

主 上:おちち〔おっぱい〕おちち〔おっぱい〕まゐれ〔参上せよ〕

宰相局:御乳人おちのひといづちに〔何処に(おるか)〕まゐらせよ〔参上させよ〕

主 上:おいおい〔えーん〕おいおい〔えーん〕


(主上、泣き出し、やうやう御乳人おちのひと、阿茶まゐる)


阿 茶:御上おかみをひる〔御起床〕けふはおそそもじ〔今日はごゆっくり〕のことで

宰相局:むつからしやつて〔お泣きになって〕をひる〔御起床〕ならしやりませぬ

阿 茶:御上おかみ御上おかみ、あちやまゐりそろ〔参上致しましたよ〕

主 上:あちや、あちや、おちち〔おっぱい〕

阿 茶:おなしまうしあげなん〔お抱き申し上げましょう〕


(主上、はだけし阿茶の胸元に吸い付く)


宰相局:御上おかみそもじ〔そなた〕おちち〔おっぱい〕おすきさん〔御気に入り〕であらしやる

阿 茶:おいとぼしきこと〔御可愛らしいこと〕

治部卿:(独言ひとりごつるやうに)おみおほきう〔たいそう大きく〕およずけなりましやるに〔御成長しておられるのに〕

宰相局:(私語ささめくやうに)あなかま〔しっ、御黙りなさい〕


(伊予局、玩具を持ちて再帰す)


伊予局:くもじながら〔畏れながら〕ゐんの御所様〔上皇様〕よりおつかい(御使者)おまゐり

宰相局:なにこと

伊予局:けふ〔今日〕ごかうならざるよし〔(上皇様は)御出でにならぬ由〕まうしいれおりそろ〔申し入れております〕

宰相局:〔承った〕

主 上:をひる〔起きる〕

阿 茶:をひるでおじやあ〔御起床でございます〕

治部卿:みけしきおよしよしに〔御機嫌よろしく〕ならしやつて

伊予局:このおもてあそび〔この玩具は〕

宰相局:いらぬ〔必要ない〕

阿 茶:御上おかみおねめし〔御寝間着〕かうい〔御着替え〕あらしやりませ

治部卿:おもてあらいもて〔御顔洗い(の水)を持て〕おけづりおぐし〔(主上の)御髪を梳る櫛〕これへ

宰相局:をひるぶれ〔御起床の御触れ〕

治部卿:まうしやう〔申し上げます〕をひるでおじやあと申させたまう〔御起床なさいます由、(主上が)仰せられました〕


-------------------------------〔第壱幕 了〕


参考:

『お湯殿の上の日記』(続群書類従・補遺三)

浅井虎夫著/所京子校訂『新訂 女官通解』(講談社学術文庫、1985)

井之口有一/堀井令以知著『御所ことば(生活文化史選書)』(雄山閣、復刊2011)

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