松蘿契

 狂飈きょうひょうあたか糸操人形マリオネットの如くにもてあそばれていた松樹まつのいつき藤花ふじのはなは、是がようよぎっていで後も、かたみ確乎かっこたる意志をったかの様に其の枝葉や花房はなぶさあざれ逢うた。

 亭亭ていていとしてまっすぐそびゆるいつきの、逞しく張った枝下より洩れ出づる松脂まつやにの匂いが、其の魁偉なる幹や四枝ししに纏わり付くうるはしい濡羽色ぬればいろ藤蔓ふじづるで上げ、見上げた先に今やいくとしてたわわに垂れる花房はなぶさかすめる。うつむき加減にはなんで、花房はなぶさ猗靡いびとしてたおやかにたゆげに揺れながら、其の花唇かしんより洩らす芬芳ふんぽう松枝まつがえに薫らすと、二つの孤芳こほうは混然としてまろんだ。

 枝葉を大きくきしませる松樹まつのいつき遍身へんしん諸有あらゆあなというあなを大きく開かせて淋漓りんりおの木膚きはだへうるおし、針金の様に硬い葉末はずえにまでびっしりと夜露よつゆきららかせる。藤花ふじのはなおのが乱れ髪たるつるを、兇暴な松蘿さるをがせの如くしたたかにいつきうるおいに吸い付かせて是をすすり、やが津津しとどいて想人おもいびとを繋ぎ止めるとりなわ宜しく、綢繆ちゅうびゅうとしていつきへの霑滞てんたいいやす。其の殊艶尤態しゅえんゆうたい松蘿契しょうらのちぎりは、漆黒のあめさなが螺鈿らでん細工の如くに砂金いさごを散らす星星と、今日けうおぼろ澹月たんげつとに瞰下みおろされた。いつきと花の喃語なんごは秘めやかに通宵よすがら続いた。

 枝葉のきしむ音が一等大きくなってんだ。だけ雨滴あましだりしたかの様に潤んだ大地に、今度は温かな樹液が濺沫せんまつして七花八裂しちかはちれつ降り注ぐ。沃野よくやかれた、やがひこばえて緑子みどりごとなるであろう其れは、芳菲ほうひとしてせ返る様な末嫩うらわかく蒼い馨香きょうこうを漂わせ、其の場と他の世界とを截然せつぜんかくした。

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