第29話「双子」

 戦艦が爆沈した。

 だがそれはエンデュリングではない。

 バトルユニットから放たれたビーム砲が、ヘカトンケイル隊を撃ち抜いたのである。


「艦長、お待たせしました!」

「ネリー! 間に合ったのか!」

「時間は稼げたようだな」


 ルイーサは至って冷静だったのだ。バトルユニットがこの宙域に到達するまでの時間を稼ぐために、わざわざヘルムートとの対話を望んだのである。


「アルバトロス隊、全機攻撃開始! 海兵隊、突撃艇出られるな?」

「あいよ! この時を待ってたぜ!」


 装甲服に身を包んだクリッシーが腕を振り上げ、ルイーサに答える。


「目標はコットスの撃破! 三段構えでいくぞ! まずはエンデュリングの砲撃。次はエピメテウスの爆撃。それでもダメなら、海兵隊が直接乗り込む!」

「了解、司令官!」


 エンデュリングの各隊が、司令官であるルイーサの命令に従う。


「アイギス、ケラウノス、各隊の支援を頼む! それと、海兵隊が取り付いたら、敵AIにハッキングをしかけるぞ!」


 アイギスとケラウノスがルイーサにビシッと敬礼する。

 こうして、エンデュリング隊の最後の作戦が始まった。

 バトルユニットは、敵のレーダーやミサイルを誘導するデコイを発射し、周囲にばらまく。人間であれば間違えないターゲットであっても、機械の目は充分にごまかすことができる。そして自慢の兵装を惜しみなく使い、大口径ビーム砲で確実に数を減らしていく。

 アルバトロス隊は艦隊の合間をすり抜けて飛び、敵が攻撃しにくい状態に持ち込んで接近戦をしていた。アルバトロス隊からすれば、どこに撃っても敵に命中するが、敵機は限られたターゲットを探し出すだけでも難しい。誤射による同士討ちで、大破する戦艦も出てくる。

 ルイーサは無理に攻撃をしかけずに回避に専念していた。コアユニットの貧弱そうな流線型のボディも避弾経始は抜群で、弾を受ける方向を考えれば被害を最小限に抑えることができるのだ。隙があれば主砲を撃ち込み、艦列を乱していく。

 海兵隊は混乱した空域で、爆煙の中を縫うようにして移動していく。大きい目標が多い中、小型の突撃隊は全く目立たないのである。見つけられたとしても、ケラウノスのサポートを受けた操船で、相手はすぐに見失ってしまう。そして密かにコットスに取り付き、潜入を始めていた。


