第17話



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 日が沈んで、夜になってからようやくグラノールたちがやってきた。

 あちこちに引っ張りだこで忙しかったらしい。


 グラノールは儀礼用の白いドレスローブを着ていた。ついさっきまで戦闘していたとは思えないくらい豪奢で、レースがあしらわれてふんわり優雅な衣装だ。頭の上に乗っていたボロボロのカエルの帽子は、新品のかんむりに切り替わっている。もちろんこれもカエルをモチーフにしたものだ。新しいものでも購入したのだろうか。長袖のドレスなので服の下はわからないが、あちこちが擦り傷と包帯だらけなのだろう。


 グレシアの方に怪我はない。悪趣味な死体の鎧はもう着ておらず、誰かから借りたのかこちらも真っ白なワンピースを着ている。頭には真っ赤なリボンが結ばれていた。馬子にも衣装というと失礼だけど、普通の可愛らしい女の子だった。死臭もしない。

 俺は目をこすってみた。


 ……おかしいな。やっぱり普通だ。


「リボン?」

「グ、グラノールがどうしてもって言うからつけたのです。こんなの、私にはいらないのに」


 と言って恥ずかしそうに頭の方に手をやる。


「頭に何かかぶってないと変ケロ」

「そうだな。確かに、なんでケモ耳カチューシャとかをつけてないんだろうとは思ってた。似合ってるぞ」

「二人のファッションセンスがわからないのです……」


 まあ、グレシアに常識を教えてやるのはおいおいやっていくとしよう。


「カジュ。怪我は大丈夫ケロか?」

「見ての通り足は動かねえけどな」


 他にも身体中に包帯がぐるぐる巻かれていた。


「入学式は明後日。その後の夜会で美味しいものが出るらしいケロ。たくさん食べるケロ」

「だな。栄養つけないといけないし」


 俺はまた目をこすっていた。

 昼寝していたはずなのだがまだ眠い。疲れきっていた。

 きっとグラノールとグレシアもそうだろう。


「……。ところで、カジュ。ここでひとつ残念なお知らせケロ」


 グラノールが残念そうに言った。


「どうしたんだ」

「ほら、私たちってギリギリに合格したじゃん。だから、特別クラスに入れられるんだってさ」


 ああ、まあそうなるのか。

 でも落ちこぼれクラスなのはちょっと、やだな。


「そしてテスラキングが担当になったケロ」

「それは、本人から聞いたな」

「……あれ? あんまりショックを受けてないケロね。って、まさか、奴がお見舞いに来たケロか?」

「昼飯を持って来てくれたんだ」


 グラノールが微妙な顔をした。


「六人クラスで、この私にカジュ。グレシア。他に三人追加されるみたいケロね」

「ライコウたちは?」

「他のクラスケロ」

「なんだとぅ」


 なんで俺たちがダメでライコウがいいんだ。と思ったが、クアンチャは財閥の息子なのだ。金の力でどうにかしてもらったのかもしれない。……なんだかなぁ。


「さっきから目を擦りっぱなしケロが、大丈夫ケロか?」

「んん……。かなり眠いんだ。なんでだろ」


 グラノールの手が伸びてきて俺のおでこに触れた。ひんやりとして気持ちいい。


「熱はないみたいだね……。良かったケロ」

「本当は二人と一緒に学校を見てまわりたかったんだがな……。もう寝るよ」

「あ。だったら寝る前にちょっといいケロか?」

「どうした?」

「カジュと私はトモダチだから、こんなことぐらいしかできないけれど……」


 グラノールがベットの上に身を乗り出してくる。

 何をするのかと待っていると、そのまま優しく抱きしめられた。


「━━ありがとね」


 耳元でそんなことをささやかれる。

 体がカァと熱くなった。

 俺だってどさくさに紛れて抱きついたことはあるのに、向こうからされるとどうしてこんなにドキドキするんだ。ちょっとずるくないか。

 顔が赤くなってないか心配だ。


「あ、ああ、うん。……俺からも、ありがとう」


 グラノールはすぐに離れると、なんでもない顔をして「じゃあまた明日ね」と別れを告げた。

 グレシアがニヤニヤした顔でその後ろをついていく。

 誤解だ。そういう関係じゃないんだ。

 心臓がバクバク叫んでいる。眠気が吹き飛んでしまったようだ。



 +


 そして……。

 入学式はつつがなく終わって、すこし奇妙な校長のお話の後、立食パーティが催された。

 広いパーティにはいろんな奴がいたが、車椅子で参加している俺を見るや興味津々な顔をして話しかけてきた。


 呪いのことを説明するのも面倒なので、怪我をしたと説明しておくことにした。


 そんなことよりも食べ物だ。入学試験中はろくに食べるものがなかったから、そのぶんいっぱい食べておきたいな。バイキング形式なので食べ放題だった。車椅子なので自分で動き回れないのが悔やまれる。

 パーティー会場を見回してみたけれど、俺の実家である赤猫家は使いすらよこしてくれていないようだ。俺が合格するとは思っていなかったのか、それともリョクア家が全て取り仕切ってくれると考えていたのだろうか。

 リョクア家の使いたちは俺たちの方に寄ってこようとはせず、遠巻きに眺めるばかりだった。人嫌いで目立ちたくないグラノールが近づくなと厳命していたからだ。


「カジュよ」


 と、そんな命令が敷かれているのにも関わらず一人だけ俺の方に近づいてきた執事がいた。初老の恰幅のいい男……グラノールの執事長で、俺はこの男の名前を知らない。魔術的な束縛か何かで秘匿されているのだかと聞いている。


