第24話「地球」
エンデュリングとアルバトロス隊は地球に降下した。
特に問題なく、目的地付近に降り立つことができた。連合本部のあるジュネーブまでは500キロほどである。
「ウイング展開、飛行モードへ移行します。…………全システム異常ありません」
ケラウノスがエンデュリングのシステムを地上運用に切り替え、部門ごとのチェックを終えた。
エンデュリングは甲板に巨大な主砲を乗せているため、飛行甲板を有していないが、エピメテウスには垂直離陸、ホバリング能力があるので、空いているスペースに着艦する。
「地球か……」
重力で体がずっしりと重い。
歩いてブリッジに戻ることになるが、歩くのがおっくうになる。エンデュリング艦内は、疑似重力である程度の重力を感じることはできるが、地球ほど引っ張られることはないのだ。
そして、さっそくやってしまう。ブリッジに入ろうとしたとき、足が上がらず、ひっかけてしまった。
「艦長」
バランスを崩してネリーにぶつかり、倒れそうになるところを支えてもらった。
「すまん……」
「宇宙暮らしが長かったからですからね。地球にはすぐ慣れますよ」
ネリーがふふっと笑った。
ブリッジに入ると、通信が入っていた。それは驚くべき相手、そして内容であった。
「救援要請? 俺たちにか?」
連合軍が反乱軍と交戦し、ピンチになっているらしい。それを近くに現れたエンデュリングに助けてほしいと言うのだ。
「罠かもしれませんね……」
ネリーが言う。
エンデュリングはお尋ね者のはずだ。それに助けを求めるわけがない。
「可能性はあるな。だが、見捨てることもできんだろう。そっちへ向かってくれ」
「了解。座標入力。バレンシアへ向かいます」
ルーファスがスクリーンを操作して、船の方向を変える。
連合軍と戦うのが目的ではない。あくまでも連合軍を乗っ取ろうとしている者だけが敵だ。他の連合軍とはすべて味方でありたいと思っている。
「戦火が見えます。市街で戦っているようです。反乱軍は連合軍の兵器を奪って戦っているようで、敵味方の識別ができません」
イレールは救援を求めてきた連合軍から様々な情報を受け取り、必要な情報に絞ってダリルに伝える。
「やっかいだな」
撃ってきた者が敵、という考えもあるが、エンデュリングは正規の連合軍ではない。敵と勘違いして撃ってくる可能性がある。
敵の多くが地上兵器を使っていることもあり、ダリルはどう対応するか迷っていた。戦艦の装備では威力がありすぎて、町に被害を出してしまう。エピメテウスを出してもいいが、戦闘機が敵味方が識別しながら戦うのは難しい。
そのとき、空から幾本もの光が地上へ降り注いだ。
光は戦車や装甲車などの地上兵器を次々になぎ倒していく。
それは戦艦から発射されたビームだった。
光が発せられた方向を見ると、巨大な戦艦が飛行していた。ヘカトンケイル隊旗艦コットスである。
空を飛ぶサイズとして最大級の500メートルクラス戦艦だ。
「ちょっと! 町が焼けていくよ!」
アイギスが叫ぶ。
コットスはビーム砲撃を続け、反乱軍の車両を次々に攻撃していく。
エンデュリングでは識別できないが、もしかすると連合軍も一緒に攻撃しているのではないかと思うぐらいの苛烈さだった。
「イレール、コットスに確認してくれ!」
「はい!」
コットスの目的は連合軍の救援なのだろうか。それとも反乱軍に味方をしているのか。また、エンデュリングと敵対するつもりがあるのかも気になる。
「艦長、通信つなぎます!」
スクリーンに艦長らしき男が映し出される。
ダリルはその男を知っていた。ヘカトンケイル隊の司令官ヘルムート・ツァイラーである。
ヘカトンケイルは連合軍で一番実戦に重きを置いた部隊で、かつてダリルも所属していた。連合軍のエリートで構成され、その腕は群を抜いている。事実上、連合軍の最強部隊であった。
ヘルムートと直接会ったことないが、最強部隊の司令官の顔は皆知っていたのである。地球出身の若き大将で、才能の塊と言われる天才だった。何をやらせても一番で、他の追随を許さない。
「エンデュリング艦長ダリル・グッドフェロー。お前の目的はなんだ?」
ヘルムートは名を名乗らず、ぶしつけに質問をしてきた。
