第27話「作戦開始」
資源衛星では、弾薬やドローン、修復用資材を確保することができた。これである程度の持久戦に対応できる。
そして簡易ながらバトルユニットの修理ができた。損耗した機銃を復元し、自慢の対空能力を取り戻せた。ビーム砲の修理は難しかったが、高威力の大口径砲は健在である。
身軽なセイレーン隊の5隻を先鋒に、エンデュリング隊が出撃する。
セイレーン隊のジェシカはルイーサが旗艦ヒメロペに乗艦することを望んだが、ルイーサはエンデュリングに乗ることになった。ヒメロペのジェシカがエンデュリングのルイーサを守るという形を作り上げることで、ジェシカの忠誠心をあおり説得させたのだ。
しかし問題はまだ残っていた。
「今回は私がバトルユニットで戦います。ルイーサ少佐はエンデュリングをお願いします」
ネリーが急にそんなことを言い出したのである。
「私は構わないが、ダリル艦長は良いのか?」
「え?」
今回もコアと分離して戦うことを想定していた。ダリルとしては能力的にどっちに乗っても問題はないとは思うが、ネリーが一人で戦えるかが心配だった。バトルユニットがタコ殴りになるのは間違いないのだ。
「どうしてバトルユニットを希望するんだ?」
「今回の成功の鍵は大口径ビーム砲です。この大役を私に任せてほしい。ただそれだけです」
「そうだが、その分、危険も大きいぞ」
ネリーはその言葉に顔を曇らせる。
ダリルが自分を頼りないと思っているのが分かったからだ。子供に危ないことをさせたくないという思いやりが、ネリーにはつらかった。
「お気遣いなく。これでも私はエンデュリングの副官ですから」
そう言って強がってみせる。
本心はルイーサに負けたくない、それだけであった。
私は艦長の副官なんだ。誰よりも艦長の役に立たなきゃいけない。あの人にできたことを私にできないはずがない。絶対成し遂げてみせる!
「そうか。それじゃ、ネリーに任せよう」
ダリルは少し悩んで、ネリーの意見を飲むことにした。
そしてルイーサにコアユニットを託し、ネリーとともにブリッジを出てエピメテウスの格納庫へ向かう。
その途中、ネリーはダリルの袖を掴み、引き留めた。
「あの、艦長……」
「どうした?」
「帽子、私に貸していただけないでしょうか?」
「ああ、いいとも」
ダリルはかぶっていた艦長帽をネリーの頭にかぶせる。
自分はこれからパイロットスーツに着替えるので、帽子は不要なのだ。
「ありがとうございます! これで私、戦えます!」
ネリーはダリルのものが何か欲しかったのだ。お守りとして。
ネリーが急に笑顔になったので、ダリルも安心して顔が明るくなる。
「そうか。それはよかった」
そう言ってネリーの頭を帽子ごとクシャクシャとなでた。
「絶対、勝ちましょうね」
「もちろんだ」
ネリーの目が涙に潤む。
「絶対、生き残りましょうね」
「ああ」
ネリーの目から涙があふれそうになっている。
「絶対、戻ってきてくださいよ……」
「…………」
ネリーの目から涙がこぼれ、頬を伝う。
「約束する」
ダリルはネリーの頬を指でなぞり、涙を拭った。
エンデュリング隊は軍事コロニーティルスを目指す。
何より速さが優先される作戦だった。コットスが補給を終えてコロニーを出る前に沈めなければならない。
「ダリル艦長、さっそく敵さんだ。出てもらうぞ」
エンデュリング隊の司令官を務めるルイーサは、エピメテウスで待機していたダリルに出撃命令を下した。
「敵? どこの艦隊だ?」
「因縁のシュテーグマンだ」
ウォーターフロントにいるところを襲撃され、開戦時から何度も戦っている相手だった。
「奴は話をしたいと言っているが、つなぐか?」
「シュテーグマンが? ……いや、気が進まないな」
今さら何を言われようと、自分がやることを変える気はなかった。
