1-3 side:砂原恵一《遭遇》
やっと救援が来た。ちなみに修理費見積もりは四万円。
そして蒲田はずかずかと家の中に入るなり、家の隅々まで探し回って言った。
「オイ砂原! 犯人は!? どこだ、俺がとっちめてやる!」
「いやいやいやいや、おらんから。何言ってんのお前」
「え、でも監禁されてるって言ってたじゃねえか」
「嘘も方便だ。ドアノブが壊れた、助けに来いって言ってもめんどくさがってこないだろ、お前」
「たしかに」
「確かにじゃねーよ」
ほどなくしてドアノブの交換は終わった。
すっからかんになった財布を見て、恵一の心に冷たい風が吹く。
鉄扉だけでなく世の中の無情さまで体感できるなんて、濃密な朝だった。
外出するための軍資金がパーになってしまったが、そんなことも考えられない蒲田の誘いを断り切れず、駅前広場まで出てきてしまった。
乾いても乾いても汗が出てくるのが辛い。じっとりと服が濡れて気持ち悪い。
「夏はこれだから嫌いなんだ」
「分かる! なー、早いとこカラオケかなんか見つけてはいろうぜ!」
「お前が連れ出したんだろうが」
駅前広場はこの暑い中、夏休みエンジョイ中の学生らしき若者で賑わっていた。
中には日焼けしている集団も多い。よくもまあ連日外に出られるものである。その感覚は到底恵一には理解できなかった。
何かないか、と当たりを見回していると、ふと変わった恰好の少女が目に入る。
炎天下だというのにパーカーを羽織っており、その下には薄手のワンピースを着ているようだった。
かなりあべこべな恰好だろう。少なくともファッションセンスはなさそうだ。
その少女が目についたのは蒲田も同じだったようで、おっ、と嘆息してから恵一にささやいてきた。
「あの女の子、変わった格好してるけどかわいくね? 一人っぽいし、いけるんじゃねーか」
「ナンパ……!? お前、このご時世そんなもん通用するわけねーだろ、不審者扱いでお縄だぞ」
「んーなっ、この俺を誰だと思ってる? 学園一女子に知名度がある男、蒲田龍司だぞ。まー見てろって」
その知名度は悪名とか悪目立ちの部類だと思うぞ、と言おうとする前に、蒲田はその少女に声をかけにいった。
「へいへいそこのお嬢ちゃん。俺らと一緒にアツい夏、過ごしてみない?」
自分のことだと思っていないのか、それとも関わりたくないのか――どちらかと言えば後者だと思うが――少女はそれを無視した。
しかし彼はめげなかった。メンタルお化けである。
何度か声かけしたあと、蒲田が躊躇なく少女の肩に手を回そうとしたので、さすがに止めよう、と恵一は二人に近づこうとする。
だが遅かったようだ。蒲田の太い腕が少女の肩に――触れた瞬間。
バギッ、と。
骨が砕けるような嫌な音とともに、蒲田がその場にくずおれる。
「いってえええええええあああああああああああああああああああ!!!!!! おま、何すんだ! あ゛あ゛痛ェ……」
傍目に見ていても何が起こったか分からなかった。いきなり絶叫しだした蒲田を遠巻きにして、野次馬がなんだなんだと寄ってくる。
蒲田の手首が変な方向に曲がっている。目の錯覚ではないだろう。あれは――。
「骨、折れてる……?」
蒲田龍司はアメフト部である。そんなやわな鍛え方はしていないはずだし、何より彼がどれほど頑丈かは、ここ二年で恵一もしっかり分かっていた。
その彼があっけなくノックダウンされてしまうのを目前にして、恵一は死の恐怖とはなんたるかを思い知っていた。
「ヤバい、マジでやばい。お、おい! 蒲田、大丈夫か!」
「大丈夫じゃねえよぉ、いてっ、クソ、悪かった、俺が軽率だったとは思うけど、何もここまで……」
患部を押さえながら、納得のいかない様子でがなる蒲田を、恵一はずりずり引きずって少女から引き離した。
当の少女は素知らぬ顔で、再びスマホの画面に目を落とす。野次馬も、このあと特に進展はなさそうだ、と三々五々散っていった。
恵一は蒲田を落ち着かせてから、少女に話しかけた。下心なし、誠心誠意の謝罪のためであった。
「あの、すみません。俺の友達がご迷惑を……」
それに気づいて、少女はスマホから目を離し顔を上げる。その表情は怒りでもなんでもなく、先ほどのことは気にも留めていない、といった感じだった。
「え? ああ、さっきの熊みたいな? いやいや、わざわざ謝ってもらわなくても。わたしもやりすぎちゃったしね、正当防衛にしては」
「は……? え、えっと、あ、そう、ですか。どうも、すみませんでした……」
もっとこう、慰謝料とか代償とか払う覚悟でいたのに拍子抜けの結果だった。恵一はきつねにつままれたような顔をして、その場を去ろうとした。
「あ、ちょっと待って! 謝りたいっていうなら、一つだけ聞きたいんだけど」
少女が恵一を呼び止める。
「はい?」
「人探ししてるんだけどさ。えーっと、この街で《カースブラッド》っていう能力者、知らないかな。多分君と同じくらいの歳だと思うんだけど」
「……はぁ、聞いたことないですね。すみません」
そっか、と少女は残念そうな顔をする。
結局、恵一はその日は病院に蒲田を連れて行って、汗だくになるだけの無意味な休日を過ごすことになった。現実は厳しい。
翌日のことである。
十二時ごろに恵一は目を覚ました。昨日はいろいろあったが、今日は外に出るつもりもないし、あんなことに巻き込まれることもないだろう、とたかをくくり、パソコンデスクの前に座った。
ちなみに、昨日のことはSNSでプチニュースになっていたようで、一部始終が動画としてアップロードされていたのであるが、それを見てもやっぱり蒲田が何をされたか分からなかった。
どうせ超能力の類なのだろう、と適当にアタリをつけ、無理やり納得した。
マウスに手を伸ばす。
――がくん、と地面が抜けたような感覚とともに、めまいとおぞましい悪寒に襲われるまで、その日は平常だと思っていた。
「クソッ……おえっ、今日もかよ……!」
しかし、だ。恵一は激しいめまいの中で異変に気付く。
今日はいつもの『発作』とは何かが違っていた。
「『不幸』に、ならない……?」
不幸な出来事が訪れない。ぐらついていた本棚も、軋んでいた椅子の足も、どうにかなる様子はなかった。
まるで何者かに妨害されたかのように、不幸が訪れることはなかった。
発作が収まる。これも、いつもよりも早かったのだ。
ピンポーン、と安っぽいチャイムが鳴った。
直したてのドアノブを回し、扉を開けると、そこにいたのは――。
「あ……昨日の」
「えっ? 君が……?」
昨日の蒲田をのした褐色肌の少女であった。
XXXX最後の生き残り めか @mekanism_OC
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