階級は相手のほうが遥かに上。それにこちらは反乱軍と思われている身だ。いきなり撃たれるよりかはいいと思い、ダリルはへりくだって答える。
「連合の救出です」
「ここはよい。私が請け負おう。お前は他の地域にいって、反乱軍を撃破するがいい」
そう言うと通信が切れた。
「なんだ……?」
「敵ではないということですかね……」
敵対する気はないらしい。それに、反乱軍を倒すのが目的というのであれば、そこに問題があるとは思えない。
何より自分たちの存在を敵としなかった。大将クラスの人間がエンデュリング追討命令を知らないはずがない。むしろ、命令した張本人であってもおかしくない。
「エンデュリングはこの空域を離脱する。コットスの動きには警戒してくれ」
コットスは町ごと反乱軍を焼き払っていた。文句を言ってやりたがったが、不明なことが多すぎて、市民に犠牲が出ていないことを祈るばかりだった。
また、ヘルムートを見るに、連合軍は正常に機能しているように見える。連合軍は本部の指示に従い、反乱軍を倒して回っているようだ。本部が乗っ取られたわけではないのだろうか。クーデターはただの妄想だったのか。
「やはり直接行って確かめるしかないか。エピメテウスを用意してくれ。俺が行ってくる」
「え? 艦長一人でですか?」
ネリーがきょとんとする。
「ああ。戦艦で乗り込んだら刺激しかねない」
「それなら、私も行きます!」
「それはダメだ。ネリーにはこの船を任せたい」
「いえ、私がいかないとダメなんです。……ジュネーブには祖父がいるんです」
「祖父?」
「はい。実は……祖父は政府の高官なんです」
「なんだって!?」
ブリッジにいた面々はネリーの告白に仰天した。
ジュネーブには、連合政府と連合軍の本部が置かれていた。名前は似ているが組織としては全くの別物で、連合軍は連合政府のいいなりの軍隊である。かつて軍部の暴走が戦争を引き起こしたため、文民統制により、連合軍は連合政府の命令なくして動けないのである。
ダリルとネリーはエピメテウスでジュネーブを目指した。エピメテウスは一人乗りのため、ネリーはダリルの膝の上に乗っている。ネリーの体が小さいため、それほど邪魔にはならないが、固定されないため戦闘は難しいだろう。
ジュネーブに入ってすぐ気づいたことがある。
それは政府と軍の本部ビルが二つとも、消え去っていたこと。
ビルをまるごと消せるほどの高出力なビーム砲で、ピンポイントで攻撃されたに違いない。それができるのは基本的に戦艦ぐらいしかない。
ダリルとネリーは、本部の跡地を見て、何も言うことができなかった。
クーデターは事実だった。
そして、クーデターは1秒で完了していたのだ。
何者かが本部を地獄の業火で消し去り、本部機能をどこかに移し、政府と軍を私物化している。そうとしか考えられない。
「艦長、祖父の家に行ってみたいのですが……」
「あ、ああ……行ってみよう」
ネリーの祖父が務める連合政府ビルがないということは、祖父の身が心配だ。肉親ならば確かめずにはいられない。
ネリーに案内され、ジュネーブの郊外へやってくる。だが、そこには何もなかった。
祖父の家だったものはすべて焦土と化し、何の残骸も残っていない。
「そんな……」
ネリーの目から涙がこぼれ落ちる。
クーデターを引き起こした者は、関係者をすべて口封じしたのだ。一番効率よく確実な方法で。
ダリルはネリーにかける言葉が見つからなかった。
「艦長……私は……犯人が憎いです……」
ネリーは泣きじゃくり、絞り出すように言う。
「ああ」
「絶対許せないです……」
「そうだな」
「殺してやりたいくらいです……」
ダリルは黙り込む。
ネリーの気持ちは痛いほどに分かる。ただ肉親を殺されただけでもつらい。だが、犯人はクーデターのために大勢を殺したのだ。その犯人とは誰なのか、いったい何の目的でこんなことをしているのかも分からない。ただその行為が許せない。
ダリルは焼け跡に、何かが光っているのを見つけた。
焼けた土の上を歩き、それを拾い上げる。
「データチップか」
小指の爪ほどもない記憶媒体。
ダリルは念のためと思って、チップをポケットに入れて持ち帰ることにした。
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