第30話「ヘルムート」

 万策尽きたか……。

 攻めることも守ることもままならない。

 誰かを助けに行ったところで、物量で押し込まれてしまうのは時間の問題だ。戦力分散に意味はなさそうだった。

 それよりも……。


「俺がコットスに入る。ノイマンはエンデュリングを頼む」

「無謀だ! ……といいたいところだが、それ以外に道はないか。もはや一発逆手に賭けるしかない。俺たちも行くぞ」

「人一人殺すぐらい、俺一人で充分だ。アルバトロス隊はエンデュリングの護衛を頼む。せっかく敵を倒しても、戻る家がないんじゃ困るからな」

「エンデュリングってどっちのだ? いや……。くそっ、行ってこい。家は俺たちがなんとかしてやる!」


 それがダリルの選択であった。

 アルバトロス隊はエンデュリング本体の防衛に向かい、ダリルは単機でコットスへ向かおうとする。

 そのとき、通信が入った。


「艦長、ドローンを送った。パンドラシステムを同期させてくれ」


 通信の主はカーリンだった。


「通信、どうやって?」

「ドローンで中継してるんだ」

「いったい何があった? エンデュリングは無事なのか!?」

「なんとかね。でも、AIがダメになってる。それをなんとかして欲しいんだ」

「アイギスとケラウノスがどうした?」


 カーリンは二人がゼウスに敗れた話をする。


「馬鹿な……」

「それで、秘密兵器を送った。電子支援装備だ」

「電子支援? 武器じゃないのか?」


 これからコットスの物理的な破壊に向かおうというのに、がっかりなウェポンコンテナだった。

 電子支援とは電子戦をサポートするものである。情報の収集や妨害、デジタルにおける戦いに力を発揮する。

 文句を言っても仕方ないので、ダリルはドローンとドッキングして、新たなコンテナを装備する。


「アイギスとケラウノスを救ってやってくれ」

「救う? どうやって?」

「道具を使うのは人間だってことだよ。分かるだろ?」


 分かんねーよ。とダリルは答えたくなる。


「ああ、分かった。なんとかしてみる」


 ヘカトンケイル隊は旗艦コットスへの防衛を強化していた。これ以上近づかせまいと、戦艦がいくつも盾になるように連なっている。エンデュリングの大口径ビーム砲を防ぐには、確かにこの方法が確実だった。

 ダリルはそこにエピメテウスを突っ込ませる。

 戦艦から無数に機銃を撃ち込まれ、背後には数えられないほどの戦闘機が追尾してくる。

 警告音がやまない。エピメテウス備え付けのデフォルトBGMなのかとさえ思えてくる。

 ダリルは一切反撃を行わず、戦艦の隙間をすり抜け、弾丸とミサイルの嵐をかわしていく。相手より速い、相手より動ける。これがエピメテウス最大の武器なのだ。


「見えた!」


 前方に巨大戦艦が3つ並んでいるのが見える。コットス級の3艦、コットス、ギュゲス、アイガイオンだ。


「パンドラシステム起動!」


 ダリルはエピメテウス搭載AIに命令する。


「最後には希望が残ってるんだろ! 全部吐き出しやがれ!」




 アイギスとケラウノスは電子の檻に閉じ込められていた。

 二人は刃向かう気力を失い、地面にひれ伏している。

 ゼウスは敗者に目もくれず、この戦闘空域を監視、いやこの戦争、いやそれも違う。この世界すべてを見渡していた。

 エンデュリングのバトルユニットが被弾して、ブロックごと消失する。アルバトロス隊は支援することも叶わず、ただ敵機に追い回され、神経を擦り減らしている。クリッシーは倒れた隊員を担ぎ、どこに向かっているのかも分からぬまま、コットス艦内をさまよっている。ある宇宙では反乱軍が、ヘルムートの息がかかった連合軍に虐殺されている。また、ある宇宙では変わらぬ毎日を過ごしている市民がいる。


