雪苑生

※Menuet sur le nom d'Haydn - Ravel (J.m.w.Clarke)を聴き乍ら……


 山間やまあい閭里りょりうちに在って、らぬだにとき無し気疎けうと苑生そのふ皚皚がいがいとして深雪みゆきの散りかれしあしたいまだ何色にも染まっておらぬ純一無雑じゅんいつむざつけがれ無い真白き絨毯を何者よりもはやく踏みにじはず児等こらの姿は見えぬ。

 世界はときの巡るごと山河大地さんがだいち艸花くさばな色尽いろづくめして更衣ころもがへするものだのに、北国の冬は、雪片ゆきひらかぞ不能あたはざる程に皎皎きょうきょうと散り積みて、其のしろぎぬ一片一片ひとひらひとひらで雪色一色に染めた一枚の貼絵はりえだけを吾吾われわれ眼路めじに映じさす。いなまことは世界を何色かに染むるべきときそなえて純白無垢の帆布カンヴァスこしらえているのやもしれぬ。

 しかいづれにもせよ、ただ児等こらかんじきで蹂躙されておらぬ而巳のみならず、雪舟そりわだちはおろか鳥獣のあしあとすら見えぬ雪苑生ゆきのそのふは、成る程、きよめられし世界の奇零くしびたたえてこそいれ、其れ自体が何たる悲劇であろう。過疎という名の宿痾しゅくあはこの国に瀰漫びまんして久しく、最早もはや閭里りょり苑生そのふ児等こら喚声かんせいの響くことは無かろう。とき玄冬げんとうを越えて、再び青春を迎えて後も……。


参考:

ポール・ギャリコ〔Paul Gallico〕著/矢川澄子訳『雪のひとひら』(新潮文庫、2008、初出1975)

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