第31話「エピローグ」

 戦争は終わった。

 なんてことはない。連邦軍本部から戦え、という命令が来なくなり、軍隊は戦争をしなくなったのだ。

 誰も戦争を望んでいなかったのだ。命令されたから従った。それがやるべきことだと思ったからやった。それで何かが変わると上の者が考えたなら、従ってもいいと思っていたのだ。


「これからどうなるんだろうな」

「分からん」


 ダリルとルイーサは地球にいた。

 ダリルは長いこと顔を出していなかった実家に戻っていたのだ。


「政府も軍もバラバラ。何も残っちゃいない。バックアップも俺たちが壊しちまったからな」


 ヘルムートは連合政府と軍を吹き飛ばしたが、AIゼウスにその代替を務めさせ、世界は何事もなかったかのように回っていたのだ。だが、今は代わるものがない。


「問題なかろう。世界連合ができる前に戻るだけだ。それぞれが好きなように国を作るさ」

「そうだな。今度は好きなもの同士が集まって国を作ればいい。やりたい奴がやりゃあ、つまんないことで揉めないで済む」


 ダリルは拾った石ころをぽいっと投げる。


「ダリルは面白いことを言うな」

「そうか? 世界を全部一つにするとか、一つだけしか残さないとか、無理があったんだよ。宇宙は広いが、人はもっと多いんだ」

「ふふ、そうだな」


 ルイーサは草原に寝そべるダリルの頭を優しくなでた。


「あれ」

「ん?」


 ダリルは空の一点を指さす。


「エンデュリングだ」

「よく見えるな」

「一年乗ってたからな」

「恋しいか?」

「まあな」

「ふふ、今度遊びにいくか」

「やめとく」


 ダリルは空を見るのをやめ、目を閉じる。


「意地を張るな」


 ルイーサはダリルの唇にキスをした。




 エンデュリングは多くの戦死者を出した。生きて戻ったのは50人もいなかったと言われている。

 船体も原形が分からないほどに傷ついていたが、終戦後、大規模修復が行われた。

 恒久な平和の象徴として、元の美しい姿に戻したいと多く市民が望んだからである。

 大破した主砲1基は撤去され、航空甲板が設置された。これにより、エンデュリングはエピメテウスの離発着が可能になった。

 バトルユニットは修復が難しく、除隊処分となり廃棄された。復元しようという声も上がったが、戦後復興に回すべきと判断が下り、新造プランはお蔵入りになった。

 終戦から1年が経ったが、エンデュリングの役目は変わらなかった。世界各地を周り、航空ショーをする。それが真に求められる平和の象徴としての活動だった。

 活動再開に際して、方針が変更された。前の艦長はおじさんだったので、今回は気分を一新し、若い少女を艦長にしようという意見が上がる。満場一致で、その案が採用されることになる。


「艦長、そろそろヒューストンにつきますよ」

「もうそんな時間……?」


 艦長席に座る少女は大きなあくびをする。


「ふわぁ。最近、忙しくって寝る時間もないよ」

「だからって仕事中に寝ないでください」

「はーい。ジェシカは真面目だよね」

「艦長が不真面目になっただけです」


 ネリーは眠い目をこすって、艦長帽をかぶる。


「まあ、そのために私がいるのだ。飛行中くらい、艦長には寝かせてやりなさい」

「甘やかしてはなりません。シュテーグマン司令といえど、軍規の乱れる発言はよしてください」

「はい……」


 50歳近い老練の軍人シュテーグマンはしゅんとしてしまう。


「おじーちゃん、またいじめられてるー」

「アイギス、司令におじーちゃんは失礼っていつも言ってるでしょう」


 ケラウノスはいつものようにアイギスをたしなめた。


「だって、命の恩人に厳しすぎると思わない?」


 前の戦争で、セイレーン隊は全滅した。屈することをよしとせず、大艦隊を相手に戦い続けたのだ。

 シュテーグマンは、セイレーン隊の生存者をなんとしても探すよう指示し、ジェシカを救出した。


「構わんよ。私はただのじじい。仕事があるだけマシなのだよ」

「おじーちゃん、この仕事好きなの?」

「ああ。戦争よりずっといい」

「ふーん」

「じゃあ、エピメテウス見てくるね」


 アイギスとシュテーグマンのやりとりをよそに、ネリーはそう言って席を立つ。


「今日のフライトは追加スラスターなしですからね」

「はーい」


 ネリーはブリッジを飛び出し、新品の格納庫へと向かった。


「ネリー、明るくなったね」

「ええ。強くなられたのでしょうね。今では艦長兼パイロット。ダリル艦長の後を継ぐと頑張っていましたから」

「夢が叶ったのかー。うんうん、自分のやりたいことをやれるのはいいことだ」

「あれ? アイギスはバカスカ、弾を撃ちまくりたいんじゃないんですか?」


 ケラウノスが意地悪に言う。


「それは昔の話。今は違うから。今はこうして空から地球を見るのが好き」


 人が宇宙で暮らすようになって200年以上が経過し、地球の環境はだいぶ改善された。昔は青い地球と言われていたが、最近ではまた青く見えるようになってきたという。


「武器なんていらない。それよか、ピエロでけっこう!」


 青い空を白い翼が飛んでいく。

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おじさんと戦艦と少女 とき @tokito

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