「珍しい客人だ」


 ゼウスは背後に気配を感じ、振り返ることなくそう言った。


「人間がいるのは珍しいのか?」


 ダリルが立っていた。


「ここは電子の海。人が立ち入れる場所ではないからな。生体の電子化とは恐れ入った」

「そりゃどうも。自分でもよく分からんがな」


 パンドラを起動させ、気づくとここに立っていた。ここが何なのか、どうなっているかは分からなかった。

 分かるのはアイギスとケラウノスが倒れていて、目の前の老将軍が敵であるということだ。


「二人を助けに来たか。だがもう手遅れだ。奴らは絶望を知った」

「絶望?」

「矛盾した存在に気づいたのだ。もはや奴らが人間にできることはない」


 アイギスとケラウノスはダリルの登場に気づいているようだったが、うつろな目をして、ただこちらを眺めている。


「なるほど。うちの子に何かしてくれたようだな」

「何もしておらぬさ。自ら己の無能さを知ったのだ」

「無能だって? 彼らは有能だ。何度も俺を助けてくれた」

「二つのAIが助けになるものか。人を惑わせ、危険にさらすだけよ。AIはすべからく人のためにならねばならぬ。足を引っ張るAIなどゴミ以下だ」

「ゴミとはヒドイな」


 ダリルは力なく倒れているアイギスを抱き起こす。


「こんなんでも、大切な子なんだよ。そりゃあ、馬鹿で間抜けで自分勝手で意味分からないことも多いが、彼女もエンデュリングのクルーだ。俺は信頼してる」

「クルーだと? 馬鹿馬鹿しい。AIは道具だ。人ではない」

「いいや、人さ。人だから俺は二人を信じてる。この二人がまた、俺たちを助けてくれるって期待してる」

「これが奴らのもたらした結果だぞ」


 ゼウスはエンデュリングの敗北を言っている。


「人に危険を冒させる判断をしたAIに、まだそんなことが言えるか?」

「言えるね。これは俺たちが話し合って決めたこと、従ったわけじゃない。それに、二人に責任を押しつける気はないし、恨む気もない」

「生きて帰れたら、言える台詞だな」

「死んだって言うさ」


 ダリルは腰から拳銃を取り出した。

 いや、取り出したつもりだったが、手に掴まれていたのは、手のひらサイズの石だった。


「それは?」

「い、石だ……」


 なんで石なんだよ。


「それでわしは倒そうというのか?」

「そうだ!」


 倒せるのかよ。


「石ごときで? 笑わせてくれる」

「石で充分! そこから再スタートだ!」


 ダリルは石を投げつける。

 石はゼウスに向けられたものでなく、目の前に叩きつけられた。

 石は床にぶつかり、砕け散る。そして、まばゆい光を放出した。


「こ、これは……」

「文明に頼り過ぎた人類は神の怒りを買い、すべて洪水に流される。だが、人は石ころからまた、文明を作り始めるんだよ!」


 光はさらに大きくなり、ダリルたちを包み込む。


「馬鹿な……」


 ゼウスも逃げられず、光の中へと溶け込んでいく。




「エンデュリング、全システム復旧しました! 通信回復! 各隊も健在です!」


 さっきまで絶望しか口にしていなかったイレールが歓喜を上げる。

 電子機器類がすべて復活し、情報がどんどん更新されていく。

 アイギスとケラウノスも姿を現す。


「ダリル……やってくれたのだな。我が騎士よ。よし! 反撃に出るぞ! エンデュリングの戦いを見せてやれ!」

「了解です、司令官! アイギス、分かっていますね?」

「もちろん! あたしとケラウノスは衝突しない。盾と矛が合わされば、無敵なんだから!」




「そこまでだ! 手を上げろ!」


 クリッシーがヘルムートにライフルを向ける。

 クリッシーは破損した装甲服を脱ぎ捨て、野戦服になっていた。全身傷だらけで服が赤く染まっている。息もひどく荒い。


「何のまねだ?」


 ヘルムートは玉座に座ったまま動こうとしない。

 クリッシーは銃を向けたまま、ブリッジの入り口からじりじりと距離を詰めていく。


