第25話「進路」
誰がクーデターを起こし、連合政府、そして連合軍を乗っ取ったか。その答えはネリーの祖父フォーガス・ハーコートが残したメモに残されていた。
ダリルは持ち帰ったデータチップを分析した。強力なプロテクトが掛かっていたようだったが、アイギスとケラウノスに掛かればたいしたことなかったという。
クーデターの首謀者は、ヘカトンケイル隊司令官ヘルムート・ツァイラー大将。
バレンシアでダリルたちが出会った人物である。
ヘルムートは連合政府と連合軍を乗っ取る計画を着実に進めていたらしい。フォーガスはその計画に手を打とうとしたが、今の軍隊にそんなことできるわけないと一笑に付されたという。平和が慢心を生んだのである。
それでもフォーガスは来るべき日に備え、できる限りの策を実行した。クーデターに対抗する力を作り上げること。
信頼できる者の名に、ダリル・グッドフェローの名があった。そこにはダリルの苦い思い出であるハイジャック事件のあらましが書かれていた。
「そうか。エンデュリングの支援者は、ネリーの祖父だったんだな」
エンデュリングに大量の物資を運び込み、副官や海兵隊、そしてメカニックを配属させたのは、フォーガスの企てだったようだ。
ダリルの経歴を見て、彼ならば反乱軍と戦ってくれると思ったのかもしれない。
「でも私……そんなの聞いてません……」
ネリーが士官学校を卒業してすぐにエンデュリングに配属になったのは、フォーガスが手を回したのだろうか。ネリーの願いを叶えるためにしたことか、それともただの偶然なのか。
ネリーは複雑な気持ちになる。
ヘルムートがクーデターを起こした目的は、旧体制の打破とフォーガスのメモに書かれている。
大戦から100年、表面的には長い平和が続いていたが、すべて問題がなく過ごせてきたわけではない。地球と宇宙での身分格差、持つ者と持たない者での貧富の差。政治の腐敗、官民の癒着。平和という大義のもとで、それはすべて黙殺されてきた。平和な時代に争いを起こすなと、政府や軍部がもみ消したのである。ヘルムートは、それが本当の平和かと疑問を呈したという。
そこで、政府と連合軍本部を滅ぼす一方で、エンデュリングを種火として仕込んだのだ。軍の戦艦が民間コロニーを攻撃するという衝撃的な映像を使い、社会に不満を持つ危険分子を立ち上がらせ、軍事蜂起させる。そこをヘルムートはヘカトンケイル隊を使って、一つ一つ虱潰しにしていく。
エンデュリングは、世界の膿を出すために利用されたのだった。実際にヘルムートの思惑通りになっている。
ヘルムートとフォーガスが両者とも、エンデュリングに目をつけたのは偶然なのか必然なのか判断できない。
「よく分からんが……ヘルムートは悪い奴のか? いい奴なのか?」
クリッシーが大雑把な質問を投げる。
「汚職を断ち、新たな組織を立ち上げようとしている、という意味ではいい奴かもしれないな」
ダリルは自分がエンデュリングに転属になった事件を思い出す。軍部が腐っていなければ、あんなことにはならなかっただろう。
「だが、奴は罪のない者を大勢殺した。パフォーマンスのために、コロニーを襲撃させ、反乱軍とともに正規軍をまとめて消し去った。奴にとっては、新しい世界を作るための小さな犠牲なのかもしれない。だが、巻き込まれたほうは迷惑だ」
クーデターによる混乱で、どれだけの人が命を落としただろうか。エンデュリングも避けられたはずの被害を出してしまったことに、ダリルは呵責を感じる。
「そっか。それはひどいな……」
クリッシーは唇を噛んでぼやく。
「それで私たちはどうしたらいいんでしょう? ヘルムート大将を訴えるんですか?」
イレールが言う。
「訴える場所と人がいないさ」
連合軍本部は破壊され、法廷も判事も消失してしまっている。
「そのデータチップをマスコミに渡してみては?」
そう言ったのは操舵手のルーファスだった。
「こんなの誰が信じる? エンデュリングがコロニーを爆撃しているぐらいの映像がないとな」
希望を失い、ルーファスはがっくりとうなだれる。
「それじゃ、あたしらが天に代わって、ヘルムートを倒すしかないか」
さっぱり分かりやすい答えをしたのはクリッシーだ。
「倒せればな。ケラウノス、戦力差は?」
「ヘルムート大将の率いるヘカトンケイル艦隊は100の艦艇を所有しています。ヘルムート派閥の艦隊を含めると、戦艦600はあると思われます」
「そりゃー無理だな」
クリッシーは持っていたペンをぽいっと投げる。
シュテーグマン艦隊も、ヘルムート派閥としてクーデターに加担したのだろう。
「結局、クーデターを起こす前から、軍のほとんどはヘルムートのものだったんだ。残りはたいした戦力も持ってない」
味方はいない。すべて敵。
会議室に集まった乗組員たちは皆、頭を抱えていた。
「現状は、連合軍本部がなくなり、ヘルムートが本部そのものになった形だ。軍の命令はすべて奴を通して発行される」
「ではなぜ、エンデュリング討伐を命令しておいて、バレンシアでは私たちを撃たなかったのでしょうか? 一撃で葬ることができたのに」
ネリーが疑問をぶつける。
「それは……我々がすでに取るに足らない存在だからだろう。自ら討つまでもない、そう思ったんじゃないか? もしかすると、このまま黙っていれば、これまでのことは不問にするという警告かもしれん」
「そんな……」
軍すべてを手に入れたヘルムートにしてみれば、エンデュリング1艦ぐらいいつでも沈められるというのだ。
「それで、ダリルはどうするの? 戦う? 従うの?」
アイギスがダリルに率直な質問を投げる。
ダリルは腕を組み、長考に入る。
個人としてはここまでやってきたので、戦い続けるべきだと思うが、ケンカを売ったところで一瞬で皆殺しにされてしまうかもしれない。それに仲間を付き合わせるわけにはいかないと思っていた。
「くだらんな!」
スピーカーからルイーサの声が響く。
宇宙にいるバトルユニットからの通信だった。スクリーンにルイーサの姿が映し出される。
「何を悩むことがある。我々のすべきことは何だ? 討つべき相手は誰だ? 言うまでもなく、明らかだ。ならば、我らは剣を取らねばならない」
「ルイーサ……」
「そなたは何のために剣を持たされている? 人民を守り、平和をもたらすためではないのか? 我らは軍人だ。市民はそんな我らに剣を持たせてくれている。ならば、信頼に応え、己の役目を果たそう。悪はそこにあるのだ!」
ルイーサの宣言に会議室が静まりかえる。
そして、パチパチと拍手する者が現れる。それは少しずつ増えていき、最後には割れんばかりの喝采となっていた。
持たされた剣。エンデュリングのことだが、ネリーの祖父フォーガスも、エンデュリング隊にそのために剣を託したのだろう。
「決まりだな」
クリッシーがダリルの肩を叩く。
「艦長、私からもお願いいたします」
ネリーが頭を深々と下げる。
「ここまで言われちゃ、やらないわけにいかないよねー」
アイギスがニヤニヤと笑っている。
「くそっ……馬鹿ばかりだな」
ダリルは勢いよく立ち上がる。
「これより、エンデュリングおよびセイレーン隊は、ヘルムート討伐作戦を開始する! 皆の命、俺に預けてくれ!」
「おーー!」
会議室にいた面々は一同に立ち上がり、雄叫びが上げ、腕を空に突き上げた。
満場一致で、エンデュリングの進路が決まったのである。
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