腐れ縁で、対話するのはちょっと恥ずかしいというのもある。
「そうか。ならば、私が適当に話をつけておく」
「頼むよ」
「怒り狂って猛烈な追撃が来たら、すまんな」
「お手柔らかにな」
ダリルはそう言ってブリッジとの通信を切った。
交渉する気はない。あるのは開戦だけだ。
「アルバトロス隊出撃する。まだ補給の機会はある。遠慮なく、ミサイルをたたき込め。ノイマン、指揮はお前に任せる」
「了解した。各機、出撃。位置へつけ」
ノイマンが答える。
彼もアルバトロス隊も肝は据わっているようで、いつもと変わらない感じだった。弾に当たったら死ぬ、戦争になってからはいつでもそう思って飛んでいるという。
アルバトロス隊がバトルユニットの飛行甲板に並ぶ。
遠くからビーム砲が発射されるのが見えた。ルイーサとシュテーグマンの会談は決裂したらしい。
「全機出撃! 数を落とせ! そうすりゃ、みんなが楽になる!」
「おー!」
ノイマンの号令に隊員が応じ、順番に出撃していく。
「戦艦10。戦闘機40。たいした敵ではありません!」
イレールがアルバトロス隊に敵の情報を伝える。本来ならば、数の少ないこちらが不利なのだが、イレールは簡単に勝てると言う。それは希望であり、確信でもあった。
エンデュリング、セイレーン隊も敵の攻撃に応射し始め、敵側にいくつも火球ができあがる。
アルバトロス隊はセイレーン隊の戦闘機と合流し、次々に攻め寄せる敵戦闘機を撃墜していった。
「敵増援を確認! その数……20!?」
「多いな……。合流される前に、目の前の敵を叩くぞ!」
ダリルがエピメテウスを突っ込ませようとしたところで、通信が入る。
「ダリル艦長、エンデュリングは先に行ってください。ここはセイレーン隊が請け負います」
それはセイレーンのジェシカだった。
「待て、ジェシカ。この数をどうやって相手する!?」
それに答えたのはルイーサだった。
「我らにかかれば、ものの数ではありません! お姉様はお進みください」
「だが……」
セイレーン隊は5隻。敵が合流すればその5倍以上の敵と相手をしなくてはならない。
「ヘカトンケイル隊も我らの動きに気づいていると思われます。ここで時間を取られては逃げられてしまいます」
「でも、セイレーンを残してはいけないよ。あんな数に勝てるわけがない」
ケラウノスとアイギスが言う。
それは誰にでも分かる事実だった。どちらも正しい。
ルイーサはゴクリとツバを飲む。
「……ジェシカ、すまぬが」
「お姉様!」
ジェシカが叫び、ルイーサは言葉を切られてしまう。
「我々の剣は何のためにあるのですか」
「んっ……」
「セイレーンの剣は悪を断ちます。お姉様、我らにお命じください、目前の敵を断てと!」
「だが……」
「そして、お姉様はお進みください。真の悪を討つのために」
「ジェシカ……」
ジェシカはスクリーンのただ一点を見つめ、微動だにしなかった。その目はエンデュリングにいるルイーサを見ていた。
「…………分かった。我が名をもって命じる。ジェシカよ、悪逆たるシュテーグマン艦隊を討て。その剣にて、セイレーンの務めを果たすのだ!」
「はっ! 拝命いたしました!」
そして、ジェシカの勇ましい顔が笑顔へと変わる。
「それでこそお姉様です」
にっこり微笑み、その目にはうっすら涙がにじむ。
けれど、すぐに険しさが戻る。
「ヴァルハラでお会いしましょう」
ジェシカが敬礼する。
ルイーサも応える。目をこわばらせ、口を固く結び、ルイーサはスクリーンの前でしばらく敬礼していた。
エンデュリングは斉射して、敵艦隊の陣形に穴を開ける。そして、そこに向かって全速力で突っ込んでいく。
ダリルたちはセイレーンの戦闘機隊に別れを告げ、エンデュリングについていった。
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