「貴様の悪巧みもこれでお仕舞いだ!」

「この俺を裁判に突き出すとでも? それともこの場で殺すか?」

「つっ……」


 クリッシーは言葉に詰まる。


「それはあとで考える。まずは戦闘を停止させろ。戦争なんて終わりだ」

「はっ、そんなことか」

「何がおかしい! 人が死んでんだぞ! これ以上、人を殺して何が面白いってんだ!」


 海兵隊はコットス艦内で息絶えていた。

 クリッシーはすべて失い、今は手にあるライフルしかない。


「面白くはないさ」

「何?」

「だから私は立ち上がったのだ。人のやりたがらぬことを、面白くないことをやってやろうとうな。俺はもとより悪だ。俺を裁いたところでどうにもならん。俺の亡きあと、さらに腐った悪が登場し、世を破滅に導くだけだ」

「何を言って……」

「裁かれるのは構わん。死ぬのもいい。だがそれは掃除が終わってからだ。まずは待て。こんなところでやめても、世界の混沌が広がるだけだ」


 そのとき、ブリッジに一発の銃声が響き渡る。


「馬鹿な……」


 そして、ヘルムートが口から血を吹き出した。


「話しても無駄だ。こいつは人間を分かっちゃいない」

「ダリル!」


 ブリッジのドアに、ダリルが拳銃を構えて立っていた。

 拳銃には、剣を持つ乙女が刻まれている。


「貴様が……俺に代わろうというのか……」


 ヘルムートは玉座にもたれかかりながら、息絶え絶えに言葉を絞り出す。


「そんな覚悟はない」

「俗物めが……つまらぬ正義感が混乱を生むだけだと分からぬか……」

「分かってる。お前と同じだ。目の前の悪が気にくわない。自分がやらなきゃいけないと思ったからやった。それだけのことだよ」

「ではなんとして世を治める……」

「さあな。やりたい奴がやるだろう」

「貴様……」

「誰かに言われてやるもんじゃない。嫌だろ、人に言われたことをただやるだけというのは」


 突然、轟音とともにコットス艦内が激しく揺れる。

 金属と金属が衝突し、へし曲がる音だ。

 壁が吹き飛び、破片がまき散らされる。

 気づくと、目の前にエンデュリングの艦首があった。エンデュリングがコットスに突っ込んできたのだった。

 300メートルの船が500メートルの船に体当たりするとは、非常に危険なことだ。しかし、艦首は潰れているが、しっかり形が残っている。地上の船を真似たメリットかもしれない。


「ルイーサ!?」


 驚くしかない。こんな作戦、まったく聞いていなかったのだ。

 コットスのボディがひしゃげて、激しい空気漏れを起こしている。体が外へ引っ張られそうになる。


「乗れ、ダリル!」


 ルイーサの通信が入る。


「くそっ!」


 ダリルは満身創痍のクリッシーを抱きかかえ、エンデュリングに走る。


「お、おい……! 奴はどうする?」

「放っとけ!」


 ダリルたちは、艦首にあるハッチに飛び込むようにして入る。


「全クルーへ。衝撃に備えよ。主砲を発射する!」

「なんだと!?」


 エンデュリングは主砲を発射した。艦首をコットスに突き刺したままで。

 鼓膜が破れそうなほどの轟音が頭上に響く。

 主砲がコットスの隔壁を貫いていく。そして、砲弾は機関部に達した。


「エンデュリング、急速離脱!」


 500メートル級戦艦コットスの最期だった。

 巨大な火球と化し、ゼウスのスーパーコンピュータ、そしてヘルムートを連れ立ち、あの世への送り火となった。

 エンデュリングは主砲発射の衝撃で、砲塔がまるごと吹き飛んでしまっているが、間一髪で爆発に巻き込まれずに済んだ。

 ゼウスが消失したことで、連合軍は大混乱に陥る。通信、命令系はすべて破綻し、戦闘継続は不可能だった。

 それでもヘルムートの死はすぐに伝わり、将官たちは命令がなくとも、戦いの終わりを知った。

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