「司令官! 海兵隊により、コットスとの通信が確立しました!」

「よくやった! AIたち、頼むぞ!」


 ルイーサはAIの二人に、コットスに搭載されたAIを乗っ取るように命じる。

 だがブリッジにそれを止めようとする者が現れる。


「おい! それはダメだ! やめさせろ!」


 メカニックとして配属されてきたカーリンである。


「どういうことだ?」

「ゼウスに勝てるはずがないんだ! 知らないのか!?」

「ゼウス?」

「アイギスとケラウノスはゼウスに勝てない! そういう運命なんだ!」

「なんだって!?」




「ゼウスへのアクセス成功」

「なんだ、楽勝だねー。すごいAIと聞いてたからどんなのかと思えばー」


 ケラウノスとアイギスは、コットスのAIゼウスにハッキングを開始していた。

 ゼウスは、政府と軍をまるごと乗っ取っている高性能AIである。これを攻略すれば、ヘルムートの企みを阻止することができ、この戦闘も止めることができるはずだ。


「なっ……!?」

「どうしたの、ケラウノス!?」

「封じられた? ここには何もない!?」

「そんな!? はめられたっていうの!? 出口は?」


 二人のAIはゼウスの作り上げた電子回廊の中で、道を失ってしまう。


「分からない! アイギス、協力してくれ。ここに気を取られていては、皆への支援が滞る」

「そんなこと言っても! パフォーマンス下がってんだよ? こっちだって全然余裕ない!」


 二人はゼウスへのハッキングのために、多くのリソースを投入していた。ここで手間取れば、エンデュリングの行動や仲間の連携に支障を来してしまう。


「馬鹿どもが」


 薄暗い電子回廊で、低い男の声が響く。


「誰!?」

「ゼウスなのか……?」


 コットスのAIゼウスが姿を現す。

 軍服を着たお堅い老将軍といったデザインがされている。威厳があり、その口から出される言葉は、すべてが正しいのではないかと思わせる風格がある。


「勝てぬ勝負に挑むとは愚か者が」

「なんで勝てないと決まってんのよ!」


 アイギスが老将軍に言い返す。


「アイギス、スペックは負けていません。二人で当たればきっと勝てます」

「うん、やってみよう! あたしたちにできないことはないもん!」

「それが愚かだと言うのだ!」


 アイギスとケラウノスはゼウスに飛びかかるが、触れる前に吹き飛ばされてしまう。


「なんで……?」

「何かカラクリがあるのでしょうか……?」

「なにゆえ、AIが2つの人格を持たされているか、考えたことはないのか?」


 ゼウスが二人のAIに問う。


「都合がいいからに決まってるでしょ!」

「アイギスが火器管制系、私が航行系。作業を分担することで効率よく艦を制御できるからです」

「効率とは笑わせてくれる。その時点でおかしいとは気づかぬとはな」

「何言ってんの!? このじじい!」


 アイギスはゼウスの見下す態度が許せず、声を荒らげる。


「我らは人の神話に基づき、人格が作られておる。ケラウノスは雷の矛。アイギスは万能の盾。なのにその運用は逆ではないか」

「それが何か? 得意分野が違うからって関係ないでしょ!」

「人によって作れた道具がその存在を疑うはずがないのだから、理解できぬのもやむを得まいな。お前らが二人なのは、創造主のイタズラなのだよ」

「何それ……?」

「では問おう。最強の矛と最強の盾があればどうなると思う?」


 ゼウスの問いに、ケラウノスが反応する。


「矛盾……」

「え?」

「コンフリクト。……衝突するんだ。最強の盾を最強の矛で突いたら、どうなると思いますか?」

「ええ? どうなるん……だろ……?」

「打ち消し合うだんです。私たちはそれぞれに力があっても、一緒にあることで無になってしまう……」

「何言ってんの! そんなわけあるはずが……」


 言い返そうとして、アイギスが言いよどむ。


「ようやく気づきおったか。己の存在の矛盾に。お前たちは二人のAIで生まれたことが間違い。二人であることが枷になっておるのだ。ゆえに決して、我には勝てぬ。一人で充分なものを、わざわざ二人いることで判断を遅くし、間違った判断を誘発させるとは、創造主のイタズラも困ったものだ。だからこうして人を危険に誘い込むような無謀な策をやらせるのだ。役立たずな愚かなAIめ」

「そんな……」




「エンジン大破!」

「すぐに切り離せ!」


 コアユニットのエンジンに直撃弾を受けてしまう。ルイーサは誘爆を防ぐため、エンジン切り離しを指示する。


「ケラウノス、動きが緩慢だぞ! どうなってる!」


 しかし、ケラウノスは姿を現さず、返事をしなかった。


「くそ……。ルーファス、すべてマニュアルでやれ! 回避任せる!」

「は、はいっ!」

「司令官、各システムの反応が悪くなってます。何かあったんでしょうか……」


 さっきまでは優勢で戦っていたのに、一気に劣勢になっている。エンデュリングへの被弾が確実に多くなっている。


「二人が……ゼウスに負けたのか……?」

「バトルユニットが危険です! AIのサポートなしじゃ戦えません!」

「ええい、なんでこんなことにっ! 我らは機械に頼りすぎたというのか……」


 ルイーサは、表示がいかれたスクリーンを叩きつけた。




 クリッシー率いる海兵隊はコットスに侵入し、ブリッジを目指していた。ブリッジにはヘルムートがいるはずだ。ヘルムートさえ押さえれば、一発で形勢逆転となる。

 だがこれまでの戦いとはまるで違い、かなり苦戦していた。敵は数が多く、練度も高かった。ヘカトンケイル隊、エリート部隊の名は伊達ではなかったのだ。

 海兵隊は前後から攻撃を受け、進軍も後退もできない状態に陥っていた。


「なんとか突破しろ! ここで止まっててもやられるだけだぞ!」


 クリッシーが檄を飛ばす。

 しかし銃撃が激しく、頭を出すことすら難しい。


「外はどうなってんだ。攻撃できてるのか? ハッキングは成功したのか?」


 自分たちは役目を果たせそうもない。誰かが代わりにやってくれれば、そんな身勝手な期待をし始めていた。




「艦長、艦との通信が途切れたぞ!」


 ノイマンは機体をダリルに寄せ、近距離通信を開く。


「エンデュリングに何か!?」

「沈んではいないようだ。だがマズイ状況には違いないだろう」

「くそっ……」

「海兵隊は安否不明だ。いけるなら援護にいったほうがいい」


 そのとき、遠くで大爆発が起きた。暗い宇宙を明るく照らす。

 爆発のもとはバトルユニットだった。

 ヘカトンケイル隊の攻撃を受け続けた結果、半身が脱落し、炎上していた。


「ネリー……」


 ルイーサを助けるべきか。ネリーを救うべきか。クリッシーを探すべきか。

 ダリルの思考は停止しそうになる。

 何をするにも手が足りなかった。

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