第26話「最後の補給」

 エンデュリングはヘルムートと戦うことを決めたが、ヘルムートは旧体制を滅ぼしても、新政権樹立を宣言することはなかった。

 そのためダリルたちは、表立ってヘルムートを糾弾することができず、戦闘準備を整えながら情報収集を行っていた。


「ヘルムートは各軍港で補給を受けながら、各地の反乱軍を倒して回っている。アメリカに奴の勢力基盤となる本拠はあるが、事件前後で特に変わった様子はない」

「ダリル、質問!」


 あまり考えるのが得意ではないクリッシーが問う。


「ジュネーブ本部で地球と宇宙に関わることをすべてのことを取り扱っていたんだろ? それがなくなって、どうして問題にならないんだ?」

「奴がその機能をすべて担っているんだよ」


 ヘルムートが連合政府、連合軍の全機能を代替し、滞りなく処理を済ませていたため、誰もジュネーブにある本部が跡形も残っていないとは気づいていない。通常通りの運営が行われていると思っているのだ。

 またジュネーブ市民も、旧体制派は一斉に処分され、この件について公表する者はいなかった。


「一人で? そんなことできるのか?」


 クリッシーの疑問はもっともだった。

 エンデュリングを生け贄にして反乱を誘発させているが、政治的な混乱は一切起こっていなかった。実際に一人でやっているわけではないだろうが、トラブルを起こすことなく、行政や司法などの機能をまるごとそのまま担うことなんてできるのか。

 会社で例えるならば、社長、会長以下役員が一度にバスの転落事故で亡くなっても、次の日普通に営業しているようなものだ。作業のすべてが止まることはないだろうが、様々な対応に追われ、忙殺されるだろう。


「おかしいよな……」

「ヘルムート大将がいくら天才だと言っても、一人でできることではありません。歴史を見ても、優秀な軍人がクーデターに成功して政権を取ったとしても、そこには必ず混乱がありました。同志のうち、誰が将軍の補佐をするポストにつくか、身内の争いが一番問題なんです」


 とネリーは言う。

 通常は政府を回すのに、自分の手足となって働く部下を、それぞれの役職に就けなければいけない。けれど、ヘルムートはやっていないのだ。


「そうだな。やはり一人ではないのかもしれんぞ」


 ルイーサは当たり前な感想をもらす。


「人一人にはできない。だが、機械なら……?」

「機械?」

「AIだ。エンデュリングのAIは非常に優秀で、人間何百人分の作業を一人でこなすのではなかったか?」

「あっ!」


 ネリーは声を上げた。


「それです! ヘカトンケイル隊旗艦コットスには、高性能AIが積まれています。この船と同時期に開発されたものなんです」


 会議室にいた面々は振り返り、アイギスとケラウノスを凝視する。

 アイギスは皆に愛想良く手を振る。


「コットスはエンデュリングほど大きくありませんが、500メートル級の巨大戦艦です。人員削減のためにAIの研究が熱心に進められ、今では一人で戦艦を動かすことができると言われるほど、性能が上がっていると聞いたことがあります!」

「一人で?」

「はい。最終決定権を持つ艦長がいれば、あとはAIが船を動かしてくれるという設計思想なんです」


 ネリーはお得意の戦艦知識を披露する。


「おい、それって……。AIが本部機能を務めているっていう話か?」

「はい。現代のAI技術ならばできるかもしれないと思うんです」

「私もネリーと同じ考えだ。その可能性は高いと思っている」


 ネリーとルイーサは、戦艦コットスに積まれたAIが失われた政府と軍の本部機能を担っているという。


「できるのか……? ケラウノスとアイギスはどう思う?」


 戦艦を動かすのと世界を動かすのでは、全く違う。

 これはAIそのものである二人に聞いたほうが早い。


「私は難しいと思います。我々はあくまでもAIです。ある程度の決定権を与えられたとしても、皆さんにとって確実に利益のある判断を下せるとは限りません」


 ケラウノスは否定的であった。


「あたしはできると思うよ! その人ごとにいいと思える判断をしていけばいいんでしょ。はじめは試行錯誤がいるかもしれないけど、すぐいい答えを出せるはず!」


 アイギスは皆が予想した通り、楽観的な意見だった。


「同じAIとは思えんな……」


 双子として設計されているのに、全く反対の答えを出すとはおかしなものである。


「まあ、可能性としてゼロではないということだな。その分野に特化されているならば、人間に代わって政治を行うAIがあってもおかしくない。ということは、ヘルムートはAIを使って本部機能を維持し、自分の思い通りに動かしているということになるな」

