秘史稗史

脱屣

※縦組みビューワー設定推奨


『安槐記』平成三十一年四月卅日条 


四月卅日〈丁酉〉 雨降、今日 天皇〈御年八十五〉御脱屣日也、依可有退位礼正殿之儀、余着束帯参内、酉一刻以前、余以下三台・諸卿并諸国守・官人等、列立松之間御臺前了、次皇太子同妃并秋篠宮同妃、同姫宮二所以下皇親悉皆入御、御臺左右令列立給、刻限、 天皇入御、次皇后宮同入御、此間侍従長以下侍従等祗候、両侍従捧持剣璽等奉安置御臺脚案上、次余奏上国民代表之辞、其後勅語下賜、其詞曰、以今日退位、朕聞首相申詞深謝、又即位以来卅年、於今為 天皇臨御事幸甚、是依公民海容也、深謝々々、向後、祈念令和弥栄、庶幾本邦・世界平和并人々安寧者也云々、令揖給後御退出、先 天皇下御、皇后宮下降時、 天皇令取宮御腕給、被差副之、又及松之間御退出寸前、令再覧人々給、其御姿甚以神妙、無不催感涙者、儀了皆人退出了、予有改元定、新元号已令和一定之由周知、自明日可為令和元年、目出々々、

抑御譲位後 上皇暫有御留吹上御所後、高輪皇族邸〈港区高輪、高松宮御旧跡也、平成十六年、同宮妃御薨去後無人〉御移徙、赤坂東邸可為新仙洞御造作之間、高輪可為仙洞仮寓之由已以治定、此間 新帝御在所赤坂也、吹上・赤坂加御修繕之後、内裏・仙洞御両所可被御相博云々、


【読み下し】

四月卅日〈丁酉ひのととり〉 雨降る。今日、天皇〈御年おんとし八十五〉御脱屣ごだつしの日なり。退位礼正殿の儀有るべきに依り、、束帯を着し参内す。酉一刻とりのいつこく以前、以下の三台・諸卿しよけいならびに諸国のかみ・官人等、松の御臺おんだいの前に列立しをはんぬ。次いで皇太子同妃ならびに秋篠宮同妃、同姫宮二所以下の皇親悉皆しつかい入御じゆぎよし、御臺おんだいの左右に列立せしめ給ふ。刻限、天皇入御じゆぎよ。次いで皇后宮くわうごうぐう同じく入御じゆぎよす。かん、侍従長以下の侍従等祗候しかう。両侍従剣璽けんじ等を捧げ持ちて御臺おんだい脚案きやくあんの上に安置したてまつる。次いで、国民代表の辞を奏上す。其の後、勅語下りたまふ。其のことばはく、今日をもって退位す。ちん、首相の申詞まうしことばを聞きて深謝す。又、即位以来卅年、今に天皇として臨御りんぎよの事幸甚かうじん、是れ公民の海容に依るものなり。深謝々々。向後きやうこう、令和の弥栄いやさかを祈念し、本邦・世界の平和ならびに人々の安寧を庶幾こひねがふものなりと云々うんぬんゆうせしめたまふの後、御退出。づ天皇下御げぎよ皇后宮くわうごうぐう下降げぎよの時、天皇、宮の御腕おんただむきを取らしめたまひて、これに差しへらる。又、松の間を御退出の寸前に及びて、人々を再覧さいらんせしめたまふ。其の御姿おんすがたはなはもつて神妙。感涙かんるいを催さざる者無し。儀おはりて皆人みなびと退出しをはんぬ。かね改元定かいげんのさだめ有りて、新元号すでに令和に一定いちじょうよし周知す。明日より令和元年たるべし。目出めでたし々々めでたし。

そもそも御譲位の後、上皇しばら吹上ふきあげ御所に御留おとどまり有るの後、高輪皇族邸〈港区高輪、高松宮の御旧跡ごきうせきなり、平成十六年、同宮妃御薨去ごこうきよの後、人無し〉に御移徙おわたまし。赤坂東邸、新仙洞たるべく御造作おんぞうさくするの間、高輪、仙洞仮寓かぐうたるべきのよしすでもつ治定ちじやうす。かん、新帝の御在所赤坂なり。吹上ふきあげ・赤坂に御修繕ごしうぜんを加うるの後、内裏だいり・仙洞御両所、御相博おんさうばくせらるべしと云々うんぬん


※本題名二字目は環境依存文字のため表示するあたはざるのおそれあり。いま「尸+徙」として便宜びんぎに示す。「脱屣だつし」とは「履き物を脱ぐ」の意にして、転じて「譲位」の意なり。


※『安槐記あんくわいき』とは変体漢文調にてつづりし架空の貴族日記なり。当世の首相の姓より「安」を採り、大臣の古称「槐門」の「槐」より採りて称呼せうこせしものなり。諸方のご寛恕くわんじよを請う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る