第28話「悪」

「ケラウノス、ヘカトンケイル隊はどう動く?」


 エンデュリングはティルスに向けて進軍中だが、エピメテウス補給のため、ダリルはエンデュリングのブリッジに戻っていた。

 つかの間の休息である。軽食を取りながら、AIケラウノスの推測を聞く。


「すでに我々が何を狙っているかはバレていると思います。動ける艦隊を出撃させ、迎え撃ってくるでしょう」

「そうかなー。あたし的には敵を引き込んでから、一斉に飛び出して、ばばーんとやっつけちゃうと思うんだけど」


 アイギスが敵方に立った戦略を教えてくれる。


「優秀なAIたちだな」


 ルイーサは呆れたように言う。


「しかしどちらにしても、この作戦の成功率が低いことには変わりありません。言いたくはありませんが、ほぼゼロです。ここは出直して、再起を図るのはいかがでしょうか」

「なにその弱気発言。セイレーンのみんなは、あたしたちのために戦ってくれてるんだよ。もう取り返しつかないでしょ。もう行くっきゃないんだよ!」


 ここでもAIの意見は割れる。


「ここはアイギスの言う通りだ。俺たちは行くっきゃない。ほぼゼロでも、少しの可能性があればそれに賭けるしかないんだ。ケラウノス、ちょっとでも確率が上がる方法を考えてくれ」

「了解です、艦長」


 ケラウノスの姿が消え、再び考え得る戦略を計算し始める。


「困ったAIたちだな」

「まあ、いつものことさ。彼らも必死に考えて意見してくれてるんだ。俺は嫌いじゃないな」

「そうだな。私も嫌いじゃない。人間らしくていいんじゃないか?」

「人間らしい、か」


 ルイーサの言う通り、エンデュリングのAIは人間のようだった。よく言えば多様性がある。悪く言えばあいまいでアバウト。

 人間のようで付き合いやすい、という意味ではダリルはなるほどなと思った。


「艦長、そろそろ接敵が予想されます」


 イレールが告げる。


「分かった。ルイーサ、あとは頼む」

「ああ。一歩でもコットスに近づいてみせるさ」


 AIがいくら良い考えを提案してくれても、それを選択し、行動するのは人間だ。ケラウノスとアイギスが考え、ルイーサが指示を出す。そして、それを自分が実行すればいいんだろうと、ダリルは思いながらエピメテウスへと戻っていく。

 突然、船が激しく揺れた。


「ブリッジ、何事だ!?」

「敵の長距離狙撃だ!」


 ルイーサが答える。


「狙撃?」

「高出力のビーム砲らしい。幸いかすっただけで済んだが、まともに当たれば、シャレにならんぞ」

「なんだそれ? そんな兵器があったのか?」

「ティルスで建造したんだろうな。敵を近づけさせない超兵器を」

「それより、どうやって当ててきたんだよ、この距離……」


 エンデュリングはまっすぐティルスに向かっているとは言え、広大な宇宙の一点にいる。特殊な観測なしに、ピンポイントで狙えるはずがない。偵察機や偵察艦に発見されていたとしても、どんな砲台にもブレというものがある。それは距離が離れる分だけズレていく。広大なスケールで行われる宇宙戦において、超長距離狙撃はかなり困難なのだ。