「一人で動かせる戦艦ではなく、一人で動かせる世界……」


 ネリーの言った言葉に、皆がぞっとしてしまう。

 ヘルムートは完全なる独裁者なのだ。その姿は誰にも見えないが、世界の動きには彼の意志が関わっている。それを市民は誰も知らない。


「だが、これで目標は決まった。奴の本拠は戦艦コットス自体ということになる」

「お、話が分かりやすくなった! ってことは、戦艦を落とせばいいってことだな!」


 クリッシーは明快な顔をして言う。


「ああ。コットスは動く要塞ならぬ、動く政府というわけだ」




 ヘムルートの乗艦にして、高性能AIを搭載する大型戦艦コットスは、軍事コロニーティルスにて補給を受けていることが判明する。

 ティルスは軍事基地の機能を持ったコロニーの一つ。防衛兵器が多数配置され、一度に多くの軍艦を補給できる施設となっている。

 ヘルムートは100の戦艦からなるヘカトンケイル隊の一部を引き連れ、ティルスに滞在しているという。動けない補給中を狙えば、数の少ないエンデュリング隊でもほんの少しは勝算があると考えられた。

 だが、腹が減っては戦ができぬ。まずはエンデュリングも補給を受ける必要があった。

 といっても、一応お尋ね者であるため、普通の連合軍のふりをして補給基地に入ることはできない。ダリルはルイーサの率いるセイレーン隊と、うち捨てられた資源衛星で合流することにした。

 鉱石を掘り出す基地となっていたが、価値のあるものはすべて掘り終わり、施設がそのまま放置されていた。そこはファーガスがもしものために用意した補給ポイントであり、様々な物資が集積されていたのだ。




 ダリルは久しぶりにルイーサと再会した。

 通信での会議で何度もしゃべっていたが、実際に会うと少し気まずい感じがした。けれど、ルイーサは何でもないように振る舞っている。


「やあ、ルイーサ。調子はどうだ?」

「セイレーン隊は幸い軽傷だ。この施設で少し修理すれば万全の態勢へ持って行ける」

「そ、そうか……」


 ダリルはルイーサのことを聞きたかったが、あいまいな言い方しかできなかった自分が悪いと反省する。


「どうしたんだ、歯切れの悪い」

「なんでもない。決戦前で少し緊張してるだけさ」

「ほう、ダリル艦長でも緊張することがあるのだな」


 ただでさえ童顔のルイーサがイタズラっぽい顔で、ダリルの顔をのぞいてくる。


「そ、そりゃするさ。この作戦、生きて戻れるか分からないからな」

「ふーん」

「なんだよ……」

「お守りが欲しいのか?」


 ピンポイントで言い当てられ、ダリルはドキッとする。


「そうじゃないって……。俺はただ、ルイーサが不安がってないか心配しただけで……」

「ふーん。それじゃ、いらないのか? 私はてっきり、前の作戦でもらえなかったのを気にしていると思っていたぞ」

「なぜそれを!? ……あ」

「ふふ、素直じゃない奴め」


 ダリルは完全にルイーサに弄ばれていたようだった。


「だが、やらぬ」

「へ?」

「騎士はボロボロになったお守りを返すことで、貴婦人への忠誠を表したが、私には不要だ」

「不要?」


 ルイーサの言うことがよく分からない。これは騎士が貴婦人に仕えているという話ではなく、ただの戯れのはずだ。


「私はそんなのを望まない。ダリル艦長が無理をせず、大ケガをせず、ボロボロにならず、普通に戻ってきてくれればよいと思っている。己の身を挺して戦う必要などないのだ。だから、私はそなたにお守りをやらぬと決めたのだ」

「ルイーサ……」


 ルイーサにそんな考えがあったとは知らなかった。地球へついてきてくれなかったこともあり、ルイーサが自分への興味を失ったとばかり思っていた。


「代わりにこれをやろう」


 ルイーサは拳銃を差し出した。


「銃?」

「本当はこの剣をやりたいのだが、戦闘機ではかさばると思ってな」


 ルイーサは腰に差したサーベルを触る。セイレーン隊の象徴である、悪を断つ剣だ。


「はは。悪を断つ銃ってところか。それじゃ、これを預かっておくよ」

「ああ。必ず返してくるんだ」


 ダリルが拳銃をしまおうとしたところ、ルイーサはダリルの唇にそっとキスをした。


「壊すんじゃないぞ」


 そう言うとルイーサは顔を赤らめ、そそくさと走り去っていった。

 ダリルは突然のことにその場に立ち尽くすことしかできなかった。まさかネリーが物陰からずっと見ていたことなんて知らずに。

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