「執事か。久しぶりだな。また会えて嬉しいよ」

「ウメガはどうした。どこにいる?」


 単刀直入なやつだな。


「さあ。派手に戦って大怪我したんだとよ」

「共に行動していなかったのか?」


 俺が頷くと、執事は舌打ちした。

 ウメガを俺たちの監視としてつけていたとか、そんなとこだろう。

 まあ、あのウメガが人の命令に従うはずもない。そんなことぐらい執事だって知っているだろうに。

 

「しかし、あやつに手傷を負わせるなど並大抵の魔術師ではできんな。相手はどんな奴だ」

「学園ナンバーワン教師だとよ」


 すると執事は目を細めてぶつぶつと何事かを呟き始めた。


「……今は不在のはずだが。いや、代理か。まさか最近取った弟子がここに?」

「知っているのか?」

「貴様もいずれかの頂点の形に出会うだろう。世界は広いのだ」


 俺は肉を食べながら、執事の言ったことを反芻して考えてみた。


「ははーん。わかったぞ。お前、そいつに負けたから里で執事なんかをやってんだろ」

「何を根拠に言うか」

「なんとなくさ」


 あ。図星らしい。

 嫌味ったらしく執事が舌打ちして、俺に何かを投げてよこした。

 キャッチして見てみると、包み紙に入ったチョコレートだった。


「なんだ。口止め料か? いつまでも菓子で釣れると思ったら大間違いだぞ」

「餞別だ。登り詰めろよ」


 そう言ったっきり、執事は背中を向けて去って言った。

 長い間お世話になった執事だ。もっと積もる話をしていたかったのにな。あいつは不器用な奴だなぁ。


 ウェイトレスに手伝ってもらって料理を皿に乗せまくり、自分たちのテーブルのところへと戻るとグラノールもグレシアもいなかった。視線を彷徨わせていると、バルコニーのところで見つけた。月明かりの下でカクテルを飲んでいる。たぶん度が入ってない奴だろう。


 俺は適当な皿を持って、外に出た。

 今日は背中が大きく開いたアフタヌーンドレスを着ていた。

 グレシアは昨日よりも豪華な装飾が施された白いワンピース姿だ。


「なんだ。外にいたのかよ」


 グラノールたちがこちらに振り返る。


「まあね」

「カジュがいつまでも食べてばっかりだったから、待ちくたびれたのですよ」

「そりゃすまんな。……なあなあ、ところでクラスメイトになる奴には会えたか?」


 グレシアが頷いた。


「ん。アキラってやつはちらっと見かけたのですが、見失ったのです」


 合格者は六十人しかいないとは言え、合格者たちの親族が押しかけてきているのでパーティは人でごった返しているのだ。

 クラス分けの名簿は昨日の時点でもらっていた。


「“純雪姫”のルージュに“火言霊ひことだま”のアキラに……“青栗鼠”のウメガね」


 心底嫌そうにグラノールが言った。

 そう。ウメガは合格していたのだ。

 噂に聞くと最終関門の最強の教師を相手に大立ち回りして、ものすごい怪我を負って今も治療室の中にいるのだとか。……あいつもグラノールに似て意固地なとこがあるからな。


 話を戻してクラスメイトたちのことだ。

 アキラの方は異国の王族らしい。性別は男で、王子様だそうだ。けど、このルージュってやつの噂は聞かない。わかっていることといえば、女だってぐらい。


「ま、会ってみれば分かるか」


 気になるなぁ。どんな奴らなんだろ。

 俺は手に持った皿の上のステーキをフォークで突き刺して、口に運んだ。


「食うか?」

「生焼け肉は嫌ケロ……」


 グラノールに嫌な顔をされた。試験中の食生活がトラウマになったっぽいな。


「じゃあ、私がもらうのです」


 グレシアは遠慮なく口にしてもぐもぐと口に頬張る。


「とっても美味しいのです!」

「だろ」

「きしし。これを持ち帰って売れば相当なお金になるに違いないのです」


 なんか悪巧みしてやがる。


「やめとけって。そんなことしてたら腐るだろうが」

「そうでした。お金の問題はもう心配ないのですよね」


 グレシアが俺とグラノールを見上げる。


「約束ですよ。私を守ってくださいね。主にお金で」

「ああ。任せろ。お金でなくとも守ってやるよ。こういうのをパトロンって言うんだっけ?」

「着る服に困ったら私に相談するケロよ。グレシアのセンスは壊滅的ケロ」

「そこまでひどくはありませんよ」


 どうだかな。自分の死体の鎧を作り出すほどだ。

 てか、その発想はどこからきたのだろう。


「乾杯しようよ」


 グラノールが提案した。


「いいな。掛け声はなんにしようか」

「決めるのですか? 乾杯でいいんじゃないですか」

「記念じゃないか。大事だぞ」

「“はいチーズ”じゃダメなのですか?」

「そりゃカメラだ」

「それじゃそれぞれ好きなものを言うケロ」


 グラノールはカクテルグラスを、俺はジョッキを、グレシアは小さなコップだった。


「ぐうたら」

「お金」

「食い物」


 ……なんかしまらねぇなぁ。


 ちぐはぐな三つの器をカチンと鳴らせて、三人は中身を飲み干した。


 夜空には、俺たちの合格を祝福するかのように、美しく大きな銀の月が浮かんでいる。

 形はどうあれ俺たちの冒険はまだまだこれからのようだ。


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井の中のカエル姫の冒険 ふくいちご @strawberry_cake

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