「連射はそうそうできないと思うが、警戒してくれ」

「ああ。ケラウノス、回避パターン頼むぞ」


 見えない敵に狙われているというのは、生きた心地がしない。ティルスにつくまでに何度狙撃を避けなければいけないのだろう。

 その後も、遠い空が光り、ビーム砲がエンデュリングを狙う。AIの操船により、直撃を免れているが、相手はかなり正確な射撃をしてきている。

 敵艦隊が待ち受けていると思ってスタンバイしていたが、敵は長距離狙撃を繰り返すだけで、全く姿を現さない。エンデュリング隊は精神力だけを削られていく状態だった。


「奴ら……俺たちと戦う気がないのかよ! 戦う価値がないってか!」


 ダリルも、エピメテウスのコクピットでイライラし始めていた。

 セイレーン隊が決死の覚悟で戦ってくれているのに、自分たちはただ戦艦に揺られているだけというのも、精神を圧迫する理由になっている。


「艦長、二手に分かれませんか?」


 そう通信してきたのはネリーだった。


「二手に?」

「はい。敵に近づくだけ、敵の狙撃に当たりやすくなります。二手に分かれれば、どちらかを狙うはず。片方は生き残れます。当たる確率は半分です」

「半分つっても……」


 狙われるのはどう考えても、図体が3倍以上大きいバトルユニットのほうである。


「一緒に沈むよりかはマシです」

「それなら、ネリー、コアに移ってこい。バトルユニットをオトリにする」

「それじゃ意味がありません」

「へ?」

「どうして敵はこんなにも正確な狙撃をすると思います?」


 ダリルは答えが思い浮かばず、答えられない。


「コットスに積まれたAIのおかげです。別に向こうからこちらの姿が見えているわけじゃないんです。我々がどう動くかを推測して、どこにどう移動しているかを追って、撃って確かめて、また撃って確かめて、こちらの位置を把握しているんです」

「そんなことが……」

「無人のバトルユニットをオトリにしてもすぐバレてしまいます。沈める価値がないって。だから、私が動かすことでAIを引きつけてみます!」

「いや、それは……」

「誰も沈むために行くとは言ってないです。ティルスで合流しましょう。どっちにしろ、バトルユニットなしにコットスは沈められませんから」


 ネリーの言うことは正しい。

 ティルスにはヘカトンケイルの大艦隊が待ち受けている可能性がある。となれば、バトルユニットなしでは戦えるはずがない。といって、コアユニットはAIを搭載したスーパーコンピュータがあるため、絶対に失うわけにはいかない。


「ネリー、頼めるか?」

「それは命令ですか?」


 ダリルはネリーの意図が分からなかったが、すぐに回答する。


「命令であり、お願いだ。エンデュリングには副官がいなくては困る。そして、また君と戦艦について話したい」

「ふふ、なんですか、それ。いいですけど。それじゃ、行ってまいります。またティルスで」


 敵の砲撃が終わるのを待って、エンデュリングは分離した。これからは2隻として敵本拠地ティルスへと向かう。アルバトロス隊は発進して、コアユニットの護衛についた。

 次から砲撃が外れるようになった。分離したことで座標を特定しにくくなったのだ。だがしばらくすると、バトルユニットを捕捉したのか狙い撃ちするようになった。


「くそっ……耐えてくれよ」

「祈るしかない。ネリーを信じろ、ダリル艦長」

「ああ……」


 ルイーサは落ち着いていたが、司令官として不安を押し殺し耐えていたのだろう。

 だが……。


「ああ……! エンデュリング全速前進! エンジンが焼けたっていい! ティルスにぶつけるつもりで直進しろ!」


 ルイーサが突然に切れる。

 けれど誰もそれをとがめはしなかった。皆、同じ気持ちなのだ。


「了解です、司令官! 帰りのことはそのとき考えましょう!」


 石橋を叩いて渡るタイプのケラウノスも同調する。


「突っ込めーっ!」


 そこからはあっという間だった。狙撃ビーム砲が飛んできてもはじき返すかの勢いで、ただまっすぐに目的地へ向かう。

 そして、ついに艦影を見つけるた。


「ティルスに艦影多数! カウントします。数は100!? ぴったり100です。ヘカトンケイル隊の全艦艇が集結しています!」

「なんだって!?」


 イレールの報告にダリルは驚愕する。

 相手が言ったわけではないが、叫びたくなる。話が違うじゃないか、と。

 1対100。こんな馬鹿げた勝負があるのか。


「旗艦コットスから通信。あ、強制的に割り込まれました」


 スクリーンにヘカトンケイル隊司令官ヘルムート・ツァイラーが映し出される。いや、この世界の真の支配者と言ったほうがいいだろうか。


「ダリル・グッドフェロー、ここまで愚かだとは思わなかった」


 ヘルムートは落ち着き払った様子で言う。


「はっ! クーデターを起こし、罪のない人間を虐殺してるあんたほど、愚かだとは思ってないさ」


 ダリルはエピメテウスの中で、ヘルムートの映るスクリーンをにらみつける。


「だが、ここまで来られたことには敬意を表する。我がヘカトンケイル隊全部隊をもってお相手しようではないか」


 話を聞く気がない態度にダリルは舌打ちする。


「先手必勝。ルイーサ、先制砲撃だ!」

「待て。私に話をさせてくれ」

「話? 何を話すってんだ」

「黙れ。司令官は私だ。従え」


 にっくき相手がいるのにそんなこと言っている場合かと、ルイーサに言い返してやろうと思ったが、なんとか言葉を飲み込む。


「こちらはエンデュリング艦隊司令官ルイーサ・コバス少佐だ。ヘルムート・ツァイラー大将、少し話をさせてくれないだろうか」

「聞いている。反乱軍に加わったセイレーン隊だな。信念を捨て、悪に手を染めた愚か者が何の用だ」


 見下した挑発。セイレーン隊を馬鹿にされ、普段のルイーサならば言い返していたかもしれない。だが今回は違った。


「信念を捨てた? 捨ててはいない。私は悪を断つ剣。悪が眼前にあるというのに、どこかが間違っていようか。私は何一つ変わってはいない」

「ほう。この私が悪だと?」

「そうだ。貴様は己の私欲のために、連合政府、そして連合軍を焼き、すべてを乗っ取った。それこそ、悪ではないか!」

「確かに、私は悪だ。だが私利私欲ではない」

「なんだと?」

「誰が好き好んで悪になろうか。私は戦争を引き起こし、多くの人間を抹殺した。これは悪だ。まごうことなき悪。認めざるを得ない。だが、私が殺したのも悪だ」

「何を言って……」


 ヘルムートの演説は止まらない。


「奴らはこの世を牛耳り、私利私欲のために動かしていた。人を見下し、市民を虐げ、私腹を肥やしては世界を堕落させた。人間は平等だと謳うが、実際はどうだ? 皆等しく機会が与えられ、同じように幸せな生活を送れているか? 誰もが欲したものを手に入れられるか? 誰にも束縛されず独立した自由を持っているか? 否。平等など嘘だ。奴らが作り上げた幻想に過ぎん。それを私が糺してやろうというのだよ」

「だから殺した……?」

「そうだ。奴らがこの世にあっても、百害あって一利なし。悪は悪をもって滅ぼす。それが我が使命だ。偽りの平和など誰が望もうか」


 ヘルムートは自ら悪だと認めた。この世をあるべき姿に変えるには、自分が人殺しになり、悪名を背負おうとも、立たなければならない。それがヘルムートの答えだった。


「ではなぜ、わざわざ反乱を起こさせ、市民を皆殺しにする。必要なことなのか?」

「ああ。奴らもまたこの世界には不必要な存在だ。すべての人間を救うことなどできぬ。危険分子はことごとく排除し、膿を出し切らねば、新しい世は訪れぬのだ」

「なんて身勝手な……選民のつもりか!」

「遅かれ早かれ、奴らは世からはじかれる。ならば、早いほうが世界のためだとは思わぬか?」

「馬鹿げてる……」


 ルイーサは怒りで思考がいっぱいになる。


「ルイーサ、話しても無駄だ。こいつは人間じゃない」

「そのようだな……」

「分からずともよい。もとより善悪を論じるつもりはない。人が望む世を創るため、私は神にでも悪魔にでもなる」


 ヘルムートは玉座とも言える艦長席から立ち上がる。

 そして命令を下す。


「エンデュリング、よい道化を演じてくれた。あとは新しい世界のために散ってくれ」


 ヘルムートが上げた腕を振り下ろす。

 全艦隊への攻撃命令であった。

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